連載
  杉と文学 第21回 『筧の話』 梶井基次郎 1928年
文/ 石田紀佳
  (しばらくまんがは休止します。)
 
「杉の梢が日を遮り、この径にはいつも冷たい湿っぽさがあった。ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇々(ひしひし)と迫ってくる静寂と孤独が感じられた。」
  肺結核の療養でおそらく湯が島あたりに過ごし、付近の山道を散歩した作者は、薄暗い杉林の印象を適格にあらわす。これほどまでに杉林の気配を書いた人がいただろうか。不治の病をもったからこそか。
  作品の終盤までは、この陰湿な林の中に生命の気配がたちこめる。苔やシダなどの小さな自然。そして暗い陰湿な杉の林の「梢の隙間からもれてくる〜弱い日なた」。
  筧の音と、露草の青の魅惑を比較して述べるあたりまで読みすすめて、たぶんはじめての読者は、わたしがそうだったのだが、希望をもつ。
  水の音に耳を澄ますとき「束の間の閃光が私の生命を輝かす」。そして「あっあっ」とさえ思う男。ハッピーエンドじみた展開を期待する。なのに彼はじきにいらだち、絶望してしまう。
   
  こんなに鋭敏に、ものを感じるのに、その感性がどうして生きる方の力にもっともっとむかなかったのだろうか。向けようとして向けられないということもあるし、死が近く、弱っているから、より鋭く細やかに感じたともいえる。無神経に無駄に長生きするよりも……。
   
  つらい文だ。でもたしかに静かなまばゆい息吹はあったのだ。
   
 
  杉林のシダ
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
ソトコト(エスケープルートという2色刷りページ内)「plants and hands 草木と手仕事」連載中
   
 
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