特集 吉野町 「愛・学習机プロジェクト
  下地のようなもの

文/写真 藤森泰司

   
 
 
  小中学校の家具、特に机と椅子がずっと気になっていた。自身の記憶を振り返ってみても、それらは子供達が実際に身体に触れながら長い時間を過ごす初めての家具なのではないか?という思いがいつもあった。
家具のことを考えるとき…といっても職業柄いつも考えているのだが、直接的にデザインに結びつかないとしても、何となく思考のどこかで子供のときの記憶がふと呼び起こされる。それは、断片的な日常の風景のようなものとして現れる。台所に置かれた半分くらいモノで覆われたダイニングテーブルで、家族が慌ただしく朝ごはんを食べている光景だったり、遊び疲れて帰ってきて、居間で寝転がっているといい匂いが漂ってきて「ごはんだよーっ!」って出てくる夕食(なんて贅沢!)を座卓で食べているところだったり。そして、その中にはやはり学校での記憶もたくさんある。小学校時代、通知表にいつも「落ち着きがない」と書かれていた僕は、授業中ずーっと机に座っているのは苦痛以外の何ものでもなかったけれど、それでも学校の風景といえば机と椅子だろう。掃除の時にワーっと動かしたり、並べ替えて給食を食べたり、席替えのドキドキだったり、スーパーカー消しゴムのステージだったり、ヨーヨーだったり、バンバンボール(知っている人いるかなあ)だったり、筆箱だったり、ケンカだったり、好きな女の子だったり…と若干ズレてきたが、何だかんだで机と椅子のまわりで全ての出来事がおこっていたのだ。
前置きが長くなってしまったが、家具って何だろうと考えると、そういった日常の些細な出来事、でもとても大切な瞬間瞬間と共にある「下地のようなもの」なんじゃないかと思うのだ。だからこそ、あたりまえの日常にある家具こそ、本当はとっても大事なものなのだ。僕がずっと小中学校の机と椅子が気になっていたのは、改めて考えるとそこに要因があるように思う。子供から大人になっていく学校という場は、自分の経験で考えてみても、楽しくて辛くて、希望と絶望があって、そしてバカでどうしようもなく下らなくて、もうぐしゃぐしゃの面倒くさいところだ。そんな複雑な問題がたくさん起こる場所で、机と椅子なんて、本当に取るに足らないもののように思える。だけど、そんなことはないのだ。繰り返すが、日常を支える「下地のようなもの」、つまりは机と椅子だからこそ出来ることもある。それで学校が変わるかもしれない。
   
   
  吉野モデル
   
 

家具の仕事の中で、今でもずっと続けているプロジェクトベースの仕事がある。これはいわゆる商品開発とは違って、ある特定の施設のためのもの、つまりは特注で作る家具だ。今まで学校の物件もいくつかあり、実践してきた。そして、それらを何かの機会に内田洋行の若杉浩一さんに見てもらったりしながら、お互いに「よし、学校家具を変えよう!」と例のごとく勝手に盛り上がっていた。前述した意識もあり、新しいプロジェクトで、地域の素材を使って新しい学童机と椅子のデザインを進めていたが、いくつかの障害がありなかなか実践できなかった。そんな時、若杉さんのもとに吉野町の中井章太さんが現れた。そしてすぐさまデザイナーとして紹介いただいた。詳しい経緯は割愛するが、中井さんは本気だった。吉野町の中学校に、地域の木材を使用した机と椅子を作りたい。地元の素材で作られた家具を、実際に子供達が使うことによって、自分が住んでいる町に対しての意識を育てていきたいという、シンプルで力強いメッセージだった。
若杉さんとともに、中井さんのまっすぐなメッセージに射抜かれた僕らは、その後何度となくミーティングを繰り返した。中井さんは「単に完成品を提供するのではなく、継続できるモノづくりの仕組みを作りたい」と仰った。そこで僕は、生徒達が継続的に木に親しめるように、卒業後も上部を取り外して自立した家具として使えたら面白い!と考えて、机と棚が一体になった"一人膳"のような天板を、スチールの脚で支えるというアイディアを出した。中学生が三年間使ったら、卒業時にそれを持ち帰ってもらうのだ。そして、将来それで日本酒でも飲んでもらいたいなあと本気で思っていた。この話も大いに盛り上がったが、でもこの吉野チームはそれでは終わらなかった。机の天板部分をワークショップで生徒達が「自分でつくる」というアイディアがさらに出て来たのだ。これは素晴らしいと思った。そこからは、目標がひとつになりそれぞれが役割を持ちどんどん進めていった。「吉野モデル」はそうして出来上がった。
そして、2014年の夏休みの登校日に「机組み立てワークショップ」が開催された。すごいことだ。このプロジェクトも決して全てが順調に進んでいたわけではなく、見えないところで中井さんをはじめとする吉野の方々の努力があった。なぜ、実現することができたのか?といえば、それはそれぞれが自分の問題としてこのプロジェクトに向き合っていたからだ。言葉にすると単純だけど、これがなかなかできない。何か問題にぶつかった時、その意識がないとあきらめてしまう。これはタフでないとできない。ある意味、周りからみるとバカなんじゃないかというぐらいの話だ。人ごとではだめなんだ。デザインも全く同じ。
ワークショップに立ち会っていたとき、デザインって何だろうと思っていた。子供達が机を地元の素材(檜)で自分でつくり、自分で教室に運び、みんなで着席していたときの光景は今でも目に焼き付いている。とっても嬉しかった。もう少し整理して言うと、このプロジェクトにははっきりとしたデザインの役割があった。変な言い方だが、古くて新しい役割だ。それはプロジェクトに関わる方々をデザインで繋げていくことだ。デザインは決して一人で出来るものではなく、デザイナーの役割は、さまざまな関わり合いの中から、向かうべき方向をカタチとして発見することなのだ。吉野の例で言えば、ひとつのデザインが、地域と企業、地域内の産業、大人と子供など、それらを結ぶつけていく接着剤のような役割を担うことだった思う。それはまだ終わっていないし、本当の成果が現れるのはまだまだ先だけど、少なくともそれを目指した。
接着剤としてのデザインは、接着剤なのだから、何かを結びつけた後は"下地"として見えなくなってもいい。思想が残ればいいんだ。そんなデザインの在り方を目指したい。…って書いていて、うーん何だかかっこよすぎるなあと思った。
デザイナーとしての本音は、
「美しく主張する接着剤としてのデザインを目指したい!」かな。

追記
このプロジェクトに関わる全ての方々に感謝致します!
今後もよろしくお願い致します。

   
 
 
ワークショップの様子。みんなで一斉に製作!   組み立てた天板を熱心に磨き続ける女の子。
   
 
  完成した机を運ぶ生徒達。
   
 
  完成した机群。
   
 
 
チェアも同じ檜材とスチールパイプで作りました。   木の質感が大好きな頬ずり少年。彼は制作時、天板をずっと磨いていた。
   
 
 
若杉くん、はい!   藤森くん、はい!
   
   
   
   
  ●<ふじもり・たいじ> 藤森泰司アトリエ代表。1999年設立。家具デザインを中心に、建築家とのコラボレーション、プロダクト・空間デザインを手がける。近年は家具的な思考を掘り下げていくことによって、スケールを問わずにさまざまなデザイン分野へ活動領域を広げている。モノの形の先にある、新たな「佇まい」をデザインすることを目指している。
   
 
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