スギダラ広場
 

スギダラな一生/第83笑 「忘れていたこと」

文/ 若杉浩一

   
 
 
 

5年前の事だったろうか?
僕は、千葉工大の山崎さんに誘われ、大学の卒制展の懇親会で、JAZZをやることになった。そして、家のクローゼットの奥に仕舞っていたギターを引っ張り出した。大学時代、45回払いで買ったギターは、カビ臭く、まっ白だった、バインディングの色もクリーム色になり、塗装もひび割れ始めていた。
30年間の封印だった。
僕は、中学校時代にジャズに狂い始めた。そして、未だに狂っている。
ジャズの自由で、開放的で、無限に広がるような感じが大好きだった。
とにかく、聴き漁った。狂ったように聞いていた。だから、つぶさに、フレーズや、リズムを覚えていた。ジャズを手に入れたくて仕方なかった。
大学では、ジャズ好き者会に入会し、大学4年間は、始めて演奏する側に、回った。その時代に、買ったギターだった。
演奏が出来た訳でもなかった、入部したら、演奏をすることになり、クラッシクギターしかもっていなかった僕は、2万円でエレキを買い、初めてジャズを演る方に回った。とにかく、聞いた量では、誰にも負けなかったので、何気に聞きかじりで、ナンチャッテジャズ風をやっていた。
それが、妙に先輩に受け、腕前なし、理論もなし、度胸もなしで、ステージに上がることになった。先輩や、仲間は、楽器を操る力は抜群だった。
僕はその仲間に支えられ、ナンチャッテギターで、分不相応なステージに毎度上がっていた。しかし、特別、一生懸命に練習した覚えもない。
何故か?それは、自分の腕のなさに嫌気をさし、理想と現実に負けてしまい心の奥底で、才能がないと決めつけていたからだった。
僕は、一番好きなはずのモノから、ずっと逃げていたのだ。
会の盛り上げや、ジャズの話は得意だったので、いつも、いいバンドメンバーの中に居ることができた。しかし内心、下手くそな自分をいつも感じていた。
好きなだけに、好きなコトから見放されるのが怖かったのだ。
「俺は、才能がないのだ!!」そう決め付けるコトにしていた。
しかし、ジャズに対する情熱は冷めるコトもなく、よくライブに、出かけたりしていた。
そうして、ギターは30年も塩漬けになった。
会社に入って、デザインをやることになった。デザインは僕にとって特別なものでも何もなく、迂闊にデザインの大学を出てしまった程度で、腕も、センスもある訳ではなかった。ごく普通の大学生だった。
入社して、3名のデザインチームの下っ端である僕には、5年間の段ボールデザイン人生が始まる。同級生が、どんどんデザインの仕事をしている中で、僕はデザインすら行き着かない、下積み砂漠だった。
毎日が深夜に及び、休みも何もない、孤独な毎日だった。
孤独は、人を創造へと掻立てる。いくら、呑気な僕でも、未来を考え始める。
何故なら、何も考えなければ永遠の段ボール地獄だからだ。
しかし、自分は段ボールの設計しか出来ない、何の確証も無い、自分自身。
もう何も逃げる所も、言い訳できる所も何もない。
砂漠で、裸で佇んでいるようなものだ。
文句言えば言うほど、体力を消耗するし、下手すりゃ死んでしまう。
おまけに、助けてくれる、誰かも、いない状況だ。
僕は、人生初めて、自分自身が、この砂漠を生き延びて行く何かを手にする決心をした。それは、デザインで、生きて行くということだった。
デザインが好きだったわけではない、しかし、もうそれしか無かったのだ。
自分自身を、デザインが好きにするしか無かった。
だが、突然そう思っても、何も身につくものでもない。
あの「下手くそ」が現れる。あの失望感だ。
自分を傷つける、現実が襲ってくる。何も役に立たない、何もできない自分。
しかし、僕はこう思う事にした。
「もう、諦めない、ジャズだって逃げた、諦めた。だけど、この道だけは絶対諦めない。そうジャズだ、デザインをジャズだと思え!!」
そう思うと、下手くそが、恥ずかしくなくなった。当たり前だと思った。
できないので、しこたま見まくり、本を読み漁った。
人は一旦、自分を受け入れると180度見方が変わってしまう。
しかし、それが、なかなか出来ない。
恥ずかしい自分を受け入れられないからだ。
窮地、試練、修羅場という環境は、人を覚醒させる。
好きだと信じさせて、手にしたデザインは、やがて自分を表現する大切な、モノになり、そのお陰で沢山の人と繋がり、何かを生み出すベースになった。
表現するコトは、こんなにも楽しくて、素敵な事だった。
無限の自由と、豊かさが広がっている。

「あれ?これって?JAZZじゃないか?」
30年ぶりの僕の演奏は、惨憺たるものだった。
弾けると思っていた何も弾けなくなり、コードも何もかも忘れていた。
恥ずかしくて、もう絶対ギターは弾かないと決めた。
あの、空気だった「下手くそ!」。失望感。

「あれ?これって?デザインの始まりと一緒じゃないか?」
「な〜〜んだ、そういうことか〜〜。よしやり直そう。」
「もう、好きなコトから逃げない。出来る、出来ないじゃない。」
「今度はデザインのようにJAZZ をやる。恥ずかしい時間は慣れている。」
そう思うと、楽になった。
それから4年が経った。だいたい毎朝、4〜5時から早起きして3時間は、練習することにしている。未だに、大した事は無い。
この歳で、こんなコトをやり始めると、「オジさんの趣味。」とか「年寄りの見せたがり。老害。」とか、言われる。
確かにそうかもしれない、こんなコトやっても、お金と時間を浪費するだけで、生産性も何も無い。おまけに、少ない睡眠時間を削っているだけだ。
仕事なのか、趣味なのか?遊びか?何なのか?
だけど、忘れていた何かを、手にしたいのだ。
その先に、何があるか、まったく解らない。
ただ、好きなコトを大切に、生きていきたい。
それだけだ。

最近、ジョン スコフィールド(JAZZ GUITARIST)の手記を見た。
何をするにも、何か熟達するには、最低1万時間がかかるんだ。
1日3時間で10年かかる。とにかく時間をかけないといけない。
やってみると、あるコトが起こるんだ。
音楽の謎が君に明らかにされる。理論や勉強では得られない何かがね。
集中し、始終考え続け、研究し、続ける時間がね。
何というコトだ!!
後、7年後が楽しみだ!!!

練習と鍛錬と試練が苦手な、チームポンコツへ。

   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 所属。
2012年7月より、内田洋行の関連デザイン会社であるパワープレイス株式会社 シニアデザインマネージャー。
企業の枠やジャンルの枠にこだわらない活動を行う。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長 
月刊杉web単行本『スギダラ家奮闘記』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm 
月刊杉web単行本『スギダラな一生』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生 2』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka3.htm
   
 
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