連載
  杉が日本を救う/第6回 「勒菩薩座像になる頼朝杉の話」
文/写真 高桑 進
   
 
 
  平成24年9月2日、国の天然記念物「智満寺の十本杉」の一つ、頼朝杉と呼ばれていた杉の巨木が、雷のような音とともに地響きをたて突然に倒れた。この頼朝杉は、静岡県島田市にある天台宗千葉山智満寺境内の薬師堂近くにあり、一番親しまれていた大杉でした。
   
  このことがマスコミに公開されたのは6日後の9月8日であり、その貴重なニュースを偶然NHKラジオ深夜便で耳にしたジャパンフォーレスト株式会社社長の山本忍さんから、わざわざ私に連絡が入ったのである。私が数年前から全国の天然生のスギについて現地調査して来ていたことをご存知だったのが幸いし、そうでなければ地元でしか話題にならないニュースでした。私もうかつにもこの島田市の智満寺にある国の天然記念物指定である頼朝杉のことは知りませんでした。
   
  頼朝杉は智満寺の薬師堂西側に位置して、樹高36メートル、目の高さの幹の周囲9.7メートルはあり、寺の伝承では源頼朝のお手植えとされ、樹齢800年以上といわれているスギです。20年ほど前から根本付近から空洞化が進み、衰弱していたということでした。数年前から、倒れないようにバランスを保つために太い枝を伐採してはあったが、とうとう2日朝に空洞だった根本から自重に耐えかねて折れて、南側の急斜面の沢に倒れたということです。
   
  智満寺の十本杉は、寺周辺にある巨木のうち、特に大きな十本の杉の総称。それぞれ一本ずつ、開山杉(かいざんすぎ)、子持杉(こもちすぎ)、大杉、達磨杉(だるますぎ)、経師杉(もろつねすぎ)、常胤杉(つねたねすぎ)、盛相杉(もっそうすぎ)、一本杉、雷杉(かみなりすぎ)と名前がつけられている。地域住民に親しまれ、昭和37(1962)年には国の天然記念物に指定されている。このうち、開山杉と子持杉は既に倒れており、今回頼朝杉が倒木となったので残りは7本となったわけである。
   
 
 
静岡県島田市にある天台宗千葉山智満寺(2012年11月撮影)   智満寺の十本杉の位置関係
 
薬師堂の南斜面に横たわる頼朝杉の全体像(2012年12月撮影)   倒れた直後の頼朝杉の根元(2012年9月23日撮影)
   
  お会いした智満寺の北川教裕(きょうゆう)住職(49)が「これまで台風などにもよく頑張って持ちこたえてきた。倒木の一部で仏像を彫るなどして、頼朝杉を残したい」と発願されたことは、大変喜ばしいことである。最初に倒木した開山杉は山奥なので放置されて朽ちてしまい、2番目に倒木した子持ち杉は業者に引き渡されたということである。
   
  正確な樹齢は、ご住職によれば,同位体炭素14を用いた精確な年輪測定が東北大学と共同研究する山形大学が実施するということであるが、倒れた頼朝杉の幹周囲が9.7mということなので、3で割ると直径は約3.2m、つまり半径は160cmとなる。したがって,1センチに2ミリ間隔で年輪があるとしたら樹齢は約800年となる。実際の幹断面を観察すると、2ミリ間隔よりも狭く1ミリ程度であるが,生長が早い所もあるので平均しても800年という樹齢はあながち間違いではないだろうと考えられる。
   
  この急な斜面に倒れた推定総重量が50トンはあろうかという頼朝杉を搬出する作業を請け負う業者探しは、なかなか大変でした。最初は地元の業者に依頼したのですが,請け負う業者がなかなか出てこず、ようやく12月に入り搬出費用は全てジャパンフォーレスト(株)が持つことで、地元のベテラン伐採業者にお願いして搬出作業が始まりした。巨大な杉ですから架線で吊るしたキャリアーで1回に運べる重さは4トン以内に切り分けてから搬出することになりました。わざわざ京都から智満寺に出向いて搬出作業を記録しましたが,さすがベテランの作業員の方です。たった2名で、2ヶ月かけて全ての搬出作業を終了しました。
   
  この天然記念物のスギの巨樹である頼朝杉搬出の様子を。今回写真で特別に紹介したいと思います。樹齢800年の杉がいかに巨大かを、得とご覧あれ!
   
 
  北川教裕住職による搬出前のおはらい式(2012年11月30日撮影)
 
  見よ!この作業員が持つチェーンソーの刃の長さ(小次郎の刀か)(2012年11月30日撮影)
 
  4トンまで吊り下げられるラジコンキャリアーで搬出作業中(2012年12月撮影)
 
  頼朝杉の搬出作業(人と比較すればその大きさがわかる。2012年12月撮影)
 
  見事な頼朝杉の赤身部分(2012年12月撮影)
 
  搬出された頼朝杉と関係者(左から北川住職、山本社長、江里仏師、私。2012年12月)
   
  智満寺のご住職は、この800年も長生きした頼朝杉で勒菩薩座像の製作を発願された。そこで、仏師を誰に頼むかを友人である宇治平等院の神居住職に相談されたところ、現在京仏師最高位である江里康慧(えりこうけい)氏(69)を推薦されたという。そこで、現在この頼朝杉から勒菩薩座像の製作が進められている。今年4月に、京都にある江里氏の仏像制作場である平安仏所で、関係者が参加して鑿入れ式が行われ、私も参加させて頂いた。現在、仏像の制作が進められている。
   
