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『黒船』 | ||||||||||||||||
仰々しいタイトルですがなにも「hello!」とやって来る訳じゃなくベタな業界ですから「宜しくお願いします。」と言いながら粛々と近づいて来ます。 最終的にこのプレカットと言う「黒船」の出現が全く違う方向から「杉」を後押しする事になります。 ?…何故に? プレカット創世記の頃はなかなか酷いものでした。 しかし上棟までの時間が大幅に短縮出来るようになったうえ、納材業者は搬入・搬出の労力から解放されるようになりました。 製材所は品質に対してのクレームが減少するなど作業の幅が大きく簡素化できるようになりました。こだわりを持って敬遠していた工務店・大工も次第にプレカットを利用するようになると、納品された木材は職人の目をすり抜けて上棟されることに。 |
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『乾き』 | ||||||||||||||||
世はバブルの時代、住宅産業も好景気を横臥する中で少しずつプレカットによる弊害…と言うより地場の製材所の意識の薄さ(結果論)が新たな問題を生みつつありました。 木材の「乾燥」の問題です。 40坪程度の在来住宅の構造材を大工さんが手刻みに掛かる日数は30〜50日程度の時間がかかりました。その間に材にはほぞ穴が開けられ表面積の増えた木材は有る程度の乾燥が見込めたうえ、収縮による変化を想定して大工さんが「墨線の内外」で微妙に刻みを調整し対応していました。 短い工期の物件に生材(グリーン)を使って問題が起きない訳がありません。 国内の米材メーカーが「KD材」を打ち出したころ「製材する丸太も細く、目も粗い。地場では通用しない!」と木柄には絶対の自信がある地場の米松製材工場は完全に油断していました。 いままで時間と力量が解決してくれていた事が実害となって表に出てきた事で、ユーザーは品質基準を目の細かさや木柄などの原木のクォリティから製品の乾燥度へとシフトせざるを得なくなり、乾燥施設を持たない中小の製材工場は岐路に立たされることになりました。 |
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『選択』 | ||||||||||||||||
バブル景気も崩壊し住宅産業も低迷期に入り国民が「痛みを伴う構造改革」を押し付けられる頃、KD化に対応できず仕事が激減した地場の米材製材所は「選択」を迫られることになります。 廃業か樹種転換か。 多くの製材工場は先細りする外材マーケットに不安を抱き撤退したり、環境を維持しながら国産杉・桧にシフトして行きました。 |
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『転換』 | ||||||||||||||||
それまでの現物至上主義の木材取引を各地域の中だけに止まらず日本全国に各社製品をPRして販売先を増やそうと新たな市場を開きました。 「杉挽いたことあるか?」(扱ったことあるかの意)と問われ それから14年たった今までとてもディープな「杉の世界」にどっぷりと浸かるワケです。 やっとここまで来ましたね〜。 次回です。<(_ _)> |
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●<やまぐち・よしのり> 1960年生まれ またの名をシブチョー スギダラ天竜支部支部長(自立立候補) 山口材木店退社後、丸八製材所営業開発課長として「天竜杉」の製品開発と販売に取 り組む(スギダラな人々第一回に登場) その後、有限会社アマノの営業課長として「天竜杉」の販売に携わる。 | ||||||||||||||||
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