12年振りの杉特集を振り返って
  原稿書きながら読んだ本、考えたこと。

文 / 長町美和子

   
 
   
 
  夏の青空の下の吉野貯木。吉野中央木材のすぐ近く、徳永さんの工房前からの風景。
   
 

 作夏、雨続きでパッとしない東京を抜け出し、吉野で「日本の正しい夏」を満喫してきました。2005年のスギダラ吉野ツアー、2014年の吉野貯木まちあるき&スギダラ10周年記念大会を経て、3回目の吉野です。最初に訪れた時の記念写真を見るとみんな若い! 当時、吉野中央木材の石橋輝一さんはまだ町に帰ってきていなくて、お父さまの石橋社長と上北さんが笑顔で写っています。

 あれから12年。『コンフォルト』で再び杉特集を組むにあたり、ウチダラ編集長に命じられて「吉野杉の挑戦」と、南雲勝志さんのインタビュー記事を担当することになりました。内容ずっしりのページです。12年前の杉特集「杉とゆく懐かしい未来」で「南雲勝志とスギダラなひとびと」を書いた時は、日本全国スギダラケ倶楽部が発足したばかりの頃で、まるで熱に浮かされたように、日向市駅前活性化事業や、富高小学校の課外授業の様子をワクワクしながら一気にリポートしたものですが、今回は脳みそが煮詰まって耳から流れてきそうな気分で一字一句書きました。それだけ歳を重ねたということです。この12年で杉を取り巻く環境も変化し、私自身もいろいろな経験を重ね、思うことが多くなりました。その分、2回目となる杉特集は、厚みと重みを増していると思います。

 吉野はますます明るく粘り強くパワフルでした。外に向けて情報を発信するだけでなく、自分たちの土俵に人を引っ張り込んで地域の魅力を伝えていこうとする意気込みがあるから、なんだか面白いことが起こっている、楽しそうなことをやっている、という雰囲気が感じられて、引っ張り込まれた人が次の人を引っ張り込む芋づる式連鎖が生まれているんでしょう。

 東京に帰って、取材の録音を聞き直して思ったのは吉野の人たちが心の拠り所としている「吉野林業500年の歴史」の発端にあったのは何だったんだろう、ということ。桶仕込みプロジェクトを推進している美吉野醸造の前身は、その昔、吉野山の神社仏閣に納める御神酒をつくる蔵だったと言います。「吉野は熊野とつながっていますからね」と語った杜氏の橋本さんの言葉を聞いて、これはまず、修験道の歴史を知らなければならないと思いました。

   
 
  美吉野醸造から川のほとりに下りると、昔の木桶がごろごろあるのだった。
   
 

 八百万の神を信じる日本人の心と山岳信仰が結びついて修験道が生まれ、あの金峯山寺のような巨大な社を建てるために木材が必要になったのが吉野林業のはじまり、という話を知って、さらに掘り下げると、それ以前に、森の養分を四方の地に分配し、豊かな実りをもたらした川の源として吉野の山が崇められた、という古代の歴史があることがわかって、うーむこれは簡単に「500年」では片付けられんぞと、出だしで悶々と悩むことになったのでした。

   
 
 

 そのうち熊野出身の作家、中上健次の『紀州 木の国・根の国物語』まで興味が行ってしまい、健次の影響を受けて、熊野の風土を背景に複雑な肉親の関係と愛憎を描いた娘、中上紀の『天狗の回路』を読むに至り(完璧に逃避。笑)、しばらくしてやっと宇江敏勝の『樹木と生きる 山びとの民俗誌』を読み始めました。熊野の山で炭焼きを生業とする両親の元に育った彼の、昭和30年代から40年代にかけての山の暮らしをなぞっていると、周囲がじわじわと「商い」にシフトしていく中で、自分の山の木で自分の家を建てる素朴な喜びを大切にする気持ちや、細かい日常の仕事が具体的によく描かれています。

 そこで思い出すのは、山を案内してくれた山守の中井章太さんの言葉。「昔は燃料として山の木が必要だった。次に桶樽材としての需要があって、その品質の高さが吉野材の建築用材としての価値につながった。じゃぁ次は何か、ということです。

『樹木と生きる──山びとの民俗誌』
宇江敏勝著(新宿書房)
 
  建材の需要が頭打ちになったら建材としてどう売るか、ではなくて、その先の山のあり方を考えていかないと」。
   
 

 これは正直、目からウロコでした。これまで住宅の取材をすることが多かった私としては、たくさんの杉を消費することを考えると住宅にいかに使ってもらうかを考えないと、とか、角材だけじゃなくて板材としての使用を増やしていくべき、とか、木の存在や大工の仕事を肌で感じられるようなつくりをして住み手に杉の良さを実感してもらわなくちゃ、とか、そんなことばかり考えていたので。

 考えてみれば、単に杉の消費量を増やすだけが能じゃない、というのは、スギダラの発足時から南雲さんが折に触れてよく言っていたことでした。「杉は、あくまでも象徴であって、木材としての「杉」に限らない。時代の流れの中で日本が置き忘れてしまった本質的なものを取り戻すことが本来の目的なんだ」って。

   
 
  中井さんが山歩きツアーのために整備した美しい山。川のせせらぎの音とヒグラシの鳴く声、杉の香りに包まれて胸いっぱいに山の気を吸い込む。
   
 

