デザインの色気
文/写真 ・ 南雲勝志
   
 

 もうずいぶん前の事になるが、日向市駅が完成し、祝典が行われた日の夜の懇親会での事である。構造設計家川口衞さんに、「川口先生、あの天井の木材のカーヴ、何と言いますか、女性的というか色気がありますね。それは意識したんですか?」と感じた事を思い切って言ってみた。
すると、「きみー、本当にそう思う? そうであれば嬉しいね。僕が狙っていたのはね、真にセクシーさなんだよ。今構造に一番必要なのは色っぽさだと思っているから。」とおっしゃっていた。少し驚きも感じながら、聞いて良かったと思った。
あの構造の大家が一番大切なことは色っぽさと言い切るところに、何かこれから目指して行くべき事で気になっていたことが、少し整理出来たような気がした瞬間であった。

 
   「新日向市駅」 設計:内藤廣 構造設計:川口衞
  デザインの色気とはいろいろ解釈があるだろうけど、ひとつは素材の能力をきちんと引き出しているかどうかであると思う。それが出来れば、そこからその素材の色気を感じることが出来る。もうひとつその形態に必然性があるかどうかであろう。日向市駅の梁の形状はそのどちらも感じさせてくれる。 単にシンプルイズベストや機能性優先、またデザインの遊びや単に楽しい形からは感じられない魅力を引き出すためにはもう少し奥の深さが必要なのである。
さらにもうひとつ加えれば、誰がやったかわかるデザイン。これはそこにその人の人間性が表れる。多分そこに個性と同時にその人の知性や考え方、美しさ、強さ、弱さなど、内部から自然と湧き出る性格のようなものを感じたときに見る人は色気を感じるのではないだろうか。

最近スギダラに関係する二人の展示会を見てきた。

有馬晋平のスギコダマはやはり色気がある。スギコダマそのものの持つ柔らかな形態、さわり心地、そして杉の素材感。まずそこに色気があるのだが、僕は杉コレ日南の「森のおっぱい海に行く」のタイトルを見たとき、そして最終審査で現物を見たときに、有馬晋平の女性的で甘えん坊で純粋な精神に作品と共に色気を感じたのであった。スギコダマはまさに優しく丹念に彼の思いを注ぎ込む。そこから新しい杉の息吹が生まれるのだ。

     
杉コレ日南の「森のおっぱい海に行く」   スギコダマ展
 
そして内藤廣の「建築はどこにあるの?」展のインスタレーション。暗闇の中に真っ赤なレーザー光線が床に描かれている。眺めているだけでは何も起こらない。しかしひとたびその中を歩いたり、軽やかな布を揺らいだりしたときに、初めてそこに瞬間的な空間が生まれる。それは「建築がまず存在するのではなく、地域や人をじっくり観察するとそれは必然的に見えてくるものだ。」という彼の精神と重なるところがあるようにも思える。
内藤さんの色気はむしろ男の色気であって、土着で荒々しく大地っぽい。小さな欲望を蹴落とす力を感じる。「僕は不器用だから小手先のディティールは出来ないんだよ。一発芸。」と本人はいうが、結構である。敢えて小手先を使わない所に勇気と力を感じる。
内藤さんと川口さんのパートナーシップは、多分色は違うが色気を持った同士が引き合っているからだろう。その内藤さんは言う。「有馬ちゃんのスギコダマをぼくはいつも持ち歩いてるんだ。インドの世界建築構造学会にも持って行ったんだけど、大好評だったよ。この前スギではなくケヤキだったけどね、牧野さん(牧野富太郎)の住宅のドアノブに使ったんだけど、凄く評判が良かったんだ。」と嬉しそうに話す。その土産話をしに先日「スギコダマ展」を訪れたという。カッコイイ。その気持ちは有馬晋平をもっと魅力的に、色っぽくさせていくことだろう。

   
  建築はどこにいくの? 内藤浩廣。 何だか分からないでしょうが、実物をみて実感して下さい。
   
そう色気は男女の間だけに存在するものではなく、人やモノが互いに引きつけ、結びつけ合い、高め合う魅力的な力なのだ。万有引力の法則と同じ事なのかも知れない。すべての物質は引力を持っていて互いに引き合う。もちろん質量が小さいとそれはほとんど感じられなくなるが。その力の大きさは引き合う物体の質量の積に比例し、距離の2乗に反比例するというから、誰でも引き合う力は持っているが、要はその強さ次第だ。相性が良いと一旦近づくと加速度的に引き合う仲となる。

「デザインはどこにいくの?」色気は僕のなかで大事なキーワードだ。
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所 代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
 
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