連載
  スギダラな人々探訪/第48回 「生物材料工学研究室 小幡谷英一さん その2」
文/ 千代田健一
  杉を愛してやまない人びとを、日本各地に訪ねます。どんな杉好きが待ち受けているでしょう。
 
*小幡谷さんの第1回目(全3回) 「木は見た目である」はこちら
   
   
  先月に引き続き、筑波大学生命環境科学研究科准教授の小幡谷英一(オバタヤエイイチ)さんにご登場いただきます。→http://www.sakura.cc.tsukuba.ac.jp/~obataya/
今月号のトピックは「軽い材料ほど強い」です。
杉は木質材料の中でもかなり比重の低い木材で、日本全国どこの杉でも同じというわけではないのでしょうが、一般的に比重0.38と言われています。同じ針葉樹の代表選手、檜の比重が0.44と言われていますから、同じ大きさのものを作った場合、杉の方が軽いと言うことですね。つまり、今回の「軽い材料ほど強い」というトピックタイトルからすると、同じものを作った場合、「檜よりも杉の方が強いものができる」と言うことができそうです。さて、その真相は???(ち)
   
 
   
  「軽い材料ほど強い」
 
小幡谷 英一 (筑波大学生命環境科学研究科准教授)
   
   
  私が勤める大学では、2年生を対象に「材料力学」という授業があります。そこでは主に、材料の変形や破壊を記述するための様々な理論を学びます。私は毎回たくさん宿題を出すのですが、ときどき意地悪な問題を出して学生さんを混乱させます。たとえば、
   
  「発泡スチロールは鉄より強い。その理由を述べよ。」
   
  といった具合です。親切な学生さんが「これ、ミスプリントじゃありませんか?」と指摘してくれることもありますが、もちろんミスプリントではありません。
まじめに勉強した学生さんなら、材料の強さが「強度」に比例することを知っています。鉄の強度は500MPa以上ですが、発泡スチロールの強度は(種類にもよりますが)5MPaかそれ以下です。ですから発泡スチロールが鉄より強いはずがない、という学生さんの感覚はいたって正常です。ただ、それはあくまで「同じ寸法」で比較した場合であり、寸法が変われば強さは変わります。分厚い発泡スチロールの板と薄い鉄板なら発泡スチロールの方が強いに決まっています。学生さんからは「卑怯だ!」と怒られそうですが、そもそも材料力学の目的は、荷重条件(力の向きや大きさ)と部材の条件(材質や形状)から変形量や耐力を予測することにあるのですから、部材の形状や寸法を考慮に入れるのはむしろ当然のことです(決してインチキではありません)。
   
  さて、もう少しフェアなやり方で発泡スチロールと鉄を比べてみます。いま、鉄の梁と発泡スチロールの梁があって、幅と長さが同じだとします。また、材料の強度が比重に比例する(多くの材料で成立します)と考え、鉄の強度や比重がいずれも発泡スチロールの100倍であるとします。もし両者の重さが同じになるように梁の厚さ(高さ)を変えると、発泡スチロール製の梁の厚さは鉄製梁の100倍になります。曲げに対する梁の強さは材料の強度(の1乗)と厚さの2乗に比例しますから、発泡スチロール梁が耐え得る力は鉄製梁の100倍(1/100×1002)ということになります。つまり「重さが同じなら、発泡スチロールの方が強い梁を作れる」と言えます。さらに、曲げに対する強さが同じになるように厚さを変えた場合、発泡スチロール梁の厚さは鉄製梁の10倍となります。発泡スチロールの比重は鉄の1/100ですから、結果的に発泡スチロール梁の重さは鉄製梁の1/10になります。つまり「強さが同じなら、発泡スチロールの方が軽く作れる」ということになります。これが先ほどの宿題の「解答」なのですが、残念ながら、そこまで深く考察できる学生さんは希です。特に数学や物理の得意な学生さんほど、強度や弾性率といった「力学特性値」に気をとられて、現実の材料が持つ「重さ」の重要性に気づかないようです。「重さ(比重、密度)は最も基本的な材料特性である」という感覚は、普段からモノ作りに親しんでいないと身に付かないのかもしれません。
   
  ここで、木材の「軽さ」について考えてみたいと思います。木材の教科書には「木材は軽い割に強い(比強度が高い)」と書かれています。そして、その強さは強靱なセルロース繊維で強化された細胞壁のFRP構造に由来する、と説明されています。しかし、先ほどの発泡スチロールと鉄の比較からもわかるように、条件によっては「軽い材料ほど強い」のです。つまり「軽い割に」などとことわらなくても、木材は強い材料であり、その強さには「軽さ」が大いに貢献しているのです。
   
  ここまでは、「軽さ」の重要性を「強さ」との関連から考えてきましたが、「軽さ」にはそれ自体に重要な意味があります。一般に、多くの空隙を含んだ軽い材料ほど断熱性が高くなります。木材は断熱性だけでなく耐熱性も高いので、高温に曝される食器や調理器具には特に適した材料であると言えます。また、手で持ち上げて使う食器の場合には、軽いほど手に負担がかかりません。「食器の重さなんか気にしたことないよ」と言う方も多いでしょう。しかし、加齢や疾患(リウマチなど)で手が不自由な人にとっては、食器の重さも無視できません。個人的なことですが、リウマチで手の不自由な母に、スギのコーヒーカップ(秋田の曲げわっぱ)を送ったらとても喜ばれました。
   
  スギやヒノキのような比重の小さい木材は、柔らかく、傷も付きやすいので、それらを圧縮して「重く」「強く」「硬く」しようとする研究が各所で行われています。そういった研究は、木材を工業材料として利用するためにとても重要です。しかしこれからは、木材の「軽さ」を活かした用途やデザインを考えることも重要ではないでしょうか。現在、私の研究室に所属する学生の一人が木で段ボールを作ろうと試みています。最初に述べたように、条件によっては「軽い材料ほど強い」のです。軽い木材を重く、硬くするのではなく、逆に軽くすることで、新しい用途が拓けるのではないかと期待しています。
   
 
  単板で作られた比重0.1の「木質段ボール」  背景の目盛は1cm
   
 
   
  この記事を読んで、ボクはイタリアの建築家ジオ・ポンティのデザインした椅子「スーパーレジェーラ」を思い浮かべました。
http://www.cassina-ixc.jp/cgi-bin/omc?req=PRODUCT&code=30306#
ご存知の方も多いと思いますが、このスーパーレジェーラ、和訳すると「超軽量」の名のごとく、恐ろしく軽い木製の椅子です。材料はフレームがトネリコ材(比重0.76)で座面は籐を編んだものになっています。同じ形状と重さで他の材料、例えば、アルミやプラスチックで作ると椅子としての使える強度にはならないのかも知れません。逆にこういった使い方においては、強さを発揮できる材料であるから軽く作れたのかも知れません。軽さ、重さといった効能を発揮できる使い方を考えて行くことが大切なのであろう、そう感じました。
   
  次号は小幡谷さんの最終回「本当にリサイクル?」をお届けします。お楽しみに!(ち)
   
   
   
   
   
   
  ●<ちよだ・けんいち> インハウス・インテリアデザイナー
株式会社パワープレイス所属。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部広報宣伝部長
『スギダラな人々探訪』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo.htm
『スギダラな人々探訪2』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo2.htm
   
 
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