短期連載
  住宅のアプローチ・構えの風景との関わり 第2回 その3
文/写真 大坪和朗
  千葉県中山間農家のアプローチ『じょうぼ』の分析と考察
 
 
住宅のアプローチ・構えの風景との関わり プロローグ
 
住宅のアプローチ・構えの風景との関わり 第1回 その1
 
住宅のアプローチ・構えの風景との関わり 第1回 その2
住宅のアプローチ・構えの風景との関わり 第2回 その1
 
住宅のアプローチ・構えの風景との関わり 第2回 その2
   
  1-3 社会的背景
   
  地域のなかで影響力のある者が、より高いところに家を構える傾向があることは言えるようである。この地域でも、谷に一番先に家を建てたものや、醤油や酒をつくっている農家が谷の一番奥の、あるいは窪みの奥の、したがって高いところに家を構えるという傾向が見られる。しかし、敷地の高さが直接ステータスにつながるとは言えない。
  山間で一等地に当たる場所は、谷の一番奥や、山にUの字に囲まれた窪地とのことである。それらは、水が豊富に得られる場所で、しかも山ひだの窪地に袋状にはまりこんで、景観として山と一体になり、見栄えがよいからだと考えられる。1-2の3「山裾の水を求めて」でも述べたように、力を持ったものが水を管理することができた。したがって、山間でのステータスは、直接敷地が高いことではなく、水の多く得られる土地で、山を後ろに控え、U字に囲まれて、山と一体となることであると考えられる。この形式を人々は「袋:ふくろ」と呼んでいる。防御にも有利と考えられる。
   
 
 

山の窪地にUの字にはまりこみ、山と一体となった風景。
水も得易く防風にも良い。

   
   
   
  1-4 家相的背景
   
  ・すべてにおいて辰巳が優先される
  辰巳(たつみ)=巽=南東=お天道棟の上る方向である。西とは斜陽を意味し、西に玄関があると将来うまく行かないと考えられ、通用口は東寄りに取られる。
  また、北東(表鬼門)から南西(裏鬼門)への対角線は神様の通り道であるから、そこにはじょうぼ口を設けず、辰己の方向から入るものがより良いとされる。南西にじょうぼが抜けていたら、表鬼門からやってきた神様が素通りしていってしまうからだろう。そこで、どちら側に道路があっても、客間や、なかの間などを隠して、辰巳の方向まで回り込む必要が生じ、結果的にアプローチは長くなり、そこに木々が植えられ、みばえ良く「見せつつ隠す」空間となったと考えられる。しかし、これはあまり厳密でなく、どのような地形を選んだかによっては、道路が西にあれば、平面プランを東西方向に反転し、便利なように土間を西に置き、式台玄関を「奥」に取り、じょうぼが西から入るものもある。ある地形の中では、それが正しい(自然)ということもある。
   
  例えばじょうぼの形には下の写真の様にという形が見られる。一見奥行きを深く取り隠しつつ演出しているように見えるのだが、それを目的としてつくられたわけでもなく、かといって防御のためというわけでもないようだ。農村では、すべてが朝日の昇る方向:辰己を重視するのである。このタイプは西に道路があり南東に入口をとれない家で、じょうぼを長くとり、改めて南東からは入り直すのである。あるいは、玄関が巽方向を重視しているため、客間や、なかの間などを隠して入るという言い方もできる。
  なぜそう言えるかというと、外房の九十九里海岸の南端に近い平地で採集したものであるが、道の向かい側つまり、道路のある方向が東から南東方向の場合には、じょうぼを鍵状に取る家はなく、すべて道からすんなりと短く入っているからである。(
   
 
  南東まで回り込むアプローチ
   
  ・曲がったじょうぽが良いとされる
  直線的に玄関まで到達するじょうぼより、曲がったもののほうが良いと言われている。じょうほが直線の場合でも必ず玄関から少しずらした所に到達するようにしてある。これは、不幸が入りにくいように、幸福が出ていかないようにとの願いからである。
  また、曲がったものを良しとする感覚がやはりあるようだ。植木は、まっすぐよりも曲がっていたほうが好まれるそうである。
   
  ・登りじょうぽが良いとされる
  将来登り調子にうまく行くという願いからだ。
  また、地形的にも水はけを考えると、母屋は高い位置にあった方がよく、したがって登りじょうぼが良いことになる。
   
   
   
  1-5 心理的背景
   
  これまでは、地形や水や風との対応という実用的な側面から、家が山の斜面に建てられる原因を述べてきたわけであるが、もっと単純に、基本的な心理的要因として、「高いところは気持ち良い」という感覚が働いていることは間違いのないことではないだろうか。それはなぜかというと、
   
  1.視界を遮るものが少なくなり、より遠くまで見える。
2.家の前にある自分の田圃や畑に豊かに実る稲穂や穀物を見渡すことができる。
3.朝日が早く昇り、夕日がいつまでも照らしてくれる。
   
  以上三つは、非常に主観的だが、疑問の余地はないように思う。なぜなら、陽光に輝く黄緑色の一面に広がる稲穂と、背後に控える山の深緑が同時に見える風景はまぶしいばかりに美しいし、秋の澄んだ空気の中、朝や夕に輝く太陽とその逆光に透かされた稲穂は、生きる力を与えられるほどに美しい。人は誰しも見晴らしの良いところに住みたいことは、確かなことだと言えるのではないだろうか。
   
 
   
 
   
  以上のように、冒頭に上げたアプローチは、地形との対応などから生まれる、様々なアプローチの中の一つであることが分かった。では、それ以外にどのようなアプローチ空間があるのだろうか。次回は、それらについて分類し類型化を行います。
   
   
   
 

●<おおつぼ・かずろう> 建築家
風景を思うことがライフワークであり仕事でもある。
建築「絶景」事務所とでも言ってみると楽しい。
大坪和朗建築設計事務所HP:http://www.otsubo-archi.com/
Blog:http://otsubo-archi.cocolog-nifty.com/

   
 
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