特集 杉コレクション2011 in 日向
  「杉コレクション2011 in 日向」から考える、これからの杉と人
文/ 内田みえ
   
 
 開催から早2ヶ月。新年を迎え、2011年の杉コレを振り返ることで2012年に目指す方向性のようなものを見いだせたらと思う。今回は最終審査にも関わる機会を得て、これまで以上に多くの方々の声を聞くことが出来た。たいへんおこがましいのだが、杉コレ2011をちょっと俯瞰して私見を語らせていただきたい。
   
  イベントとして開催地の重要性
   最終審査会をイベントとして開催する杉コレは、開催場所はとても重要な要素だ。コンペ関連者のみならず、一般市民にも杉材の存在と活用をアピールする場でもある。杉コレは、宮崎県木材青壮年会連合会の各支部が持ち回りで開催するため、毎回、開催地が変わるのも特徴だが、回を重ねるにつれて開催場所にも杉コレらしさが現れてきたと思う。日南市で開催した5回目では、かつて飫肥杉で栄えた油津の堀川運河が会場となった。杉にちなんだ場所での開催は応募作品にも当然反映され、コンペとイベントが一体となったとてもいい催しだったと思う。翌年の西都市での開催(6回目)は、なんと西都原古墳群が会場に。古墳が多数残る神話の地という地域性を生かした場所設定はイベント性も高く、杉の作品を見せる場所としてもうってつけだった。
 そして、7回目の今回は、2010年に全体が完成したばかりの日向市駅前広場。ここは、杉コレ審査委員である内藤廣さん、篠原修さん、スギダラ大将・南雲勝志さん、月刊杉でもおなじみの小野寺康さんらが10年以上の年月をかけてつくり上げてきた日向市の都市計画事業の中心となる駅と広場で、この事業を背景に杉コレが誕生し、スギダラが立ち上がったという経緯がある。まさにスギダラのメッカといえる場所なのである。杉材が美しくふんだんに使われた駅舎と広場での作品展示やプレゼン、杉ステージでの審査発表など、スギダラーとしては感慨深いものだったが、杉をあまり知らない一般市民に対しても効果的なものだったと思う。また、この駅づくりに関わった方々の思いと労力を少々知る私としては、駅や広場に集う多くの市民の方々の素敵な笑顔に触れ、思わず目頭が熱くなってしまった。ただ交通整理的なものやハコモノづくりに終始するまちづくりが少なくない中、そのたくさんの笑顔が市民のための魂あるまちづくりを証明していると感じたからだ。
 杉コレは、杉の普及と共に、杉を通して自然・環境と人との関わり方をも投げかけているものだと思う。だからこそ、集客性や安全性は前提としても、それだけではない杉コレならではの解釈や姿勢を伝えられる宮崎らしい場所性を今後も期待したい。
   
