特集 領域を超えて 〜「みんなが使う駅」で木材を活用する〜
  領域を超えて 第1回
文/写真 川西康之 
   
 
 
  0-1 はじめに
   
   木材を「みんなで使おう」としたとき、それに関わる人々や組織の立場や考え方、様々な関係性が明らかになってゆく。
   
   地球上のほとんどの地域で容易に調達可能な木材を「シンボリックな空間に活用しよう」とする行為について、多くのユーザーや市民は賞賛し、それを受け容れようとする。環境問題への対応、地域経済や地産地消への貢献という効果だけではなく、木という素材は、多くの人々にとって懐かしく、安全で安心、子どもの頃の記憶を思い出させるのだろう。
   
   一方、木材を積極的に活用することに対して、反対意見もある。特に、杉という素材は柔らかく、傷が付きやすく、割れやすく、汚れやすく、耐火性能の確保も難しい。多くの施設管理者にとって、木は厄介な素材だと言うのだ。
   
   私たちは今、(少なくともこの日本語を読める人々の多くは)民主主義国家で仕事をして、生活している。建築やデザインという行為においても、民主主義的な手続き、プロセスにおける透明性の確保、説明責任が当然のことながら要求される。
   
   特に、街の玄関口となる鉄道駅の計画となれば、様々な人々や組織から、多くの意見やアイデアが寄せられる。限られた予算や時間の中で、カタチにまとめ上げる行為は容易な仕事ではない。
   
   
 
   
  0-2 鉄道駅
   
   駅とは、鉄道という陸上輸送インフラの重要な一格を担う拠点である。鉄道の本質は、大量に、速く、安全に、安定して、人や物資を運ぶことだ。産業革命で産み出された鉄道は、鉄、レンガ、石などの素材イメージが強いが、実際は相当量の木材を必要とするインフラであった。
   
   20世紀の前半までは、ヨーロッパでさえも、線路を地面に締結する枕木、橋梁などの土木構造物、客車や貨車も木造が主流であった。駅舎は石積造と木造を組み合わせたものが多かった。
   
   21世紀のいま、「鉄道駅と木材」という新しい関係を通して、建築や都市に関わる人々の想いや過程、立場を明らかにしてゆきたい。鉄道駅は、日常で利用する身近な存在である。都市部では、毎日利用される方も多いだろう。
   
   都市部の駅は、あまりに多くの乗客をいかに安全かつスムーズに「さばけるか」に主題が置かれる。当たり前のことだ。それが故か、あまりに機能的すぎて、ユーザー本位の鉄道駅が都市部にはほとんど見当たらない。駅ナカと言われる商業空間は華やかで便利だが、あくまで余剰空間の有効活用、運賃の売上増が見込めない鉄道会社が本業以外での収益増を確保する目的の方が強い。
   
   都市部ではない地域にお住まいの方ならば、クルマでの移動が当たり前すぎて、鉄道を利用する機会はほとんどないだろう。本稿で焦点を当てるのは、こちらである。諸条件や経営環境が厳しいからこそ、そこで必要な物事の本質に立ち返りたい。
   
 
  古典的な木造客車。車輪や車体下枠など、最小限の部分のみ鋼製で、車体や車内の座席や床から壁もすべて木製。20世紀の前半まではこれが主流だった。これはオランダ国鉄の車両で、Utrechtユトレヒト市の鉄道博物館で現在も動態保存しているもの。
 
  木造の貨車。これはスイス国鉄の車両で、Furkaフルカ峠の保存鉄道で動態保存しているもの。
 
  スペインの首都Madridマドリッド・アトーチャ駅。線路の地下化で、不要になった古い地上駅ホームを森にしてしまった。ほとんど植物園である。
   
 
   
  0-3 中村駅へ
   
   2010年(平成22年)3月、四国は高知県西南部の拠点・四万十市の土佐くろしお鉄道中村駅で、リノベーション工事完了式典が行われた。建物の完成記念式典で、設計者を代表してスピーチをさせて頂いた私は、思わずこう述べた。
「面白そうやな、やってみい。という土佐人の気質なくして、この駅の完成はありませんでした。」
   
   高知県の森林率は84%で、日本一である。中村駅に到着するまでに、列車はいくつもの峠を越えてゆく。中村駅を管理する土佐くろしお鉄道株式会社は、旧国鉄やJR四国の路線を引き継いで、県や自治体によって設立された第三セクター企業である。つまり、県や自治体の意向を無視できない。高知県からは「県産木材を活用する駅にして欲しい」という強い要請があった。逆に他には特に大きな要請はなかった。
   
   本誌の皆さまには申し訳ないが、中村駅では杉ではなく、四万十ヒノキを活用することにした。おかげさまで各方面から高い評価を頂戴しており、数多くの賞も頂いた。それに至るまでには、数多くの方々のご協力やご助言があり、施工会社の仕事の質の高さ、鉄道会社側のご理解、そして私と一緒に設計している仲間たちの力量もあった。
   
   ちなみに、私は奈良県の平野部の出身であり、高知県とは縁もゆかりもない。私の設計チームにも高知県出身者も親戚縁者もいない。切っ掛けは、私が学生時代に、たまたまこの地のNPOでボランティアをして、短期滞在をしたことだった。それ以来、この地の人々と対話を重ね続けた知恵と、世界の各地で学んだ知恵を多く詰め込んでいる。
   
   「みんなが使う駅」で木材を活用する。すなわち、木という素材を切り口に、公共の精神を再定義したい。私自身の数少ない拙い経験からではあるが、しかし高い志と温もりを持って、お伝えしたいと思う。
   
 
  高知県西南部の中村駅。四万十ヒノキの積層材、フローリング材、土佐和紙などを積極的に活用している。木の「包まれ感」がポイントだった。
   
   
  (第一回、おわり。第二回につづく)
   
   
   
   
  ●<かわにし・やすゆき> 
建築家 nextstations 共同主宰。1976年奈良県生まれ。千葉大学大学院自然科学研究科デザイン科学博士前期課程修了、デンマーク王立芸術アカデミー建築学校招待生、オランダ・アムステルダムの建築事務所DRFTWD office勤務、文化庁芸術家海外派遣制度にてフランス国鉄交通拠点整備研究所 (SNCF-AREP)勤務などを経て、現職。
   
 
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