番外エッセイ
  破滅型人間
文・写真 / 南雲勝志
 

 先日新潟に出張の帰りだったか、東京駅から中央線の終電に乗った時の事だった。座席の端に座り居眠りしようとしたら、横に立っていた顎髭をたんまり蓄えたどでかい外人が「スーハー、スーハー」と苦しそうに息をしている。びっくりして座りませんか?と席を譲ろうとしたら、流ちょうな日本語で「いや結構、全然大丈夫!」と返してきた。「そうですか、ずいぶん日本語上手いですね〜」というと。「ありがとう、アナタも日本語上手いよ。(笑)」周辺の人々も(笑)。すると彼が、「あの呼吸は精神統一で全然問題ないんだよ。それより一杯飲もう!」と言って缶酎ハイを差し出してきた。さすがの僕も「いやいや結構です、これはあなたが飲んで下さい。」というと「いや私の分は別にありますから。」とバックからでっかい缶を出してきた。中を見るとまだ入っている。今度はさすがに断れず乾杯!横にいる女学生にも勧めるがさすがに彼女は断る。が「彼女めちゃくちゃかわいいよ。」などと話しかける。その後の会話は盛り上がった。自分はアル中であること、自由に生きたいため結婚もしないし、子供もいらない。だけど好きな女は沢山いる。日本全国周り、危機管理の専門家であること、今日も神戸の震災関連の危機管理の会議の帰りであること、昨年暮れは偶然にも六日町でサンタクロースを演じてきたこと、日本生まれでアメリカ就職、再び日本に戻ってきたことなどなど大きな声で楽しそうにまくし立てる。ああ、いま目の前にいるサンタクロースは典型的な破滅型人間だな〜と思った。

 ふと小野寺康との会話を思い出した。ある時彼が僕に言った。「ナグモさん、人間には破滅型とそうでない人がいる。どちらも悪いとは思わない。ただ自分がどっちで生きるか、それははっきりした方がいいですよ。」「いやいや小野寺さん、僕は破滅型なんてちっとも思っていませんよ。」「いや、よーく考えた方がいい。自分がやりたいように、自分が楽しい事だけを考えているとそれは破滅型に近い。」「うーん・・・」「そうかぁ〜、なるほど。そういえば三沢さんて破滅型の人だったな〜。」

 三沢さんとは土木写真家の故三沢博昭氏(1944-2009)である。建築写真、土木写真家で魂のこもった情熱的な写真を撮られる方だった。僕は一度だけ門司港周辺の写真を撮影して貰うために同行したことがあった。10年以上前の話であるがその時の事は鮮明に覚えている。午後からの撮影だった。大体アングルを決め三脚にカメラをセットする。暫くファインダーを覗いて言った。「だめだね、人が多すぎる。少し待とう。」そしておもむろにベンチに腰掛けリュックをゴソゴソやっている。カメラの道具を探しているかと思ったら、いきなりワンカップを取り出した。ニヤリとして「あんたも一杯やるか?」と放り投げてくれた。「いいんですか撮影中に!?」「ああ、どうせシャッターチャンスは当分来ない。こういう時はひたすら待つしかないんだ、ひたすら。焦ったらいい写真は撮れないんだよ。」そしていろんな話をした。撮影旅行のこと、酒のこと、家族のこと、女性のこと。僕は酔いもあって三沢さんの大胆で豪快な人生の話に引きずりこまれ夢中になった。三沢さんのピッチは速い。「そしてもう一本行くか?」とワンカップを放り投げてくる。「いやぁ僕はもう・・・」「馬鹿野郎、酒も飲めなくてどうする?」「だって三沢さんのお酒がなくなりますよ。」「大丈夫だよ、ほら、」そう言って見せてくれたリュックの中はワンカップがごっそり入っていた。いやそれしか入っていなかった・・・一時間ほど会話をしていただろうか、突然、「ちょっと待て!」そう言っていきなりカメラに向かった。そして鋭い眼光でファインダーを覗き、カシャカシャとシャッターを押し始めた。別人のようだった。が、一人のおばあさんが撮影を知らず横切ってカメラに気づいた時「あ、いいんですよ、こちらのことは気にせずどうぞゆっくりして下さい。」とても優しいその言葉がまた印象的だった。そのカットを取り終え場所を移動し、再びアングルを決め、またシャッターチャンスを待つ。これを3〜4回ほど繰り返した。そして撮影は夜も行う事になっていた。「おい、日が暮れるまで少し時間があるから飲みに行くぞ!」「え、今までも飲んでたじゃないですか〜」「へッ、今度はビールだよ!」「・・・分かりました。」そしてますます引き込まれる自分がいた。「ビールは痛風に悪いので僕は焼酎を」というと、「あのなあ〜痛風なんて薬を飲めば何にも怖くない、いっちばん楽だ。ほらこれが通風の薬だ。そしてこれが糖尿、これが・・・」そう言いながら5〜6種類の薬を左手に乗せ、口に入れると一気にビールで飲み干した。「おれはどうせ長くない、だから生きているうちにやりたいことを精一杯やるんだ。死んだら出来ない、だが死ぬことは怖くもないけどな。」 それ以後三沢さんに会うことはなかった。

 話は冒頭のサンタ風の外人に戻る。最後に名刺交換をしたので家に帰ってからネットで調べてみると、やっぱり名の知れた危機管理の専門家であった。アメリカで学び資格を取っている。きっと会議では流ちょうな日本語で、これからの日本の危機管理を力説していたに違いない。二人に共通していることは、自分がやりたいことにまっしぐらに進む。そのためにどんな努力もする。逆にそれを遮るものは全く興味がない、というか拒否をする。そんな生き方はある意味もの凄く説得欲があり、個性的で人を引きつける。そして基本的に人が好きで本音はやさしい。だが同時にもろさや怖さも持っていて、人を選ぶタイプでもある。
 破滅的生き方は、やりきって意味がある。中途半端な破滅的生き方は最も迷惑、だからまっとうに生きるべきだ。・・・オチが無くなった。

   
 
  20002年11月、撮影をを行った門司港の護岸。
   
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
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