連載
  スギダラな一生/第80笑 「古民家再生から見えること」

文/ 若杉浩一

   
 
 
 

セイラ カミングス 長野県在住、アメリカ人。元々、日本酒の製造が伝統の杉樽ではなくステンレスやFRPで作られていることに衝撃を受け、日本の伝統、良さを日本人が失い始めていることに気づき、それを守るために杉樽の再生と酒造りを小布施で始め、小布施のまちづくりを一生懸命にやっている有名人。僕もテレビ番組でセイラの存在を知っていた。
出会いは、長野県塩尻での木育サミットだった。
僕が壇上で、相変わらずの調子で喋っていると前の席で、ひとり大笑いする外人がいるのだ。まあ、変わった外人さんがいるものだと思っていた。
終了後だ「あの〜〜私はセイラと言います。本当にお話が面白かった。来てよかった。長野の田舎で古民家を再生させて、日本の良いところを伝えたいので、是非見に来て下さい。」
「あああ、はい是非」てな、感じで始まった。その後メールのやり取りをして早速、会いに行くことになった。出会って二ヶ月だ。
とにかく情熱の塊なのだ。断るはずがない。
僕はスギダラのメンバー、長野のメンバーに声をかけて、とにかくセイラの所へ集合した。
長野の駅から車で20分程度のなだらかな丘陵地帯の農村、保科地区のどん詰まりの古民家がセイラの家だった。
美しい田畑、清らかな川、段々畑の上に蔵や離れ、庭のある美しい民家である。
しかし、まだまだ荒れている所もある。
しかし、旦那さんは外人で小学生の息子がいることは知っていたが、やたらと外人が住んでいる。10人ぐらいはいたか?
セイラの話を聞くに、裏山も荒れているし、蔵はまだ、手付かず、徐々に整理はしているのだけど、追いつかないとのこと。
地元の人たちも手伝ってくれるのだけど、スギダラの力を借りたいということなのだ。そして、裏山のブナの木に、ツリーハウスを作りたいと。
お安い御用なのだが、まだまだ設計や段取りもこれから、思いはあるがどうする?って感じだった。
まあとりあえず、みんなで仕事だ。
セイラの思いを聞きながら、自己紹介タイム。まあ色々な人たちが集まっている。アメリカ人、カナダ人、フランス人、スイス人、オーストラリア人・・・・
幼稚園の人たち、アニメーションデザイナー、近所の方々。そしてスギダラ長野支部、矢作川流域支部、飯田支部、本部。
セイラがこう切り出した、「みなさん、この保科地区には、美しい風景、自然、清らかな水、山、そして美しい街並みがまだ残っています。ただ、高齢化が進み、空き家、休耕地が増え、日本の美しい暮らしが、なくなろうとしているのです。」
「日本の暮らしには、私たちが学ぶべき知恵、技術、文化が沢山詰まっています。この美しく生きることを、ここで学び、世界に広げていく発信の場所にしたいのです。」
「あたらしい学び舎、保科カレッジをここでやりたいのです。」
この時は、頭では理解はできたのだが、本質はまだ理解できて無かったのかもしれない。
チームは「蔵の掃除班」「ヤギ小屋班」「裏山、ツリーハウス班」「食事班」に分かれ其々の作業にかかった。当然グローバルなチーム編成だ。僕はヤギ小屋を片付け、裏山班担当になった。
先ずは、格好から入るスギダラは凄かった。長野スギダラメンバーは道具がプロ、チェンソーは勿論、様々な工具を持参している。
働き者が多いので、とにかく早く片付く。1日目にして、ほぼ暗かった山林が明るくなった。枝打ちや、下草刈りは、慣れているし、楽しい。そして、見る見る間に情景が変わっていくのをみんなで楽しむ事ができる。
野良仕事は楽しい、そして、みんなでやるともっと楽しい。
デスクワークなんかでは味わう事のできない喜びがある。そして心も体も綺麗になる感じがする。
1日目は、それぞれの仕事をすませ、夕ご飯の準備、庭でみんなでパーティーだ。ご飯の支度、40名ほどが一堂に会する食卓づくり。
夕暮れる、長野の風景を愛でながらの、楽しい、宴会。年の差も、国の違いも、宗教も、学歴も何にもない穏やかな空間。そこには、共に働き、ともに豊かなこれからをこの地に創ろうとする仲間たち。美味しいご飯と、楽しい仲間、そして美しい風景。本当に美しい風景。
価値や、美味しさって、モノじゃない人が創るんだ。本当にそう思った。
夜遅くまで、楽しい話をした、翌日。朝から、座禅!!
近くのお寺まで(片道30分は歩くが)。またこの道が素敵なのだ。美しい風景、清らかな水、生き生きとした緑。昨日の酒が一気に抜ける。
座禅の帰り道。今度は、古い街並みを通りながら。古い民家が並ぶ美しい通り。しかし大半が空き家だ。そして老朽化が進んでいる。
どの家も、美しい、風景に合った美しい佇まい。ただ誰一人、人がいない。
まるでタイムスリップしたようだ。
かつては、豪農であった母屋、離れ、蔵、庭、子供達が楽しみにしていたであろう、柿の木、クルミの木、夏みかんの木。どれもが草ぼうぼう。
俄然、片付けたくなる。
「あ〜〜もったいない、片付けたい!!」
「ねえ、若杉さんそう思うでしょう? こんな宝が放置されている。日本の美しさがなくなろうとしている。」
「私たち外人が、焦がれるほど美しい日本の美や文化、暮らしがなくなろうとしている。」
「私は、だからこの地に住みました。この美しい日本の暮らしを守りたい、伝えたい、そして何が本当に豊かなのか?を知りたい。」
「若杉さん、スギダラメンバーと一緒にやりましょう!!」
「やろう!!こんな足元にある、大切なことを忘れてしまう僕たち。これはスギダラと一緒だよ。やろう!!」
そういいながら、帰路に着いた。
その日も、お昼過ぎまで、みんなで作業をして、再会を約束した。