  このような特別天然記念物である杉を使用した仏像は例がないのではないかと思い,江里氏にお尋ねしたところ、仏像の制作には通常は鑿が入れやすく硬い檜や楠が用いられるが、例外的に杉も使用されるとのことである。例えば、鞍馬寺の本尊は「尊天」と称するが、「尊天」とは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三体で、すべて秘仏となっている。これらはすべて鞍馬寺に生育していた樹齢300年以上の杉が使われているということでした。
  また、樹齢800年もの杉を使えばその仏像も800年は大丈夫であるといわれたので、頼朝杉の勒菩薩座像が大変素晴らしい仏像になることは間違いないであろう。
私が提唱している生命環境教育の視点からも、倒木して寿命を全うした杉の巨木から未来を救うといわれる勒菩薩座像が誕生することは大変嬉しく、この上ない喜びである。
   
  最後に、仏像制作のニュース及び寄進要請文を掲載させて頂きますので、皆様のご協力をよろしくお願い致します。
   
 
   
  仏像制作のニュース(2012年12月11日 静岡空港シテイニュースより)
   
  倒木の国の天然記念物「頼朝杉」が仏像に
京都の仏師がノミ 弥勒菩薩製作へ
   
  島田市の千葉山智満寺で今年9月倒木した国の天然記念物「頼朝杉」で弥勒菩薩座像が製作される事になった。製作に当たるのは京都在住の仏師・江里康慧(えりこうけい)氏(69)。
これまで京都三千院の不動明立像や奈良唐招提寺の鬼子母神像など数多くの仏像を制作。
江里仏師は「杉は目が粗く彫刻に向かいないが、樹齢が長いものは目がつまりノミが入れ易い、精神性と生命観が宿る仏像を完成させたい」と語った。
また智満寺の北川教裕(きょうゆう)住職は「弥勒菩薩は未来を表すので頼朝杉が仏の姿に変えて未来を守ってもらいたい」と語った。
製作は年明けからで、約2年半かけて製作される。
頼朝杉は、今年9月2日豪雨の影響で根元から折れ倒木。高さ36m、幹周りおよそ9.7m。伝承では頼朝の手植えと伝えられ樹齢800年以上と推定されている。現在、大阪の業者によって切り出し作業が行われている。
   
 
   
  仏像制作の寄進要請文
   
  頼朝杉の弥勒菩薩像制作・御寄進のお願い
   
  昨年九月二日、当山の国の天然記念物十本杉のうちの一本、頼朝杉が八百年の樹齢を全うしました。根本部分の空洞化により枝の重みに耐えかねてのものでした。平穏な日曜日、早朝七時その最期をひとに見られることなく、真下にある薬師堂を傷めることなく、その巨体を最良の場所へ横たえました。
   
  当山は奈良時代の七七一年に廣智菩薩によって開創され平安時代末、源頼朝が挙兵にあたり武運開眼を祈願しその報恩仏謝として千葉氏を普請奉行に遣わし、諸堂の整備が成されました。その後源氏の流れを汲む徳川家康は一五八九年に現在の本堂を再建しました。当山にとって源頼朝の関わりは大きなものでした。
   
  頼朝杉は頼朝のお手植えと伝えられ当山の歴史の象徴でもあり、本堂・薬師堂の近くで参拝者を見守り続けてきました。そしてその生命力と大きな名を頂いた運命力は数ある杉の中で本尊千手観音が宿った選りすぐりの霊木であったと言えます。
   
  今回の倒木は大変残念なことですが、頼朝杉の生命力と運命力を当山の財産として、参拝者に勇気を与える力として、頼朝杉から仏像制作を発願いたしました。仏像はお釈迦様の滅後の五十六億七千万年後に次なる仏陀として出現されるという未来仏の弥勒菩薩です。私たちの遠い先祖の時代から見守っていただいた頼朝杉が次は弥勒菩薩として私たちを未来永劫までお導き頂きたいという願いを込めています。
   
  仏像制作にあたり、杉材が彫刻に不向きであることが課題でしたが親交があり仏教美術に詳しい宇治平等院・神居住職に相談したところ京仏師・江里康慧師を紹介していただきました。江里仏師は半世紀に渡り千体以上の仏像を制作し、京都・三千院、西本願寺、奈良・唐招提寺の諸大寺院にも納めた経験のある現代を代表する名仏師のひとりです。頼朝杉が江里仏師と巡り合えたことも運命力の強さを表していると思います。
   
  仏像の完成まで約二年半を要しますが、頼朝杉の魂を受け継ぐ弥勒菩薩像に多くの皆様がご縁をお結び頂きますようお願い申し上げます。
   
  合掌 平成二十五年一月吉日
千葉山 智満寺 住職 北川教裕
   
  冥加料  壱万円以上
   
  ご寄進者には芳名を和紙に記し弥勒菩薩像の胎内に留めるとともに開眼法要にて家門の繁栄を祈念し頼朝杉製の祈祷札を授与させていただきます。
   
   
   
   
   
   
  ●<たかくわ・すすむ> 京都女子大学名誉教授
31年勤めた京都女子大学を2013年3月に退職し、4月から同大学で非常勤してます。9月から同志社女子大学、大阪大谷大学でも非常勤の予定。たった一人の妻と同じ家で生活してます(笑)。
1948年富山高岡市生まれ。名古屋大学大学院博士課程修了し、理学博士号を取得。米国ミズーリ州立大学でポストドクを2年やり、京都女子大に勤務。全てのいのちを大切にする「生命環境教育」を、京都市左京区大原にある25ヘクタールの自然林「京女の森」で、1990年から実践中。専門は環境教育、微生物学。フェイスブックとLINEしてますよ。現在、杉文化研究所所長。
著書:「京都北山 京女の森」ナカニシヤ出版。
趣味:フロシキと手ぬぐいの収集。渓流釣り、自然観察等。
   
 
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