連載  
  あきた杉歳時記/第33回 「オエダラ箕のこと」
文/ 菅原香織
  すぎっち@秋田支部長から、旬の秋田の杉直(さんちょく)だよりをお届けします ・・・・
 
今回は「スギダラ」ではなく「オエダラ」のお話。3月に秋田市太平山のふもとの集落に伝わる「オエダラ箕」というイタヤカエデを使う民俗工芸があることを知り、早速オエダラ箕職人の田口召平さん(70)を訪ねることになった。秋田中央インターから5分ほど、のどかな里山里地の風景が広がる秋田市太平黒沢稲荷に召平さんの家と作業小屋がある。
   
   
 

召平さん(左)のご自宅の前には、壁に杉皮を使った手作りの物置小屋。

 
 

初めて見る、オエダラ箕。想像していたモノより、色が白くて繊細な印象。

   
  箕(み)は、主に米と籾殻のふるい分けや、豆を殻やごみと選別したり、作物の収穫や運搬、落ち葉をかき集めるときなどに便利で、農作業には欠かせない道具だ。一般に箕は竹で作られるが、秋田、青森、岩手、山形など北東北では竹があまり採れないため、竹以外の植物や山の木で作られた。秋田県では秋田市太平黒沢地区と仙北市角館町雲然(くもしかり)地区で「イタヤカエデ」を使う箕の製作技術が伝承されており、今年3月11日には竹を使わない北東北の技術の典型として、国重要無形文化財に指定された。
   
  秋田市太平黒沢地区は昔からイタヤカエデの箕(み)作りが盛んな地域で、中世の領主大江氏が平家の血筋であったことから、他の平家と区別するために「大江平」と名乗り、これを地元の人々が「オエダラ」と呼んだため、この地区で作られる箕ということで「大江平(オエダラ)箕」と呼ばれ江戸時代の中頃から作られてきた。箕作りがもっとも盛んだった昭和20〜30年代には、黒沢地区内120軒ほどの家のほとんどに作り手がいた。
   
 
 

作業小屋には製作途中のオエダラ箕やたくさんの種類の箕が置いてある。

   
 

表面のアップ。縦の部分がイタヤカエデ、横の部分は藤蔓。

   
  秋田のイタヤカエデは年輪が細かく、削り整えた表面はきめ細かで白くすべすべとした肌触りで、軽く弾力性に富み、折り畳むこともできるほど柔らかい。このしなやかさが、米と籾殻を選り分ける際箕の先端がよく上下にたわみ、使いやすいと評判が良く、最盛期には年間5万枚も作られた。冬期間に作ったものを雪解けとともに東北各地、遠くは関東や北海道にまで行商に行ったという。
   
  しかし、その後農業の機械化やプラスチック、ビニール製品の普及によって箕の需要が減り、現在専業でオエダラ箕を作っているのは田口召平さんの1人だけとなってしまった。角館では主力品を早いうちから需要が激減した「箕」から「かご」に切り替え「イタヤ細工」といえば角館の民芸品といわれるまでになり、若手の後継者も出てきた。一方、オエダラ箕のほうは製作技術保存会を結成し技術継承活動を行っているものの、会員の高齢化により若手の後継者育成が急務となっている。
   
   
 

新規販路開拓のため、オエダラ箕の製作の傍らで籠なども作っている

   
  オエダラ箕の製作は、まず里山を歩き、材料となるイタヤカエデ、藤蔓、根曲竹、樺(山桜の樹皮)を見つけるところから始まる。材料確保のための里山の持ち主との交渉や、加工に適した材の見極め方や切り方、部位に合わせた材料の加工、編みかた、仕上げに至るまで、実に細やかな知識と技を必要とする。
  イタヤカエデは、長さ1メートル、直径10センチ前後の若木を使う。これを十分に水につけたあと、鉈で等分に割る「コワリ」、幅を整える「コケズリ」、年輪に沿って根元に向かって裂いていく「サキカタ」などの工程を経て、幅1センチほどの帯状にした「サキ木」、角を面取りして編みやすくした「ツクリ木」、縁をかがるときに使う薄く加工する「カラミ木」などの材料のほとんどを手仕事で仕上げていく。
   
   
 

オエダラ箕の縦の部分に使う藤蔓の表皮と中芯の間の部分を薄く裂いておく。

   
縁の部分に使う根曲竹。 火であぶりながら曲げて紐で固定しておく。
   
   
 

ねじれがあると使えないが割いてみるまで判らない。作る前に十分に水に浸しておく。

   
 

イタヤカエデは葉が落ちてから採取するので、幹だけで判らないといけない。

   
   
 

削ったり、裂くときは、根元に向かって年輪に沿って裂いていく。

   
 

あっという間に仕上げていく熟練の手さばき。最後に表面を専用の鉋で仕上げる。

   
 

サキ木(左)とツクリ木(右)。とてもしなやかな弾力性がある。

   
  藤蔓の表皮と芯の間にある部分を薄く剥いだものを縦材に、イタヤカエデの「ツクリ木」を横材に使って編み込んでいき、部位によって材料の薄さをかえるなど工夫が凝らされている。角を折り込んでU形に曲げた根曲がり竹を2本根元と先端を交互に束ねたものを取り付け、カラミ木で縁をかがってできあがるオエダラ箕は本当に美しい。これが使い込まれると、糠で磨かれ良い色になっていく。
   
 
 

  縦材に杉皮、横材にウルシを使った山形・鶴岡の箕。
   
   
 

コレクションの中で一番大きい箕。各地の箕や編みの農具が所狭しと置いてある。

   
  作業小屋には、研究熱心な召平さんが脚で集めた各地の箕が置いてあり、ちょっとした民俗資料館ができるほどだ。山形県の鶴岡の大きな箕は、縦材に杉皮、横材にウルシを使い、重くがっちりとしていた。いったいどんな作業に使ったのだろうか。地域の自然や生活文化に根ざした箕の興味は尽きない。しかし作り手の高齢化伴い、こうした里山里地の暮らしの知恵や技は、今すぐにでも継承していかなければ、消えてしまう。もちろん技の継承だけでなく、オエダラ箕製作が生業として成立するためには、オエダラ箕の製作技術を活かしつつ、現在の生活の道具として使えるものづくりと同時に、暮らしの中に手仕事の道具を取り入れていける「使い手」もまた育てていく必要がある。
   
  「あと10年だ。」召平さんの言葉が、心に重く響く。オエダラ箕継承に関心がある方がいらっしゃったら、是非力を貸してください。
   
 
 

杉皮で作った鉈入れ。山に入るとその場にあるものでいろいろ作ってしまうのだとか。

   
   
   
   
  ●<すがわら かおり> 教員
秋田公立美術工芸短期大学 産業デザイン学科 勤務 http://www.amcac.ac.jp/
日本全国スギダラケ倶楽部 秋田支部長 北のスギダラ http://sgicci.exblog.jp/
   
 
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