連載
  スギダラな一生/第22笑 「すぎ笑い」
文/ 若杉浩一
   
 

また原稿に穴をあけてしまった。南雲さんや堂元にはまた迷惑をかけてしまった。そして皆さん、すみません。何だか不況を理由にデザインチームにバッシングが続くものだから、自らのことであれば笑って済ますのだが、仲間のこととなるとそうはいかない。痛いのである、そして何もすることが出来ない自分に腹が立つ。何処にでもある出来事なのだろうが、痛いのである。これは失恋に似ている。思いのたけが伝わらない、そして結果は冷酷である。とても明るく元気に原稿を書く気になれなかった。そんな時は原稿に現れる。小野寺さんが先日「最近勢いがないね、悩んでるね〜」お〜〜!!その通りである。さすが小野寺さん。お〜〜小野寺さん、小野寺さんである。
まあ、事態はそんなことをしていても変わらない。笑い話でも書くか〜〜。
そんなことで皆さんに最近の僕の仕出かした笑いをひとつ、「馬鹿じゃね〜の」と思って頂ければ幸いである。

3月17日(火曜日)のことである。僕は年末、木材学会からの誘いで有馬先生の講演に続き末席で少しばかり「杉の活用とオフィス」のことを話してほしいということで依頼が来た。「3月17日、なんだ未だ随分あるじゃないか〜〜さすが学会。3ヶ月前に正式な依頼が来るなんてきちんとしている。3月なんて大丈夫、大丈夫、いつでも行きますよ〜〜」なんて思っていた。そしてメモもせずうっかり忘れていた。3月に入ると何だか大切なことを忘れているとだけ思い出すのだが、ディテールが解らない。そんな中、あるプロジェクトの件で宮崎県の中村さん(月刊杉43号「杉で地域をデザインするということ」参照)と宮崎での打ち合わせの連絡をしていた時である。「僕は16日は大丈夫ですが、有馬先生は16、17日と木材学会で無理のようです」と言うことだった。僕は思い出したのだった。「中村さん、僕も実は17日有馬先生と学会で会いますので、有馬先生にはその時、概略はお話します。大丈夫です。それじゃ予定通り16日皆さんと打ち合わせをして、17日学会で有馬先生にお話します」てな感じで段取りをとった。

「あ〜〜良かった、思い出した。あぶねえ、あぶねえ、学会を忘れるところだった、忘れたら学会(がっかり)なんて」バカなことを考えていた。心配なので出先からオフィスに電話をして日時や場所を確認した。
「宮崎市民プラザ オルブライトホール 15:00〜 500人の参加者」
「お〜、すっげーな〜、本当に俺でいいのか??」「しかし内容未定、講演時間未定というのも随分だな、まあいいか。」スタッフのくれたメモを手に僕は16日当社のイアンテリアデザイナーの小林(コバケン)と一路、宮崎へ飛んだ。

16日は打ち合わせを済ませ、宮崎の仲間達と遅くまで飲んだ。しかし何となく次の日のことが気になるせいもあり、泥酔しないように心がけた。なんせ500人。しかも時間、内容未定だ。いつでも来いという状態にせねばと思う訳で、帰ってから10分用、20分用、30分用、40分用とバリエーションをつくった。
「まあ何とかなるか。後は頼んだ貴方のせいよ〜なんて」と思いながら床に着いた。次の日は日南のウッドエナジー、吉田さんの工場を見て会場へ直行だ。

次の日は快晴で、本当に宮崎らしい本当に美しい日だった。
吉田さんの工場は凄かった、ビックリした。もう感動した。そして吉田さんの頑張りと情熱にまたまた感動した。こんなに凄い仲間に会えてよかった。そう思った。余りに凄いので思わず時間を忘れてしまった。「いかんギリギリだ」気付いた時はギリギリだった。僕とコバケンはレンタカーに乗り込み先を急いだ。
「若杉さん参りました、あの観光バス、タラタラ走ってますよ〜〜、あ〜〜くっそ〜〜、間に合うかな〜。」
「まずいぞコバ、ナビが15:00すぎに着くって言っとる。こりゃまずい。おまけに、この案内状は連絡先の電話番号も書いとらんぞ、こりゃ益々まずい」
お互いにハラハラしながら、ようやく宮崎市民プラザに15:00ピッタリに着いた。
「おい入り口はどっちや?」
「若杉さん、僕は車を止めて向かいますから、早く降りて会場へ向かって下さい」
「解った、じゃあ」
僕は取りあえずパソコンと案内状だけを持ち車を降りた。しかし降りた場所が悪かった、結果、入り口の正反対だった。走り込んで受付カウンタになだれ込んだ。ダッシュで息切れし、ようやく受け付けカウンタに着いた時には、もうくずれ落ち、案内状を持った手だけをカウンタに差し出すのが精一杯だった。

