特集 吉野町 「愛・学習机プロジェクト
  愛・学習机プロジェクトへの想い

文/写真 中井章太

   
 
 
 

2012年4月25日、吉野町教育委員会の職員の方と共に内田洋行本社を訪れた。
温めていた想いをかたちに! 今から思うと、このプロジェクトが本格的に動き出す最初の打ち合わせであり、諦めない、やり抜くプロジェクトのスタートにもなりました。
2009年に吉野中学校の新校舎が完成し、外観こそ鉄筋コンクリート造りでしたが、内装には吉野材がふんだんに使われ、木の香り漂う素晴らしい教育環境が整いました。

   
 
   
 
   
 

ただ一点だけ、財政的な事情から学習机を入れ替えることが出来ず、今までの合板机を使わざるを得なかったことが懸念材料の一つであった。
新校舎に視察に来られた方の反応、木の町吉野への誇りなどなど、「何とか木の町吉野に相応しい学習机にしてあげたい」そして学習机を通して吉野材への愛着と誇りを持たせてあげたいという思いが日に日に増してきました。
偶然にも新校舎完成の翌年に吉野中学校PTA会長を務めさせていただいたことも、現場を知る、懸念材料の本質を知る良い機会になったと思う。そして原動力にも!
このような流れを経て、遂に平成24年度一般会計予算において、教育委員会が学習机購入の予算計上をされ、本格的な動きがスタートしました。

ここから導入に至るまで、約3年の月日がかかりました。いくつもの壁にぶち当たりながらも、若杉さん、藤森さんを中心とするスギダラメンバーの強烈なサポート、Re:吉野と暮らす会メンバーの地域愛、そして吉野中学校の校長、教頭先生の生徒愛、吉野町教育委員会の支援、PTAの皆さんの協力など、地域内外多くの皆さんの支えがあり、平成26年8月、念願の愛・学習机が吉野中学校に誕生しました。
8月27日、このプロジェクトに関わってくれたメンバーと生徒たちで学習机を完成させたワークショップ・セレモニーの光景は今でも脳裏に焼き付いている。

このプロジェクトが一つの形になるまでの軌跡を少し振り返ってみたいと思う。
「想いや夢を一緒に形にしてくれる」「商品を完成させるだけで終わりにしない」
「学習机を通して物語が生まれる」
そんなメンバーとプロジェクトを成し遂げたい! この想いが根底にありました。 
今日に至るまでスギダラメンバーと過ごした時間、いやお酒を呑み交わした時間という方が適切かもしれません。不思議な力と無限の可能性を感じていたのだと思う。
そこで若杉さんに相談をさせていただき、愛・学習机プロジェクトの物語がスタートしました。今思えば、その時話し合った内容とほぼ同じ形になっている。入学時に自分の机として組み立て、卒業時に天板を取り外し持って帰ってもらうという仕組み。
机をつくるというより、物語を生み出す。そんな夢を追いかける打ち合わせだったように記憶している。
その時の私の日記にも「子供の為に夢を追いかけよう」と書いてあるので間違いないと思う。
それから2ケ月後の6月26日、若杉さん、藤森さんを中心とする東京の内田洋行チームが吉野に入り、中学校の現状の机、教室等を見学されたのち、藤森さんから学習机のデザイン提案をしていただいた。

   
 
 
   
 

吉野中学校創立50周年を迎える年に、何とか学習机を完成させ導入してあげたい、出来なければ商品発表して披露だけでも。そんな思いがありました。
ただ、学習机を製作していく過程において、解決しなければならない問題も沢山ありました。すべて木製にしないと県の補助金は出ない。生産加工や流通ルートの問題など。このような中、創立50周年式典を11月に控えた年の8月末に、何とか学習机の試作品が完成しました。現物が届いた時は嬉しかったですね。

   
 
   
 

