【第41回屋台大学】
静かに、丁寧に話す西原さんの話の奥には沢山の実践と経験、そしてそれよりも大変な苦労、そんなものを苦労とも思わない、彼の眼差しが垣間見える。
一つ一つに言霊があり、聴衆の心をわしづかみする。
そうなのだ、彼は研究者、学者であるのだが、一つのコトにとどまらず、研究の背景にある真実に向かおうとする好奇心、愛、正義があるのだ。
だから、全ての事象が人として生きる哲学に繋がっている。
学問のための学問ではない。人というものに向かっている運動なのだ。
「私は人類の謎を解くべく、人骨の研究をしていました。しかし、骨と向き合っているのがつまらなくなり、生きている者と向き合いたいと思い、やがて猿人類の研究に至りました。ボルネオで研究をするうちに、人類の始まりであるアフリカへ。そしてコンゴに行き、ゴリラの研究をしました。そこで、ニューヨークに本部がある野生保護協会(WCS)と巡り合いました。」
「僕は、そこの会長から、君は日本人なら、マルミミゾウを守るべきだ。なぜなら、日本はマルミミゾウの象牙を買っている国だからだ!!と言われました。」
「何のコトやら、わからなかったのですが、僕はコンゴ人枠でなんとかWCSの職員として雇われ、その謎を解くコトを選びました。」
「いろいろ調べていくうちに、失われつつあるジャングルの生態系を維持している偉大な動物、それがマルミミゾウでした。マルミミゾウは沢山の森の恵み、果実を食べ、移動しながら糞をします。マルミミゾウの糞は種子の温床でした。マルミミゾウの糞から出た種子は確実に発芽します。そうして森は豊かになっていくのです。ですから森を守ってもマルミミゾウがいなくなったら、森は消滅に向かう、いや沢山の動物が絶滅に向かうのです。」
「マルミミゾウは西アフリカの生態系になくてはならない存在だったのです。」
「しかし、高値で売りさばかれる象牙のために密猟が行われます。破壊的な密猟です。」
「みなさん、マルミミゾウの象牙を一番好きな国はどこだか知っていますか?」
「日本なのです、マルミミゾウの象牙は硬くてしっかりしています。質が高いのです。だから、複雑な加工や細工ができる。特に三味線の撥には最適なのです。私たちは知らない間に、遠く離れた国の自然破壊を促していたのです。」
「いや、一方的に悪いとは言いません。日本の伝統、文化だからです。」
「しかし、そうやって、世界が繋がっていて、知らない間に知らない国を破滅に追いやっている。そう、知らないというコトが、問題なのです。」
「私たちの国は、先進国であり、素晴らしい技術を持っています。」
「だから、象牙ではなくてもいい素材や技術があるはずなのです。そうです、そういう技術こそ、先進国が考えるコト、様々な事象を理解し、解決して、未来に渡す力です。そう、創造力です。」
僕は、西原さんのその言葉を聞いて、胸が熱くなった。
沢山の専門家、優秀な人たち、見識者。
しかし、もはや専門家が専門性を主張している場合ではないのだ。
今ある事に、未来に、その力を活かす力、情念を持った創造力が必要なのだ。
目の前にある豊かな暮らしは、どこから来たのか?
どこに繋がっているのか? 未来につなげる事が出来るか?
だんだん、複雑になり、見えなくなり、当たり前になってしまう。
人の当たり前を維持するために正義がつくられる。結局、誰かのものを奪ったり、壊して生きることが、正しいはずがない。
経済のため、生きるためであれば、そうならない事を提供することも消費する立場の責任だろう。
生きるために、川の上流で水を使い果たせば、下流は、生態系は、破滅する。
ほんの少しの想像力で、解り得る事のはずだ。
高度な教育や、知識ではない、ともに生きるという情感の問題だ。
西原さんは、こう連ねていく。
「みなさん、結局、生きていくために何があるか?アフリカでは、生態系を壊して、資源を売って、生きて行くしか、なかったのです。豊かになるために、国を守るために。」
「しかし、生態系、自然の崩壊は、森に住むという、ピグミーさんの文化や伝統、生きる知恵さえ奪っていくのです。つまり文明は、地域の人間の生態系さえ奪うのです。」
「果たして、近代的な教育は正しかったのでしょうか?森から出た人は、お金がないと生きていけません、森があれば営々と生きてこれたのに、生きる事が不可能になるのです。」
「近代教育の代償に、ピグミーさんの数千年の能力が消滅するのです。彼らは500メートル先の擬態化した毒ヘビも見えるし、地図なんかなくても森を正確に行動できるのです。僕らには、理解不可能です。現代のどんな技術があろうとも、ピグミーさんの力なしには、僕らは安全に活動できないのです。現代の文明は、森林の破壊から始まり、野生動物の絶滅を起こし、最終的に先住民の消滅を起こす。僕たちの知らないところで、このような事が起きているのです。」
「つまり、豊かな教育というものが、先住民の数千年の英知を伝統を消滅させるのです。」
「自然を守る事が正しいか?近代の豊かさ、開発が正しいのか?僕はそんな事を論じるつもりはありません。問題は、その二極化が問題だって事です。その二つの間があるという事。両方を解決する英知があるということ、その橋渡し、繋ぐという英知、分野を超えた連携を伝えたいのです。」
「限りある、資源、受け継いだ何か?これからどこに向かうのか?このままで良いとは思いません、何かがおかしい。すべての英知と連携こそ、何かを解き明かすものだと思っています。」
「最近、いろいろな事に出会い、知るたびに、結局僕は、人間を知りたかったのだって。そう思うのです。」
「結局、最初に戻ってきました。」
「日本は豊かになりました、しかし、私たちは全世界からものを調達し、生活しています。確かに、物質的には豊かになったかもしれません、しかしその先にある事への配慮や、情感をもって人間の原点である「ゆりかご」の創造をすべき立場にいます。毅然として日本人らしい生き方を示さなければなりません。この事を、伝える事ができるのであれば、僕はどこへでも行きます。本当に今日のような場面をいただけた事に感謝しています。」
参った!!参ってしまった!!
言葉が出ない!! こんなに、言葉が出ない事はなかった。
たくさんの経験、好きな事への飽くなき探究心、名誉や権威や経済よりも真実を求める姿、沢山の事を語りすぎる社会、ノイズだらけのメディア、音を感じなくなった人達、考えない毎日の連続、音のしない仕事。
僕は、西原さんの話を聞いて、本当の音を聞いた気がした。
心震える、懐かしい、大切な音。
僕たちが生きて来た音。
そう、それは「森の音」
先人達が大切に育んできた「自然の音」
西原さんは、そのような音を奏でる人だった。
この音を、たくさんの人に伝えたい。
この出会いに感謝して。 |