連載
 

いろいろな樹木とその利用/第21回 「エノキ(エゾエノキ)」

文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
春夏秋冬のそれぞれが旁(つくり)となる木偏の漢字がありますよね。春は椿(ツバキ)、秋は楸(ヒサギ:アカメガシワ)、冬は柊(ヒイラギ)、そして夏は榎(エノキ)です。ちなみに東西南北を調べてみると棟(ムネ)、栖(ス)、楠(クス)はありますが北がありません。
   
  さて、木偏に夏と書くエノキは、文字通り夏の木とされています。夏に涼しげな木陰をつくってくれるという意味合いかも知れません。エノキは私が住んでいるところに結構たくさん生えています。それも線路の脇とか道路の植え込みのなかから雑草のごとく生えているのです。近くにエノキの木は見あたらないし、かねがね不思議に思っていましたが、最近海岸を歩いていたら気づきました。海岸の松林の中にエノキがたくさん生えているのです。その実を鳥が食べて、糞として種がいろいろなところに散布されていたのです。
  エノキは鳥散布型の種子で、そういうタイプの樹木は美味しそうな実を付け鳥に食べてもらえるように工夫しています。
   
  第21回目は「エノキ(エゾエノキ)」です。
   
 
   
 
  エノキの葉。真ん中に緑色の実が見えています。(平成22年6月12日撮影)
 
  エノキの実(平成22年6月19日撮影)
   
  本州、四国、九州に分布し、山地や川筋などに生育している落葉高木で、樹高は大きなものでは20mくらいになります。4〜5月頃、葉の展開と同時に開花し、花は雄花と雌花が一緒に咲きます。花はあまり目立たないので、気がつくともう花は終わり実がなっています。
生長が早く明るい所を好み、また、潮風に強く公害にも強いため、海岸や道路沿いに植栽されていることがあります。
果実は甘いため、鳥ばかりでなく昔の子供達もよく食べていました。また、柔らかい若葉を飯に混ぜて食べました。
そんなエノキですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●エノキタケ
  エノキタケは売られているものと天然のものとは大きく違います。ご存じの方も多いと思いますが、現在売られているものは改良され色が白くなり、柄も長くかさが小さくなっています。しかし天然のものは茶色く柄の色も黒っぽくなり、また、かさも大きくなっております。天然ものはぬめりも強いのです。
かつて、庭にエノキを植えていた方がいて、邪魔なので枝を切って枯らして置いたら、キノコが生えてきたとのこと。よく見るとそのキノコはエノキタケでした。
エノキに生えるので「エノキタケ」となったものと聞いております。同じ命名法に「シイタケ」、「ナラタケ」などがありますが、同じような名前の「クリタケ」はクリに生えるのではなく、クリの実に似ているため名付けられています。
   
   
  ●一里塚
  「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という歌がありますが、これは一休さんが詠んだとのことです。正月になると1つずつ歳をとるので、めでたいようだが一つずつ臨終に近づいていくことでもあるということですね。
さて、一里塚とは、かつての街道で目印のため一里毎に盛られた土の塚のことです。旅人の休憩のため、そこに木が植えられ、木陰で休めるように配慮されていました。
その樹種がエノキでした。エノキ以外にもマツやスギといった樹種も植えられましたが、エノキが断然多かったのです。
エノキが好んで植えられた理由としては、今考えると枝が多く出ること(大きな日陰になりやすい)、また、成長が早くて大木になるからという特徴のためと考えられますが、他にもエノキは生木でも良く燃えることから、夜戦の場合に利用するため軍事上の理由で植えられたとも言われています。中世日本では緑陰と馬鞍の用材をかねて城内によく植えられたようですので、どこかのお城にはまだ大木になって残っているかも知れません。
   
   
  ●材や樹皮の利用
  材はやや劣るもののケヤキの代用としました。家具、運動器具、馬の鞍やまな板にしたり、圧力に強いことを利用して滑車に利用しました。
樹皮は老木になると象の足のようにしわがよった状態になります。その樹皮は強い靱皮繊維があるので、縄や被服原料、製紙原料、あるいは人造綿としました。
このエノキの樹皮が皺だらけになった理由 … 浦島太郎が竜宮城から郷里に帰ってきたが、知人もなく、太郎がかつて植えつけたエノキが大木となって一本のこっていただけだった。そのとき玉手箱を開け白煙が立ちのぼり太郎は白髪の皺だらけの翁になってしまった。そこで太郎は自分の顔の皺を取ってエノキに投げつけたところ、エノキの樹皮が皺だらけになった。というのが理由で、その後里の人々はそのエノキを不老の神木としてあがめたとのことです。
   
 
  エノキの樹皮(平成22年6月19日撮影)
(左)まだ若木のため、枝の落ちた後が紡錘状に残る。表面は平滑
(中)大木になるといぼ状になりざらつく
(右)ケヤキのように樹皮が鱗片状に剥がれてくる
   
   
  ●語源と方言
  樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
エ、エノキ、エノミノキ、ヨノミ、ヨノミノキ、ヨノキ、ヨヌギ、ユノキ、ユノミ、ヨロミ、エンノキ、エンノミ、エノンノキ、イボイボノキ、エノミキ、エモク、メムクノキ、アカミ、カラスモク、ケビノキ、ブンギ、ビンギ、サトノミノキ、モエノキ、ムシオ、ツキノキ。
樹木大図説Tから引用。歴史的かなづかいは改めた。
   
  エ→ヨ、ユ に変化しているケースが見られます。また、いぼいぼの木など樹皮の形状に着目した名前や、材がケヤキに似るため、「槻の木」という名もあります。モエノキというのは「燃えの木」のことで薪にして燃やしても煙が少なく目が痛くならないという特徴があります。また、材が腐ったときには綿のようにもわもわになってしまうので、それをホクチ(火口)に利用したことも燃えの木の語源と関係あるかも知れません。
   
   
  ●その他
  ケヤキの回にも紹介しましたが、エノキの葉もヤスリの代りとし、木材を磨くのに使いました。ただ、葉が薄手にできているのとサイズが小さいことからケヤキよりも使い勝手は劣ります。
葉を揉んだ汁は漆かぶれに塗ると効果があり、新しい漆器に葉を入れておけば毒気を取り去るといわれています。他にも、樹皮の煎じ汁を服用すれば月経不順、食欲不振、じんましん等に効果があるといいます。
エノキはオオムラサキやゴマダラチョウの食葉で有名です。蝶の幼虫は決まった植物を好んで食べるため、エノキを植栽することによりオオムラサキの生息環境を整備しようという考えができますが、蝶になってからは、クリやクヌギの樹液を吸うので、エノキだけでなく蝶の餌になる樹木もなければいけません。
   
   
 
【標準和名: エノキ 学名:Celtis sinensis Pers. var. japonica Nakai(ニレ科エノキ属)
  エゾエノキ 学名:Celtis jessoensis Koidz. (ニレ科エノキ属)】
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
『いろいろな樹木とその利用』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_iwai.htm
   
 
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