ただ、生産コストの課題が大きな壁となり、平成24年度に机を導入することができませんでした。そして翌年、このプロジェクトの意義をもう少し認識し高めてもらうために、Re:吉野と暮らす会メンバーがこのプロジェクトのプレゼン資料を作成し、町長はじめ行政関係者にプレゼン発表しました。この時のキーワードが「愛×木育×デザイン×発信」であり、スギダラメンバーの菊ちゃん(桝谷紀恵)が、プレゼン発表の中で、このプロジェクトの意義を次のようにまとめてくれました。
「子供たちの学校生活の中で、一番身近で一番触れる時間が長い学習机は思い出・愛着・親しみモノを大切にする心を育んでくれます。学習机を3年間使っているうちに、木ですから天板も古くなり、変化を出してくれることでしょう。木が傷つきやすいことを知り、また自分で磨くことで、木を大事に活用しようと感じます。
愛着を持ってくれた生徒が将来、また自分が育った吉野町を思い出すとき、吉野の産業のことを考え直すひとつのきっかけとなり文化の伝達、発信へとつながります。
また、こうした学習机を通した木育、一連の教育環境づくりを定着させることで、吉野町がひとつの教育モデルとして世の中に発信します」
ただのモノづくりには終わらない、このプロジェクトの持つ意味の大きさを感じるプレゼン発表でもありました。

そして、椅子のデザインも決まり、学習机と椅子の試作品が出来上がり、何とか平成25年度中に机が導入できる目途が立ちました。
その時の試作品が下記の机です。

   
 
 

平成25年度中に導入したかった理由が二つありました。一つは私がPTA会長時から、共に学習机の導入にご尽力いただいた校長先生が定年退職を迎える年であったこと、もう一つが、私の娘が卒業するまでにという親心と約束。

残念ながら二つの願いを叶えることはできませんでした。

   
 

最後の壁が、発注間近での椅子の脚の形状変更でした。教室の床材の痛みや椅子の強度の心配から、脚をループ形状にしてほしいという学校からの要望でした。ここにきてからの変更、デザインや価格的なことも含め、かなり難しい要望でしたが、学校現場の懸念材料を持ち越して退職できないという校長先生の最後の願いでもあり、ループ形状に変更してもらう交渉の決断をしました。

   
 

ほぼ決定していた中での椅子のデザイン変更。藤森さんの意向、価格も含め大きな課題が最後の最後で試練として現れる。
忘れもしません。2013年12月26日、年末の仕事納めの日。藤森さん、奥さんにスケジュール調整していただき、椅子のデザイン変更のお願いをするために上京したことを。
想いをくみ取ってくれた藤森さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
このプロジェクトで一番印象に残っている。大切な時間だったかもしれません。

ここから導入に向けては、Re:吉野と暮らす会会長の石橋輝一さんや製作の中心になって進めてくれたグリーンフォレストの田中寿一さんなど、暮らす会メンバーの存在が大きかった。
こうして念願の愛・学習机が吉野中学校に誕生する2014年8月27日を迎えることができました。セレモニーでは、このプロジェクトに関わった地域の事業者の皆さん、デザイナーの藤森さん、若杉さんのメッセージが映像で流され、このプロジェクトの持つ意義の大きさを改めて感じることができました。

   
 
 
   

生徒たちが自分の机を組み立てる姿。

   
 
  一番身近で、一番触れる時間が長い学習机が教室に並ぶ
   
 

思いを抱いて5年、本格的始動をして3年、本当に地域内外多くの人が愛情を持って成し遂げてくれたプロジェクト。
「新しいものを生み出すエネルギーは、愛にあり」
「諦めないエネルギーはスギダラにあり」
また一つ、スギダラの持つ無限の可能性を垣間見た気がする。

まだ始まったばかりの愛・学習机プロジェクト。
約半年という短い期間ではありましたが、今年3月に天板とともに旅立つ卒業生の姿を見ることができました。

   
 
   
 

 そして今年4月に入学した生徒は、3年間学習机を使用する初めての生徒になる。愛・学習机にどんな思い出を刻んでくれるか、3年間の軌跡が楽しみだ!

   
 
   
 

このプロジェクトを通して、デザインの力、デザインの持つ可能性を学ばせていただいたような気がする。学習机から吉野材への誇り、地域愛を育めるよう、愛・学習机プロジェクトは更に進化し続けなければならない。この取り組みを全国に拡げていくために!

最後になりましたが、このプロジェクトに関わり、思いを共有し一つの形を創り上げてくれた皆様に心から感謝申し上げます。

   
   
   
   
  ●<なかい・あきもと> 林業家。中神木材 代表。吉野町議会議員。
山から街まで、川上から川下までを考えた林業経営を模索し、吉野林業の再生を目指す。
   
 
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