特集 秋田駅西口バスターミナル
  秋田駅西口バスターミナル実施設計の現場より
文/写真 小野寺 康
   
 
 
  今回のプロジェクトは、公共空間における地場材(木材)活用として一つのエポックといっていいと思う。屋外の公共施設として、バスターミナルをすべて本格的に「杉化」するという事業は類例がないものだ。
   
  駅舎などの公共建築では、木造、あるいは木質化は、もはや珍しくなくなってきたが、バスターミナルの完全木造(しかも耐久性の低い杉材)というのは、木造を多少知っているものからすれば、かなりの冒険であることが分かるはずだ。
   
  バスターミナルは、駅舎より小ぶりだから大したことないとお思いだろうか。
いやいや、屋根こそあるが、ほぼ吹きさらしの状態の木造建築というのは耐久性に極めてシビアなものがある。加えて、バスターミナルにはプラットフォームの幅に制約があり、そのやたらと狭く長い敷地内に滞留スペースを適宜用意しなければならないのだが、いうまでもなく秋田は寒さが厳しい。雪も降る。そんな中で、防風防雨性能を持った休憩所を組み込み、ベンチも置き、壁面はスクリーンとして見通しも確保したい……といった諸条件をすべて一つのデザインに組み立てながら、高いデザインセンスで建築的に統合しなければならない。
   
   
   
  秋田中央交通株式会社が、秋田県の木材振興の補助金を使ってバスターミナルの改修を決めたとき、以前にも同じシェルターの木装化を手がけた、菅原香織さんに相談するというのは自然な流れだったろう。それもこれも菅原さんが、スギダラ活動で全国を回り、秋田で「窓山プロジェクト」を仕掛けるなど、大いに汗をかいた結果である。
   
  そして今回、この大事業を菅原さんは、スギダラ大将・南雲勝志さんに依頼した。
私は、このプロジェクトではデザイン・マネジメントを担当した。
秋田中央交通の担当である、鈴木公昭部長からお電話をいただいたのは、菅原さんから相談の一報を受けて間もなかった。
このプロジェクトは、ある日突然降り下りてきて、いきなりトップスピードで走り出したのである。
   
   
   
  とにかく、デザインを検討し実現させるまで異様に時間が短い。
しかも、やるしかない。
   
  まずデザインだが、これは早々に南雲さんと打ち合わせし、方向性はすぐに出た。というより、南雲さんはもう素案を持っていたので、具体的なデザイン検討に移行するのは比較的スムースだった。
   
  問題は設計体制だった。
南雲さんは建築士ではない。彼のデザインをサポートするチームを編成する必要がある。
デザインを、実施設計として建築設計図書に取りまとめて、確認申請書類を起こし、工事発注に至らなければならない。また、この事業は秋田県の県産材振興の補助金で賄われるから、その書類作りも別途必要だ。工事が発注すれば、現場監理にも対応する必要がある。
   
  最初は、私の事務所で対応しようと思ったのだが、時間のなさを考えると、ふだん土木設計ばかりしている自分では対応に不足があると判断した。
   
  そこでまず東京側に、南雲さんのデザインを建築設計図書に描き直してくれる建築士を用意することにした。
実践的な設計家でかつ、南雲さんのニュアンスをすぐ理解してくれる人がいい。
それには姫路駅前広場で知り合い、青梅市や出雲でも自分の設計を手伝ってくれた渡邉篤志さん(WAO渡邉篤志建築設計事務所)がよかろう。
ということで、渡邉さんに電話を入れるとまず即決。
   
  一方、地元にも必要だ。
なにせ秋田中央交通に建築担当はいない。プロジェクト担当の鈴木部長は、県産材使用の補助金対応や資金面、契約面の責任者だが、建築はずぶの素人である。
その鈴木さんに、技術的な課題や調整事がすべて回ってくる。
それをサポートして、迅速に関係者間合意を進めつつ、確認申請書類、補助金書類を期限内に整えねばならない。この時点でまず、東京チームだけでは無理だ。
また、施工が始まれば、常駐的に現場に設計家がいてくれるに越したことはない。むろん、現場に長けた人でなければ務まらない。
都合よく、そんな建築士がいるだろうか…。
  私には秋田にまったくツテはなかったので、鈴木部長と菅原さんにお任せしたのだが、お二人が奔走して見つけてくれたのが、間(あい)建築研究所の代表・堀井圭亮さんだった。
   
  こうして、チームは編成された。人材はそれなりに選んだつもりだったが、泥縄的であったことは否定できない。
だが、後にこの人選が、いちいちドンピシャであったことを知ることになるのである。
   
   
   
