9月杉話

油津(あぶらつ)木橋記(その3)

文/写真 小野寺康

杉の木橋? 今どきそんな橋がつくれるの? 都市設計家・小野寺さんが取り組む、屋根付き木橋づくりの現場を3回に渡って紹介します。

 
   
写真1
「地場材の飫肥(おび)杉を使う。集成材ではなく生材で、かつ伝統工法で造る。接合金物は一切使わない」
はじめから高いハードルだった。
少なからずの人たちが「本当にできるのか?」と疑っていたと思う。かつてあったこの場所に再び木橋をかけて欲しいという、地元住民の意向を受けて、宮崎県も橋梁設計を業務発注してくれたわけだが、彼らとしては、ともかく地場材で橋がかかればいいわけで、最初は集成材やボルト結合なども視野に入れていた。
私ですら、ともかく行けるところまで行こう、と思っていた。最後はどこかで金物を使うこともあるかもしれない。しかし、とにかくぎりぎりまでやってみたい。そんな思いだった。
素晴らしい滑り出しを与えてくれたのは、空間工学研究所の岡村さん、萩生田(はぎうだ)さんと東京大学の腰原さん(いまや助教授)の、構造デザインチームだ。前回お見せした「飫肥石カウンターウェイト式・張出し桁橋」とでもいうような、実に挑戦的な構造は、紛れもなく彼らのオリジナルである。
挑発的といってもいいかもしれない。
結局、この材を切り出せなければ地元・日南林業の面目が立たんとでもいう雰囲気で、宮崎県南那珂(なか)森林組合がその気になってくれた。ついには日南大工である熊田原(くまたばら)正一さんの驚異的な持ち出しが始まり、誰も予想していなかった遥か高みへデザインを押し上げつつある。
ここまでのプロセスはすでにご報告した。
ついに宮崎県は、原寸大の部分試作を正式に業務発注した。これはどういうことかというと、設計の詰めが進み深まるほどに、逆に実際に造らないとわからないということが明らかになってきたということだ。
幸いにもその原寸部分試作業務を、熊田原工務店が正式受注した。ここまで頑張っているのに、なぜ県は熊田原さんを指名して発注できないのかというのは、公共事業の複雑さ、煩雑さを物語る。ここはそれを議論する場ではないのでこれ以上は踏み込まないが、私は「正しい」結果になって本当によかったと思った。
ともあれ今回は、原寸部分模型の開発経緯と、そこから得られた設計フィードバックをご報告する。設計者だけでは思いも付かない伝統工法によって、金物を使わない木橋ディテールが次第に見出されてきた。
 

□ 灯台が飛んだ
ここ数年は台風の当り年だ。ただでさえ宮崎県はそのメッカであり、最大勢力のまま直撃される頻度もなまなかでない。
宮崎県日向市細島港沖のイクイバエ灯台が、2004年9月に襲来した台風16号によって、ある日、忽然として消えた。台風一過、土台を遺して完全に海中に没したのだ。これにはたまげた。宮崎県北部の日向でこれだ。南端の日南市油津は、それ以上に厳しい。そんな環境で屋根付き橋を造る? これはやばい。ただごとではない。
構造計算上はもっていたはずだったが、早速に部材断面が見直され、材はより太く、厚くなった。
本州の住宅建築なら、柱材の通常断面は105o角である。日南では120o角を使うことも珍しくない。日南の建築は、関東に比べて全てが一周りか二周り、部材断面がたっぷりしている。理由は、材の柔らかさと、値段の安さである。その結果、驚くほどの質感が建築に顕れる。しかも、信じられないほど安い。
これが日南建築の特徴といっていい(ただし、ハウスメーカーに頼んだものはその限りでない。あくまで、地元の工務店や大工に直接頼んだ場合の話だ)。
我々の屋根付き橋は、全てが屋外で吹きさらしだ。もちろん壁もない。構造部材はそのまま風圧を受け止め、豪雨にさらされることになる。
柱は、余裕を持って180o角でスタートしたのだが、例の台風後、210o角に上がった。
――210o角!?
いくらなんでも、やりすぎでないか? いえいえ、日南の台風をなめてはいけない。風速40mは人間が自立できない。そんな風は例年のように吹き荒れる。設計基準は風速60m対応である。自動車も動かそうというほどの暴風なのだ。飫肥杉を構造体とすると、そのくらいの部材であっていいと、今では思う。
橋面床板の厚みも相当だ。橋の周囲のプロムナードにはボードデッキが張られることになっているのだが、これは厚さ50o。だが、この橋梁だけは90oに上げた。要するに、床材というより、根太か大引きを詰めて並べているようなものだ。
一方で空間的なメリットは大きい。これだけの材で囲まれた空間である。居心地がいいことこの上ないはずだ。逆に、重厚になり過ぎないように注意を要する。

