連載
  いろいろな樹木とその利用/第6回 「タムシバ」 
文/ 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 

まだ雪の残る4月下旬、山の中を歩いていたら、不意にさわやかな香りが漂ってきました。すぐに、「あっ、タムシバが近くにある!」とわかる香りでした。周りを見ると、葉に先駆けて真っ白な花だけが枝先に咲いていました。
第6回目は「タムシバ」です。

   
 
   
 
  タムシバ冬芽準備中(8月8日撮影)
   
 

雪解けとともに真っ白な花が咲き春を知らせてくれるタムシバは、本州、四国、九州に分布し、特に日本海側に多く分布しています。
よくコブシと区別されずに一緒にされていますが、葉の形・葉の裏の色が異なることや、コブシは花の下に葉が一枚だけつくという特性があることで区別できます。
そんなタムシバですが、どのように使われてきたのでしょうか。

   
  ●冬芽の利用
 

生薬で辛夷(しんい)と呼ばれているものが、このタムシバの冬芽を乾燥したものです。辛夷は含まれる精油の効果があるのか、頭痛薬や鼻炎薬に使われています。
昔の人は、春先に開花前の筆状になっているつぼみを採取して乾燥させておき、時期になると来る買い付け業者に売っていたそうです。
私も今年の春、実験のため少し採取してみましたが、花芽を摘み取ってしまうことから、長年同じところで強度な採取をし続けていると、資源が枯渇してしまいます。採り方を考えなければなりません。
ちなみに花芽と葉芽では形が違いますので簡単に見分けられます。写真は花芽で、ふわふわとした毛がついていますが、葉芽はつるりとした棒状です。辛夷には花芽を使っています。
第15改正日本薬局方からは生薬の項目に搭載されました。原料植物には辛夷の原料植物として、タムシバ、コブシ、ハクモクレンと記載されています。内部に9枚または12枚の花びらが入っていて、皆同じ形か、外側3枚が小さいとあります。

   
  ●生態
  冒頭に雪解けとともに咲くと書きましたが、タムシバはちょうど山の尾根部に多く生育しているため、満開時には尾根が真っ白に見えるようになります。普通は日当たりのよい尾根部から雪解けが始まるので、遠目には「あれっ、どうしてこんな尾根に雪が残ってるのかな?」と勘違いするほどです。もしもそんなところに雪が残っているように見えたらそれはタムシバかもしれません。
尾根に多いので登山道脇に必ずといっていいほどあります。葉っぱは水をはじく性質があるので、葉の上に朝露が粒状にたまっていることから、登山中の水分補給に利用できます。揺さぶると水滴を落としてしまうので、そっと葉に口を近づけで、シュッと吸い込みます。結構のどの渇きを潤してくれますので、チャンスがあればお試しください。
集合果がなかなか魅力的な形をしています。写真は、8月に撮影したもので、まだ裂開していない状態ですが、割れると中に赤橙色の種が入っており、目立つようになります。
いろいろな形状をしていますが、なんかのお菓子に似てませんか?
   
   
  真っ赤な集合果  

でん六のピーナッツチョコそっくり(笑)

   
  ●方言
  樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
ニオイコブシ、カムシバ、タノシバ、コブシ、サトウシバ、ミヤマコブシ、コバノコブシ、クシバナ、ハカンゾウ、チャボホオ、チョウジザクラ、シバコブシ、ゴマガラ、シバザクラ、シバニッケイ、ニッケイ、トリキ、タウチザクラ、サクラ
樹皮をかむと甘いことからサトウシバ(砂糖柴)、葉が無くて咲くことから「桜」の名を使うところもあります。
また農耕を始める目安としてのタウチザクラ(田打桜)という言い方もあります。
(上原敬二著 樹木大図説T より引用。歴史的かなづかいは改めた。)
   
  ●材、枝葉の利用
 

特に大きくならない木なので、器具材料にしたり、直径5cmくらいのものを集めて茶室の垂木に利用したりしたようです。
枝葉は、そこに含まれる精油成分を利用し香水原料としました。コブシからはコブシ油というものを採っていたのでタムシバからもコブシ油をとっていたのではないかと思います。

   
  ●香り
 

タムシバはニオイコブシの別名もあり花もよい香りがしますが、葉にもよい香りがします。タムシバの名は「噛む柴」が変化したとされ、枝をかむと若干の甘みがありますが、その香り自体は歯磨き剤のような雰囲気があります。
花の香りは春先しか楽しめませんが、葉は長く楽しめますので、私は見かけたら葉を揉んで香りを楽しんでいます。

   
   
  【標準和名:タムシバ 学名:Magnolia salicifolia MAXIM.(モクレン科モクレン属)】
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 某県にて林業普及指導員を務める。樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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