12年振りの杉特集を振り返って
  「杉」を考えることの意味

文 / 内田みえ

   
 
   
 

 2005年にインテリアの専門誌『CONFORT』(4月号、建築資料研究社)で杉の特集を編集協力させてもらいました。特集タイトルは「杉とゆく懐かしい未来」。当時はまだスギダラが発足したばかりで、我らが親分、南雲勝志さんと若杉浩一さんらが関わった宮崎県日向市の活性化プロジェクト「移動式夢空間」をはじめ、さまざまな杉にまつわる記事を掲載しました。新旧の杉普請について語った筑波大学名誉教授・安藤邦廣さんの「森を見た建築家 レーモンドと利休」も秀逸な建築論で、今なおたくさんの人に読んで欲しい特集になっていたかと思います。

   
 
   
 

それから12年。
 2017年12月号の『CONFORT』で再び、「杉を生かす、杉と生きる」という杉特集を編集協力させていただきました。ここでは、その内容と背景をほんの少しですが紹介したいと思います。

   
 
   
 
   
 

 まずは、私自身の思いから。なぜ杉特集を組んだのか、どういう思いで編集をしたのか、それを特集のリードに書きました。写真は、吉野の杉林にて。村角創一さんのみずみずしい写真がとても美しいです。

   
 
   
 

「名産地の殻を破る。吉野杉の挑戦」
 巻頭は、奈良県・吉野のここ十数年の活動を紹介。名産地として名を馳せる吉野もご多分に漏れず苦戦を強いられる中、産地としての原点を見つめ直すところから始め、さまざまな挑戦を継続しています。何代にも渡って守ってきた山を愛し誇りに思う吉野の人々の決意と試みは、他の産地にも参考になるものです。

「杉と建築」コラムを4本。
1/ツギテプロジェクト
スギダラ仲間、岡山県西粟倉の「ようび」の再興プロジェクトです。90角の杉柱にツギテの加工をして組み上げる建築は、加工も建設も自力を目指し、たくさんの人と人をつないで現在建設真っ最中。この月刊『杉』でも、その進行をまたお伝えしていきたいと思います。

2/パレットホーム
同じく、スギダラ仲間、宮崎県日向市の海野洋光さんが提案するパレットを用いた建築システムです。きっかけは、東日本大震災。宮崎にもいつ震災が起こるかわかならい。その備えとして考案されました。備蓄も豊富な杉のパレットを活用するなるほどのアイデアで、小屋や小店舗など幅広く活用できます。

3/竹田市立図書館
建築にも書架にも大分特産の杉「ヤブクグリ」を用いた図書館です。建築設計は、塩塚隆生アトリエ。家具デザインは、藤森泰司アトリエ。トップライトから差し込む光が拡散する大空間に、まるで風に吹かれているかのように杉の書架が配置されています。地域の気候風土を見つめた心地良い空間です。

4/縦ログ構法
簡単に言えば、ログ構法の縦バージョン。杉の角材を縦に接続したパネルで構築していくものです。東日本大震災時に、建築家・難波和彦さんや福島を基点に活動するはりゅうウッドスタジオの芳賀沼整さんらが開発しました。かっこいいモダンな空間性に加え、今、山に放置されている杉を小規模な地域でも活用できるよう、原木の価値を高められるよう考えられた点にもぜひ注目して欲しいところです。

   
 
   
 

「融通無碍な板倉づくり」
 今、まさに使い放題な杉を最大限に生かす「板倉構法」。素地のままの空間は、さまざまな用途に対応できるものです。その融通無碍さを見せてくれる事例3つを紹介。
1/東日本大震災の際に建てられた仮設住宅が解体され、復興住宅として生まれ変わりました。材は約6割が転用され、板倉構法の柔軟さが示されています。

