短期連載
  佐渡の話2 〜笹川十八枚村物語〜 /第3話 「笹川集落の運動会」
文/写真 崎谷浩一郎
   
 
 
  小中高と運動会というものにあまりいい思い出は無い。むしろ、ちょっと億劫だなと思っていたぐらいだ。運動は苦手な方ではないけど、運動会の練習が面倒くさいなと思っていたし、そもそも集団行動が苦手なので、何故ここまでしてやらなくちゃならないのか、ちょっとしらけた気分で参加していた。ただ、運動会の日に母親が作ってくれるお弁当だけは楽しみだった。そんな僕が、ああ、これが運動会の醍醐味だったのか!と気付かされたのが、笹川集落の運動会だった。運動会、といっても普通の運動会じゃない。笹川集落の老若男女住民全てが参加してオリジナリティに溢れる競技を一緒におこなう。笹川集落は地域によって4つの班で構成されている。今年で実に41回目の開催を数えるこの運動会は集落4つの班と来賓チームで様々な競技を競い合う。毎年夏に開催される笹川集落の運動会、今年は7月7日に開催され、南雲さんと僕は新潟県や佐渡市の職員の方々と来賓チームとして参加させて頂いた。
   
  西三川小学校、笹川分校は平成22年3月で廃校となった笹川集落の小学校である。明治13(1880)年設立された笹川分校は当時の人々の努力によって維持されてきたが、昭和33(1958)年の児童数35名をピークに年々減少し、昭和38(1963)年に16人、昭和45(1970)年に7人となり、平成21(2009)年時点で3 年生男子2 名・4 年生女子2 名、計4 名の3・4 年複式学級となっている。昭和37(1962)年に建てられた木造1階建ての学び舎は、学校としての役目を終えてなお、島内唯一の分校として校舎とグラウンドを使って様々な地域交流イベントなどが行われている。決して大きくはない校舎とグラウンドだが、そのスケール感が返って学び舎として在りし日の風景を喚起して、胸にぐっとくるものがある。笹川の運動会は、晴れていれば分校のグラウンドで、雨のときは体育館を使って行われる。
   
 
  秋の笹川分校
   
  運動会は午前9時から開始される。開会宣言や国旗掲揚、国歌斉唱、前年度優勝旗の変換などきちんとやることはやるというところが微笑ましい。会を運営するのは集落の青年部の面々で、司会進行も毎年担当を決めてやっている。開会に先立ち、朝7時半には集落センターに集合して、女性陣を中心に昼のおにぎりや惣菜、茶菓子などの準備、男性陣は運動会の会場準備をする。お昼の準備にしても、会場の準備にしても、集落の方々がそれぞれ持ち場をきっちりとこなして、無駄が無い。もちろん、事前に練習なんてない。皆、年に一度の地域の大切な行事を楽しみながらやっている。
   
 
  第41回笹川運動会プログラム
   
  準備体操にラジオ体操をこなし、いよいよ協議が始まる。第一種目は『縄ない競争』。恥ずかしながら、僕はこの時まで人生で一度も「縄を綯う」ということをやったことが無かった。協議のルールは1班4人で各自決められた持ち時間で縄を綯い、リレー形式でその縄を繋げていって最後に一番長く縄をなった班が優勝である。さすがに集落の方々は手慣れた様子で凄いスピードで縄を綯っていく。南雲さんも結構上手くてびっくりした。僕も事前に集落の方に手ほどきを散々受けたのだが、いざ本番では全く綯うことができなかった…。周りがあまりにも当たり前のように縄をスルスルと綯っていくので、縄を綯うということ自体が笹川で生きている証のような気がして、ちょっと寂しかった。
   
 
  縄ない競争。南雲さん結構上手い!
   
  綯わない競争が終わっても、しばらく体育館の端っこで縄綯いの練習をしている僕をよそに競技は次々と続く。リレー形式で湯のみで水を運んで一升瓶を一杯にする『ビン詰め競争』、幅跳びの距離を競う『幅跳び競争』、お箸で大豆を皿から皿に移す『豆運び競争』、少し歪んだ体育館の床の上での『ゲートボール』などなど、冗談のような競技をみんなまじめにやるから面白い。ひとつひとつの協議が終わるごとに優勝した班には景品として日用品が配られる。
   
 
  幅跳び競争で飛ぶ筆者、こんなに思い切り飛んだのは何年振りだろうか?笑
 
  瓶づめ競争。急ぐとうまくはいらない。
 
  まめ運び競争。表情が真剣そのもの。
 
  ゲートボール。5〜6m先のゲートを狙う。はずれた〜笑
   
  中でも白熱する競技が『釘打ち競争』である。これは150角ほどの角材に金づちで5寸釘を交代で打ち込み、一番深く打ち込めた班が優勝という競技だ。ただし、5寸釘に対して明らかに小さい金づちで、試し打ち無しの一振りでエイや!っと打ち込まなければならないルールで、打ち込む前は皆の視線が自分に集中して、変な緊張感の中でトンカチを振り下ろすため、案外派手に外れてドォッ!っと笑いが起きる。最後の計測ではミリ単位の接戦が繰り広げられるというシンプルだが深みのある競技だ。これはどこでもできる!全国に流行らそう!と南雲さんも釘付けだ。
   
 
  釘打ち競争。狙いをさだめて〜
 
  振りかぶって〜
 
  エイやっ!っと振り下ろす!
 
  当たった〜!のドヤ顔
   
  運動会の最後は総合リレーで締めくくるのが定番だが、ここ笹川の総合リレーは『早飲み競争』である。とにかく笹川の人たちは酒を水のようにスルスル飲むのだが、1班4人で、ラムネ、ワンカップ酒、ビールの中ジョッキ、大ジョッキをリレー形式で飲み継いでいく。ラムネ以外はストローで飲むことになっているので、実は飲み干すのに凄く時間がかかる。朝早くから体を動かして昼前に酒を流し込むとはさすが笹川である。
   
 
  早飲み競争。誰がどういう順番で何を飲むかが勝負の分かれ目?
   
  そして、全ての協議が終わると、最後に皆で輪になり佐渡おけさを踊る。集落の方々の舞う所作は、足先から指先まですっと精気が宿ったようで色気と気品があり、全ての動きが堂に入っていてすごく美しい。僕たちも最初は輪に入って見よう見まねで踊っていたが、気付くと輪の外から眺めていた。踊る様子を見ながら南雲さんがふとつぶやく。「地域ってこういうことなんだろうなぁ…」そうですよねぇ…老若男女、その土地で暮らす人たちが年に一度こうして集まって、ドォッ!と笑い、わぁっ!と歓声を上げる。そして最後にひとりひとり何かを確認するかのように輪になって踊る―
   
 
  佐渡おけさ
   
  羨ましいと思った。僕が生まれ育った地域にはこんなに濃い時間と空間は無かったように思う。確かに小さい集落ならではのしがらみや不便さもあるかもしれない。でも、笹川で生まれ笹川に生きている人たちはきっと僕らが一生かけても得ることができない笹川だけの誇りや喜びを味わいながら日々を営んでいる。それが心から羨ましかった。運動会が終わって、いつもの集落センターでいつ終わるかもわからない宴の空気を帯びたまま、僕らは再び日本海を渡っていた。
   
 
  終わって再度のハイチーズ!ちょっと少ないのは昼の会場準備で抜けてるからです
   
 

(つづく)

   
   
   
   
   
   
   
  ●<さきたに・こういちろう>
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