  さて、南雲さんの原案が上がったところで、まずは顔合わせと最初の打ち合わせを兼ねて、我々は秋田に集合した。
堀井さんがベテランであることは、会って話をしてすぐに分かった。
また、我々は普段、県庁や市役所といった、行政畑の人たちと仕事することが多いのだが、秋田中央交通の方々は、半公半民といった感じで、思いのほか堅苦しくない。
ともかく、初対面とは思えない雰囲気で始まった。
そして、初回から飲んだ。
さすが秋田である。しこたま飲んでさらに飲む。
堀井さんは、
「私は、一緒に飲まない人とは仕事しません」
と宣言する通り、酒豪である。
秋田中央交通の方々も酒が強い。
   
  私は、翌日東京に戻ってすぐに海外に行く用事があり、パリに飛ばなければならなかったのだが、この秋田の宴会の「おかげ」で現地で通風を発症してしまった。自分の普段の行いのせいだろうといわれると否定できないのだが、それでも自分は秋田の「おかげ」だと確信している。
パリで外国人専用の病院で治療してもらい、市内で薬を買って、痛い足を引きずりつつ、ホテルに戻ればメールで設計調整のやり取りをしていたのを思い出すと、なんだか今にも足が疼きそうである。
   
   
   
 

ともあれ体制が整い、私の事務所(小野寺康都市設計事務所)と間建築研究所がJVを組んで業務を受注し、南雲さん、渡邉さんへ作業費が流れる目途がついた。

  現場はそこからが大変だったようである。
なにせ、測量図もろくにないまま実施設計図をまとめたのだ。
   
  一方で、バスの運用側から、回転軌跡や視距などから次々と注文が出る。この「次々」というのが問題で、まとめて出てこないのだ。思い付いたら出てくる、あるいは困ったら出てくるといった調子で、ナグモ事務所は一体何度図面を描き直したことか。
   
  仕方ないので、時間がないにもかかわらず、再度打ち合わせに秋田に集まって方針を整理する必要があった。その後にそれを、渡邉さん、堀井さんが建築図書にまとめてくれた。
この二人の製図がともかく精緻であった。南雲さんのアウトラインに、しっかりとした建築的バックアップが与えられ、肉付けされたのは彼らの能力のたまものである。
   
   
   
  そこから先の顛末は、南雲さんら、皆さんにお任せする。
正直に申し上げて、実施設計、現場監理は、ほとんど私は対応していない。
工事が始まる最初の打ち合わせには行った。デザイン・マネジメントとして、施工体制を確立する必要があったからだ。
連絡体制を明確にして、どんな些細な項目も確認しながら行うことを徹底した。
その仕組み作りで私の役割のほとんどは終わったようなものだ。
   
  さらに、工事会社にも恵まれた。中田建設株式会社、とくに現場主任である宮腰勇さんの奮闘なくしてこの現場はなかったろうと確信する。
ともかく、皆様の素晴らしいご尽力のおかげで、さまざまな紆余曲折をものともせず、プロジェクトは着地した。
   
   
   
  めでたい。とにかく冒頭にも書いたように、このシェルターは、ただのバス停ではない。これ自体が、杉という地域素材をテーマとしたモニュメントといっていいものなのだ。
一連のスギダラプロジェクトの中でも白眉になったと思う。
   
  そしてまた、そんな一級品が、秋田にできたというのが意義深い。
東北は、まだまだ公共デザインの発展途上国なのだ。そんな逆境の中、これだけのクウォリティの都市デザインが実現した。
これは誇れる。社会資産といっていいものだと思う。
   
  みなさま、お疲れ様でした。
ようやく秋田に、パブリックスペースにおける地場材活用の試金石が完成しました。
木装ではない、本格木造の構造デザイン。それを誇るように、今日もLEDの灯りが木質をあたたかく浮かび上がらせてくれています。
   
   
 
  完成したバスターミナル。本格的な木造の構造デザインである。
 
  LEDとは思えない、温かみのある灯りが木肌を柔らかく浮かび上がらせて、駅前を彩る。
 
  完成したターミナルで記念撮影。左から、秋田中央交通の鈴木公昭部長、同・伊藤博専務、私、渡邉篤志さん(WAO渡邉篤志建築設計事務所)、堀井圭亮さん(間建築研究所)、南雲勝志さん、菅原香織さん。撮影してくれたのは、ナグモデザイン事務所の出水進也さん。
 
  ベンチの移動用のハンドルは、寝転び防止装置でもある。「寝心地」を試す出水。寝にくいのがうれしそうである。
 
  ホーム端部に設けられた券売ブースも本格的な木造。休憩スペースを兼用しているが、木質感豊かで居心地がいい。「すぎっち」菅原さんのテンションも上々だ。
   
   
   
   
   
   
  ●<おのでら・やすし> 都市設計家
小野寺康都市設計事務所 代表 http://www.onodera.co.jp/
月刊杉web単行本『油津(あぶらつ)木橋記』 http://www.m-sugi.com/books/books_ono.htm
   
 
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