2/名古屋の煖エ秀明さん設計の住宅。板倉づくりならではの小屋裏空間を生かし、外観は平屋くらいに抑えながら、内部は伸びやかな2層になっています。

3/なんと、ハウスメーカー「日本の森と家」から板倉の家が登場しました。基本設計はアトリエ・ワン。日本製であることとデザインにこだわった板倉です。

「杉インタビュー」を2本。
 この杉特集の軸となる記事です。個人的にもぜひ、このお二方に語って欲しかったのでした。

「インタビュー1 安藤邦廣 杉の今と板倉と」
 前回の杉特集でも名文を書いていただいた安藤先生に、この10年の日本の木材と木造事情を話していただきました。今、日本史上初めてと言っていいほど、日本中にたくさんの大径木の杉がある。木造ブームも起こっている。しかしながら、山はうまく回っていない・・・。なぜなのか? 未来を見据えた活用法をたくさんの人に理解して欲しいと思います。

「インタビュー2 南雲勝志 杉と地域とデザインと」
 スギダラの活動とも重なる南雲さんの仕事。景観デザイナーとして各地のまちづくりに関わっている視点から、この12年の地域と自身の変化なども語っていただきました。杉(木)は単なる材ではない、だからこそ杉が日本の未来に関わっていくのだと・・・。私自身もスギダラの原点を見直す機会となった取材です。

「スギコダマ 有馬晋平の仕事」
 念願の記事をつくることが出来ました。表紙も飾った、造形作家・有馬さんのスギコダマ。掌に心地よく納まる小さなスギコダマから始まった創作は、この10年でさまざまな空間に大きな存在を放つ大きなスギコダマにまで及んでいます。穴のあいた大きなスギコダマをつくったきっかけは、ムササビの巣穴だったそう。余談ですが、ちょっと前にテレビ番組で鳥取の山に生息するムササビの生態を紹介していました。(その地域の?)ムササビは杉の木にしか巣をつくらないのだそう。ムササビにとっても杉は欠かせないものだったのですね。

   
 
   
 

「ありふれた材でつくる、とびっきりの家 伊藤寛」
 建築家・伊藤寛さんは、どこにでもある材とふつうの技術で、とびっきりの家をつくることをモットーとしています。どこにでもある木材の筆頭は、杉。家族が日々を生きる「舞台」として設計されたこの家は、わくわくする、さまざまな居場所のある家です。まさしく杉舞台!

「杉図鑑」
 秋田杉、金山杉、八溝杉、西川杉、天竜杉、吉野杉、紀州杉、智頭杉、木頭杉、日田杉、小国杉、飫肥杉の12種の杉板を集めたページです。同じ杉でも、地域によって違う木目や色味をじっくり堪能ください。そして、東京大学名誉教授で農学博士の有馬孝禮さんに現在の林業事情をうかがいました。杉のよさを「ほどほど」と語る有馬先生。たくさんの気づきをもらいました。

 以上、ざっと記事を振り返ってみました。

 スギダラ発足当時、なぜ杉なのか、という話をよくしました。杉は日本の暮らしを形成してきた象徴的な木であるのに、いつの間にか放ったらかしにされ、厄介者にまでされてしまった。つまり目先の利便性と経済性を優先した現代日本のゆがみの象徴であると。だから杉問題を解決しなければ、日本に明るい未来はないと。改めて今回の特集でもそのことを実感すると共に、10数年経っても根本的な問題は解決されていないことも感じました。でも、憂うことと同じだけ希望もたくさんあることに気づかされたのも確かです。「杉との関わりを考え続けていく先に、懐かしい未来がある」と再確認した特集となりました。

   
   
   
   
  ●<うちだ・みえ> 編集者
インテリア雑誌の編集に携わり、03年フリーランスの編集者に。建築からインテリア、プロダクトまでさまざまな分野のデザイン、ものづくりに興味を持ち、編集・ライティングを手がけている。 
月刊杉web単行本『杉の未来』:http://www.m-sugi.com/books/books_uchida.htm
   
 
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