  ●作品に見る、宮崎ならではの杉使いと新たな展開
   今回のメインテーマは「座」。デザインコンペとしては王道と言えるテーマだが、そこは杉コレ、全国からジョークに富んだユニークな座が多数集まり、今回は子供部門も含めて全10点が原寸大で製作され、展示となった(下妻さんの記事、参照ください)。
 全体を通して感じたのは、杉の「やわらかさ」「あたたかさ」によったデザインが今年は特に多かったことだ。杉ならではの良さが広まってきたことに加え、震災があったことも影響したのかもしれない。以前は杉のそういう特徴が「弱さ」という欠点に取られていたが、積極的な良さとして受け取られてきたのは、とてもうれしいことだと思う。
 そのやわらかさやあたたかさを表現した作品の中には、杉の無垢材から削り出したものがいくつかあるが、そこに杉コレならではの杉使いが見てとれる。グランプリ受賞「お尻合いイス」やシーガイヤ賞受賞の「肩車」などは、100年生の杉を用いているが、そういった材が使えるのは80年生以上の大径木が豊富にある宮崎だからこそなのだ。もちろん、杉の集成材でつくることも可能だが、1本の木から削り出して得られる感触や味はまた別物だろう。「お尻合いイス」のやわらかさや丸みに加え、赤みと白太の絶妙な現れ方も丸太からの削り出しならではのもの。「肩車」は残した皮がまるで服のようなデザインとなり、肩車をしてくれたお父さんという存在の力強さも感じさせる。内田洋行賞の「遠藤さん家のイス」の豆のカタチも、コンフォルト賞「低スギあぐら椅子」の凹曲した座面も、無垢材だからこそのやさしさなのだ。
 その杉のやさしさをみごとに生かし表現した作品として、子供部門グランプリ「だっこのいす」が挙げられるだろう。杉のやわらかさ、あたたかさで、肉親を失った子供達を抱きしめてあげたい。この発想は子供ならではのものかもしれないが、だからこそ、大人となってデザインに向き合う時、思い出さなければいけない心なのではないだろうか。この作品は、震災を題材とした感傷的なものに捉えられることも多々あるかもしれないが、杉を素材としたデザインコンペ作品として素晴らしいものだと思う。現在、この「だっこのいす」を被災地に贈ろうという動きも起こっている。杉コレからの新たな展開である。その様子をまたこの月刊杉で伝えていく予定だ。
 もうひとつ、今回の杉コレで見えた新たな展開は、応募者と製作者とのコラボレーションによるものづくり、という点だ。杉コレはデザインのプロも素人も応募できる稀なコンペであることから、これまでも製作者は縁の下の力持ち的な存在としてがんばってきたが、今回のグランプリ「お尻合いイス」では、その存在と力を顕著に示してくれたと思う。応募者の山内成津子さんはデザインに関しては素人。応募のスケッチもかなりつたないものだったが、アイデアが評価され1次審査をパス。原寸大製作に当たっては、製作者(延岡木青会)にイメージを伝え、カタチはネンドで検討したりと何度もやりとりして一緒につくっていったそうだ。そうして出来たこのイスは、これまでの作品とはひと味違うアート的な雰囲気を醸し出すものとして評価され、グランプリ受賞となった。この作品の出現は、ジャンルを問わないさまざまな人々の参加と製作者との関わり方によって、杉コレの新たな可能性を予感させるように思う。
   
  ●審査委員長・内藤廣さんの言葉と、杉のいく道
 

 最終選考会の後には、これまでの杉コレを振り返りながら、これからのことを考えるグループディスカッションも催された。主催である宮崎県木材青壮年会連合会のメンバーと行政側や企業などこれまで杉コレに関わってきた方々が参加し、過去の反省点や問題点、得られた点、進歩したこと、さらにこれからの提案などなど、さまざまな意見が出された。これからの展望を具体的に示すには至らなかったが、いろいろな立ち位置からの意見交換は有意義なもので、かすかな兆しを感じとった参加者もいたのではないかと思う。
 私自身もさまざまな気づきがあったが、それは内藤廣委員長の言葉からいただいたところも多く、選考会から審査会、グループディスカッションを通して、内藤さんの洞察力と表現力、そして人間力に改めて感じ入ったのだった。以下に、グループディスカッションの総括で話された内藤さんの言葉から、個人的に強く共感したところを抜粋したいと思う。
「杉とは何か? 弱い材料である。それを正直に言ったほうがいい。そして、その弱さをどう良さに変えるか(という考え)があっていい。杉は人と同じ弱さを持っている。そのことに人は気づきはじめている。正直に杉を見てそのものを発信すれば、受けとめてくれる社会の雰囲気が今あるのではないだろうか」(文責筆者)
 杉コレに限らず、そこに杉と人の生きる道がある、と私は受け取った。

 内藤さんは「笑いはつらさを乗り越えるための人の知恵」という。ひょうきんな日向のひょっとこ踊りは、「アホウになり笑い飛ばすことで、悲しみや怒りを振り払い、生きる元気を創り出す」。その精神に杉コレは習っている。2012年は厳しい年になるかもしれないが、ひょっとこのように、笑ってがんばっていきたいと思った。

   
   
 

●<うちだ・みえ> 編集者
インテリア雑誌の編集に携わり、03年フリーランスの編集者に。建築からインテリア、プロダクトまでさまざまな分野のデザイン、ものづくりに興味を持ち、編集・ライティングを手がけている。

   
 
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