連載
  続・つれづれ杉話 (隔月刊) 第26回 「小さい頃の記憶と体験がモノをいう」
文/写真 長町美和子
  杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
今月の一枚
  ※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。
 
  ウチのベランダの前の桜にとまる野生のインコ。緑色が鮮やかでしょ? ヒヨドリよりも一回り大きくて、尻尾の先まで入れると体長30センチくらい。
首のまわりにはピンクオレンジの輪があります。
新宿から電車で10分の住宅街で、それもこの寒さの中で南国のインコが群れをなして飛んでいる光景はちょっと不思議。
鳴き声だけ聞いてるとキィーッケッケッケッと、ジャングルにいるような気分を味わうことができます(笑)
   
 
   
  小さい頃の記憶と体験がモノをいう
   
  終戦直後、日本の学校給食を支えていたのは、アメリカの宗教団体や日系人を中心に設立された「ララ」からの救援物資だったという話が毎日新聞に載っていた。その時に「パンと脱脂粉乳とおかず」というメニューが基本となって、後に脱脂粉乳は牛乳になったものの、私が小学校の頃、昭和50年代までそれが続いた。パンも牛乳も好きじゃなかった私にとって、「残さず食べるまでは遊びに行っちゃダメ!」と言われた給食の時間は苦痛でしかなかったけれど(給食の時間に流れていた曲を耳にすると、今でもイヤな気持ちになる)、パンを主食にしたメニュー構成は、「子供の頃からパン食に慣らし、日本を米国産小麦の大量輸出先にする米国の戦略だった(毎日新聞より抜粋)」というから驚きである。そんな先のことまで考えていたのか! アメリカ恐るべし。私たちは彼らの思惑どおり、見事にパン食に慣らされてしまった。そして日本はしっかりアメリカ産小麦大量輸入国になった。
   
  子供時代に何を体験したか、何を思ったかが後の人生に大きな影響を及ぼすのは言うまでもない。以前、あるイベントの企画で、戦後日本の名建築と呼ばれた住宅で育った人に、自分が生まれ育った住空間に対する思いと、その後の人生の関わりについてインタビューしたことがあるが、彼らはみな、何かしらの刺激を住まいから受け取って、独特な世界を持つクリエイターとして活躍していた。もちろん、名建築に限らず、一般の建築家が建てた住宅でも同じことが起こっているに違いない。毎日、大工さんの仕事を興味深く観察していた子供、計画時から竣工まで建築家との対話を楽しんだ子供、屋根裏や階段の踊り場といったちょっとした居場所がお気に入りだった子供……。取材先で建築家に、「そういえば、10年前に長町さんに取材してもらった○○さんちの子供が建築学科を受けたらしいよ」なんて話を聞くことも多い。
   
  同じことは、建築空間だけでなくインテリアやテーブルウエアなどにも言えるはずだ。どんな家具で育ったか、どんな器を使ってご飯を食べていたのか。テーブルの手触り、椅子の座り心地、木の風合いとか、スチールのライン、あるいは、肌に馴染んだ革の感触かもしれない。美しいと思えるものに囲まれていたか、両親が大切にしているモノが並べられていたか、お祖母ちゃんから受け継いだ古い箪笥なんかがあっただろうか。そんなところから、子供が大人になった時に「これ、欲しい!」と思えるモノが決まっていくのではないか。
   
  そうだ! 将来の杉家具ユーザーを増やすには、やっぱり子供だ! 木の家を建ててもらうには、やっぱり子供だ! 幼稚園、小学校に杉の学童家具を! 学校の床・壁にもっと木を!
   
  思えば、私が最初に通った小学校は、1年生の時に百周年を迎えた横浜の公立小学校で、当時はまだ一部、木造校舎が現役で使われていた。暗い講堂(体育館というイメージではない)の匂いを思い出す。黒光りした床にワックスをかけたことも。机にコンパスの先で名前を彫ったことも。二人掛けの机の真ん中に線を引いて、ヒジが出たとか出てないとかで隣の子と真剣にケンカしたりね。あと、机に穴を掘って消しゴムのカスを詰めたこととか(デザイナーの小泉誠氏は子供の頃、給食のパンを机の穴に詰めて練って、発酵させて(?)チーズをつくっていたそうだ)。今思うと、一つの教室にいろんなタイプの学童椅子があった。大きさもつくりも違っていたし、重さも違った。掃除の時に運ぶのが大変なほど重い椅子もあった。机の高さもいろいろだった。使い込んでホゾが緩んできたヤツがあっても、それはそれでユラユラさせたりできるから楽しかった。いいじゃないねぇ、そんなもんで。画一的なパイプ椅子にどんな思い出ができると言うんだろう?
   
  子供は、杉の家具を使うことで、木は柔らかくて、温かくて、乱暴に扱えばキズがつくということを知る。机の落書きや穴や線やキズから、ずっと前の先輩たちのことを想像することもできる。(余談だが、高校時代、同じ教室で同じ席に座っていた定時制クラスの男子と──昼と夜のすれ違いでお互い顔を見ることはなかったのだが──机の落書きで密やかな文通をしていたことを思い出した。純情な小娘は「お仕事の後の授業で大変ですね」なんて真面目に書いていたのだが、何度かのやりとりの後「スリーサイズを教えてください。今日の下着の色は何色ですか」と書かれて、勝手に思い描いていた勤労青年の清々しい笑顔がガラガラと音を立てて崩れ去ったのだった。忌まわしい文字は消しゴムで徹底的に削除。あぁ。パイプ机でも思い出は残るのだった。)
  どーでもいい話ですみません。とにかく、全国の小学校に杉家具を! 学校の内装にもっと木を!
   
   
   
   
   
   
  ●<ながまち・みわこ> ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。
著書に 『鯨尺の法則』 『欲しかったモノ』 『天の虫 天の糸』(いずれもラトルズ刊)がある。
月刊杉web単行本『つれづれ杉話』:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi.htm
月刊杉web単行本『新・つれづれ杉話』:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi2.htm
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