「ハア、ハア、あの今日の、今日の木材学会の講演者なんですが何処でやって、ハアますかハアハア」
「えっ?」
「木材学会」
「えっ?」
「木材学会、オルブライトホール」
「オルブライトホールですが、でも今日は何もやってません」
僕はしわくちゃになった案内状を指差しながら、
「そ、そんなはずはない!だってこれを見て下さい。3月17日、ここでしょう?」
「そ、そうですね〜、でもやってないんです。」
一瞬僕は会場を間違えたと思った。
「やってしまった。もう間に合わない〜〜。もうひとつオルブライトホールがあったんだ〜〜。他にオルブライトホールがあるでしょう、ねえ!!そこを教えて下さい」
「他にですか? ないですけど」
「ええっ!!じゃあこれは何なんですか!!今日!!3月17日(水曜日)、今日、ここで。おかしいでしょ!!」
「ええ、そうですね・・・だけどお客さま、今日は3月17日(火曜日)ですけど。あっ!!おまけにこれ2010年になってますが」
「そ、そんな、間違いなく今日なんです、学会は。確認してますから。ちょっと待ってて下さい、確認しますから、ほんとに」

僕はカウンタを去り誰もいない大ロビー空間のロビーチェアに座り、先ずはオフィスに電話を入れ木材技術センターの連絡先を確認した。
「あのさ、学会さ場所間違えたみたいなんだよね、確認するから連絡先調べてくれない、ミスプリントだと思うんだ」
連絡先を聞いて、僕は木材技術センターに連絡した。
「あの〜、今日学会ですよね、有馬先生もそうですよね。僕も参加者なんですが、会場にはいるんですが、学会やってないんです」
「確かに今日は、学会です」
「そうですよね、僕、宮崎のオルブライトホールなんです、やってないんです」
「ええっ、今日は長野で学会ですけど」
「ええっ〜〜〜!長野!」
「え〜っと、来年が宮崎ですが」
「来年が宮崎〜〜!!」

僕の電話の声は広い、僕と受付嬢の2人、3人だけの空間にしみ入っていた。
僕の後ろから、クスクスと笑い声が聞こえた。
「やっぱり来年よ、あの人東京からわざわざ来たらしいよ」「うっそ〜〜」
僕は振り向けなかった。
「僕、来年のために今日来てしまいました、東京から」
「そりゃ、ご苦労様でした。有馬先生に伝えておきます〜〜」
電話の向こうで笑い声が聞こえた。
「ありが・・・ありがとうございました」
そこへ、コバケンが現れた。これがまたまた恥ずかしかった。息咳を切って。
「何を、何を、何をやってんですか〜〜、早く、早く会場へ」
それが、またまた二人のお嬢様に笑いを提供してしまった。
うなだれて僕は「コバ、来年なんだよ」
「えっ何処って?」
「来年!!」
押し殺した笑いは、音になった。広いホールと僕のポッカリとした心に響いた。
帰り際、受付のお嬢さんは粋だった。「また来年お会いしましょう!!」

僕とコバケンは今迄にない程、空いた空港の飲み屋「魚山亭」で二人で昼間っから焼酎と地鶏で盛り上がった。
「この話しほっておくには勿体ない。笑えるぞ、いいネタ仕入れたな」
「ほんと、笑えますね。これだけで焼酎飲めますわ〜」
カラカラとした笑いは焼酎に合う、いつも奇麗な魚山亭のウエイトレスが今日は一際美しく見えた。空港に夕日が射すまで、僕たちは、この幸せな一時を過ごしたのであった。

この笑いを千代田に捧げる。


   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
   
 
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