短期連載
  佐渡の話2 〜笹川十八枚村物語〜 /第10話 「佐渡の夕陽と真夜中の海の話」
文/写真 崎谷浩一郎
   
 
 
   その日は、ものすごく天気が良くて、目に映る風景全てがまるでこの世のものではないようだった。真夏の日差しではあるけれど、都市部のように四方八方から体に突き刺さるような暑さではなく、木陰で風さえあれば、佐渡の夏はまったく嫌な暑さじゃない。ちょっと前のニッポンの夏は、どこもこういう気候だったんだろうな、と思うといささか都市生活にゲンナリする。それにしても目の前の山々や田畑の緑の鮮やかなこと、空や海の澄み渡る青の深いこと、ああ、僕たちは今、まさに地球に生きている!そんな気持ちにさせてくれる風景だ。
   
 
   
 

 こんな日の佐渡の夕陽はまた格別である。「ちょっと車を止めて夕陽を見よう!」目的地は海沿いの道から少し山の方へ入ったところに位置しているので、道すがら、車を止めてもらい田んぼ越しに海と夕陽を眺める。不思議なものだ。車に乗って約束の時間を目がけて向かっているときの時間の感覚と、道端に車を止めてドアを開け、一歩足を地面に踏み下ろした降りた時に流れる時間の感覚はまるで違う。夕陽は車に乗っていると、思っているよりもさっさと海へ沈んでしまう。だから、必ず車を降りて見ないといけない。じわりじわりと海へ沈んでいく夕陽を見ていると、日常の些末なことが本当にどうでもいいことのような感覚に襲われる。僕たちは何を目指して生きているのだろう。生きる意味や目的とは何だろう…と物思いに耽りかけたその時、聞きなれた声が耳に届く。

   
 
   
 

「…遅れますよ〜っ!!」

   
 

 僕たちは、後ろ髪を引かれる気持ちでまた車に乗り込み、山道を目的地に向かって進んでいく。目的地について、いつものように酒を飲む。今日はいつも以上に酒が美味い。楽しく飲んで気がついたら、僕たちは真夜中の佐渡の海に仰向けになって浮かんでいた。真っ暗な闇を照らすのは月あかりだけだ。星がたくさん見える。たまに手足がチクチクっとする。そんなことはお構いなく、いつまでもこうして漂っていたい。「僕」というひとりの人間が、意識化され、感覚化されていくことの悦びに浸る。チャプチャプと波の音しかしない。行ったことは無いけどまるで広い宇宙を漂っているようだ…。

   
 

 ところ変わって宿の風呂場。「ドンドンドン!お〜い!生きてるかぁ!?寝るなよ〜!」…返事が無い。よし!こうなった突入するしかない!ガチャガチャッ…だ、駄目だ!鍵がかかってる。よ〜し、裏手に回ろう!「よし!鍵が空いてるぞ!ここから呼び掛けよう!」「あっ!シィ〜!静かにっ!ここで気付かれて鍵をかけられたら終わりです!」

   
   …翌朝、宿の玄関は砂だらけだった。そして僕の右わき腹には身に覚えのないアザが。そのアザは1年以上消えなかったとさ。
   
  (つづく)
   
   
   
   
  ●<さきたに・こういちろう>
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