何があるわけでもないし、お金をはたいて、休みを献上して、二日間働いて帰るだけ。だけど、そこには働くというコトの本質が見える。
人は何のために働くのだろう?
お金のため? 家族のため? 生きていくため?
お金のためだったら、田舎は分が悪い。経済から縁が切れている。
しかし、ここは、多くの経済を求めなければ生きていける。しかも豊かに。
家族のためだったら、教育、仕事に対しては分が悪い。便利さや合理性から縁が切れている。
しかし、ここは考え方を変えれば、都心なんかでは得難い、豊かさが存在する。人の絆、美味しい食材、美しい風景、生き生きとした生命力。
生きていくため? 
何のために生きていくのだろう? 
何のために仕事するのだろう?
お金のためだったら、キリがない。そのために失うものが多すぎる。
20代の頃、僕は、デザインを手に入れたくて、あの美しい形を手に入れたくて、一生懸命に働いた。出来るだけ寝ないで働いた。
少しばかり、デザインらしきものを手に入れ、運良くヒット商品をデザインできた。沢山の賞を貰った、あの憧れの海外の賞も手に入れた。
だけど、何も満たされなかった。会社は、周りの人は、すぐ忘れた。
まだまだ、まだまだ、欲しいものは、売り上げだった。
しかし、変だった、売り上げても何も起こらなかった。
そして、喜びもなかった。

心から、叫び声が出た。
声が出た時、僕は、すっきりした。
そして、体が震えた。
涙が出た。
やがて、会社の集団から嫌われ始めた。
だけど、僕は生きていた。
それから、取り憑かれたように生きた、仕事をした。
誰も喜んでくれなかったし、無視された。ひとりぼっちだった。
しかし、気にはならなかった。
ひっそりと働く、僕に、時々声をかけてくれる人がいた。
そして、言葉が通じた。
嬉しくて、涙が溢れた。
「生きていける。」そう思った。
「かっこ悪い、役に立たない、バカなやつだ、要領を考えろ、うまくやれ」
沢山の言葉を投げかけられた。しかし、何も気にならなかった。
働くこと、積み上がっていくコトが、ただ嬉しかった。
何の為かわからないが、会社の何かとは違うコトだけはハッキリしていた。
スギダラを始めて、沢山の語らない美しい人たちと出会って、確信した。
ここだった、このコトだった。
この喜びだった。
働く人たちの事だった。
何のために? 遠い、何かの共振と喜びにために。
自分自身のために働くのだった。
古民家を再生させて、何かの経済を生み出そうとしている訳ではない。
古民家をとりまく、この地に、沢山の働いた痕跡と、美しさと、知恵と、そして、生きるという、実態があるのだ。
僕たちは、働くコトを忘れ、便利な簡単な社会へ移っていった。
そして見えない誰かにしわ寄せを強いて、生きている。 
生きるコトがみっともない、心が騒がない。
世の道に外れて良かった、沢山の罵声を浴びせさせられて良かった。
そこにあったのは、解き放たれた自分だった。

最近、偶然、函館山の古民家再生のプロジェクトを手伝うことになった。
そして、ここにも働き者の仲間たちがいる。
懸命に働く、そして一緒に汗をかき、美味しいお酒を飲む、未来を語る。
小さい事実が積み上がって行く。
小石が、石垣のように積み上がって行く。
名前や、地位や、名声や、お金のためではない。
働く、喜びのために。
それを誰かに伝えるために。
大切な何かを、渡すために。

古民家を再生させる事に潜んでいたモノ。

セイラ、長野スギダラメンバーに敬意を表して。

   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 所属。
2012年7月より、内田洋行の関連デザイン会社であるパワープレイス株式会社 シニアデザインマネージャー。
企業の枠やジャンルの枠にこだわらない活動を行う。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長 
月刊杉web単行本『スギダラ家奮闘記』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm 
月刊杉web単行本『スギダラな一生』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生 2』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka3.htm
   
 
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