 今や吉野の合い言葉となった、南雲ダジャレの名作「やっ樽でー!」「おっけ(桶)ー!」は、桶樽があっての吉野という地域特有の文化・歴史を踏まえたもの。「何が売れるか、ユーザーが何を求めているかよりも、吉野が自分自身のやり方を見つけて、楽しんで取り組めることを探していった方がいい」という杉王のアドバイスで2009年あたりから「Re:吉野と暮らす会」の活動がみるみる力を増していったわけです。

   
 
 

 そういう話になると、久々に『味噌・醤油・酒の来た道』(編/森浩一)や、『杉のきた道 日本人の暮らしを支えて』(遠山富太郎)が読みたくなります。『杉のきた道』は、それこそ12年前にウチダラ編集長に(石田紀佳さんだったか?)に教えてもらって読んだ本で、「スギは日本の杉である。そして、日本はスギの日本であった」という印象的な一文から始まる名著です(たぶんこれが「杉とゆく懐かしい未来」のタイトルにつながったのではなかったか、と記憶しています)。

 そうこうしているうちに南雲さんの取材の日がやってきて、新しい事務所の本棚に『宮本常一の写真に読む失われた昭和』(佐野眞一)なんかを見つけると、宮本が記録した膨大な昭和の風景の中に、「暮らしに必要なものを、そこにある素材を使って、自分たちの技術で」黙々とつくっていた時代の確かさ、穏やかさが感じられて、たった半世紀でこれほど世の中が変化していいものか、と、インタビューそっちのけで杉談義が白熱するのでした。

『杉のきた道──日本人の暮らしを支えて』
遠山富太郎著(中公新書)、
『味噌・醤油・酒の来た道』
森浩一編(小学館)
 
   
 

 ここ数年で相次いでご両親を見送り、受け継ぐものの大きさをひしひしと感じている南雲さんの故郷への思い、自然と共にあった子供時代の里山の暮らしについて話を聞いていると、時代と共に、便利さと豊かさを求めて変化してきた日本人の暮らしは、果たして本当に豊かだろうか、と首をかしげたくなります。杉があって生まれた発酵文化、建築文化、杉の特性を活かした道具で営んできた暮らし、農耕。割れやすい杉だからこそ板をつくれたわけで、板があってこそできたモノのかたち。舟も、橋も、川の護岸も、田んぼの畦道も、集落の風景は山を背景として美しく調和してきたのではなかったか。

 でも、そんな昔のことを振り返っていてもしょうがない、と言う人は多いでしょう。今目の前にある問題をどうにかしないと収入が得られない。山を保全できない。だから、集成材に、パルプに、ペレットに、一度に大量に消費する方法ばかりに目がいってしまう。でも、今回12年を振り返り、たくさん寄り道をしながら原稿を書いてしみじみ思ったのは、杉は「日本の元」なんだな、ということです。

 日本の風土、民俗、歴史、文化、人の生き方。私たちがこれまでどう生きてきたかを知ることで、これから先どう生きていくべきなのかが見えてくる。林業・木材関連業にしても、地域の活性化にしても、対処療法としての策を練るのではなくて、ちょっと大変でも、たとえ利益が少なくても「どうありたいか」から考えていかなければいけないことなんじゃないか。それによって関わる人みんなが元気になれるか、喜びを得られるかが大事なんじゃないか、と思うのです(若杉さんがいつも実践してることです!)。豊か、ってそういうことですよね。

 結局は、これまでスギダラが実践してきたように、大々的な結果を求めず、一人一人がそれぞれの場所で、杉(杉に象徴される物事)を愛し、杉と共にゆっくり暮らす方法を模索していくことなのでしょう。傷つきやすいものや朽ちていくものを修繕し、更新しながら循環させていく当たり前のしくみを地道に伝えていきたい。その成果が今回の12年ぶりの杉特集にも表れています。海野さんがFacebookで書かれてましたね。「前は宮崎の話題ばかりだったのに、こんなにも広がって!」と。

 さて、12年後の杉特集はあるのでしょうか? ひょっとして故郷に帰った南雲さんの里山暮らしが取材されていたりして。楽しみ楽しみ。

   
  文中には出てきていませんが、他にもぜひ読んでいただきたい本。
 
 
 

『住(すまう)──日本人の暮らし』
秋岡芳夫著(玉川大学出版部)


 モノのかたちの理由が話言葉で語られたプロダクトデザインの教科書的な存在。これは読みやすいのでお勧めです。

     
  『木の家に住むことを勉強する本』(農文協)

木造住宅の基本と共に、木を使う意味を山の話からきちんと知ることができる本。イラストと写真でわかりやすく解説されています。
     
  『小屋と倉──干す・仕舞う・守る 木組みのかたち』
安藤邦廣著(建築資料研究社)


 コンフォルトで南雲さんのインタビューと一緒に掲載されている板倉建築の第一人者、安藤邦廣さんのフィールドワークをまとめたウチダラ編集長渾身の1冊。日本人の農耕の知恵に舌を巻くこと間違いなし。
     
     
   
   
   
  ●<ながまち・みわこ> ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。
著書に 『鯨尺の法則』 『欲しかったモノ』 『天の虫 天の糸』(いずれもラトルズ刊)がある。
『つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi.htm
『新・つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi2.htm
   
 
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