□ 伝統工法と現代エンジニアリング
この橋の屋根には、棟木がない。屋根の頂部を貫通する部材がないのだ。
(写真1,2)
前にも述べたが、この屋根付き橋は、明るく軽くするという、そのことがすでにコンセプトになっている。
古今東西、「屋根付き橋」というと一般的に、良くいえば重厚、ありていにいうと重くて暗い。だがここは南国・油津である。ひたすらに明るい屋根付き橋にすること自体が、地域性の表現に直結する。
具体的には、棟木を除いてトップライトを設けることにした。棟木のない屋根なんぞ、大工にいわせれば邪道もはなはだしかろうと思う。
中央に棟木はないが、トップライトの根元を固めるのに通し材は必要になる。この二本の通し材を棟木代わりとして、屋根をつないでいこうという考えだ。屋根そのものは、前回説明した、曲げ木のトラス構造で固められる。この場合、頂部はポイント結合で十分だ。だが、伝統工法からみれば、棟木のない屋根なぞ頼りないに違いない。
ボルトやジベル(接合金物)で剛性をもたせられるならともかく、全て「組み物」でやろうとすると、せめて伊勢神宮のような千木(ちぎ)にして、頂部の剛性を高めてはどうか。これが熊田原さんの提案だった。自ら進んでいくつかスタディしてくれたのだ。
(写真3,4)
材をクロスさせたほうが確かに剛性は上がるし、施工性もよい。形も別に悪くはなかったが、しかし、ここはやはり軽くしたい。千木にするとトップライトの効果も落ちるだろう。もともと岡村さんの構造では、必要以上の剛性は不要なのだ。
それを説明すると、いろいろ試作してくれたにもかかわらず、熊田原さんはすぐに了解してくれた。このあたり、職人といえど決して頑迷でないことがわかる。
逆に、張出し桁と主桁の接合部については、熊田原さんが解答を出した。
ダブルの張出し桁で主桁を挟み込む部分のことだ。
どうして挟み込むかが問題だった。
もちろんボルトは使いたくない。だが、そのままではどうしても挟み込む力を維持し続けられない。
結局、鋳鉄などで「巻き金(がね)」を造って、桁を束ねこむ以外にないか、ということになった。そういう形での金物の使い方なら、デザイン的にもなんとか成立するだろうと、私も思った。
(写真5,6)
だがある日の木材WGで、原寸試作を見ると、巻き金もないのにきっちりと木材が主桁を挟み込んでいるではないか。どうなっているのか教えてもらうと、内側から引き付けるように、「蟻首(ありくび)」といわれる部材が組み込まれている。外からは見えないので、どうしてきっちり固められているのか、まるでわからない。ものすごくシンプルな納まりだ。(写真7)
この方法が採用されたのはいうまでもない。
次には、桁と屋根の接合部だ。ここに台風の圧力が集中する。
橋梁本体が飛ぶことはあまり心配していない。屋根が吹き飛ぶことが最も怖い。

 


写真2  
製作中の部分原寸模型
写真1
原寸模型の屋根部。トップライトの雰囲気を見る。棟木がなく、垂木がポイントで結合している。

写真3
写真3,4  
熊田原さんがつくってくれた屋根頂部の結合スタディ。伊勢神宮の千木(ちぎ)のように、垂木材がクロスする。確かにしっかり固ま形だ。
写真5  
張出し桁と主桁の接合部。どうしても金物で巻くしかないか、ということでとりあえず巻いてみた。
写真6  
巻き金のスタディ。これを洗練させる方向で考えていた。
写真7  
熊田原さんは、巻き金を使わず、内側から蟻首(ありくび)で引き付けるというアイディアを出してきた。

このディテールについては、熊田原さんの伝統工法と、岡村さんたちのシンプルなエンジニア的解答と、どちらもそれぞれに魅力的だった。デザイン的にはどちらも成立する。
「熊田原さん、どうですか。可能ですか。」
「可能です。――すっきりしすぎだ!」といって笑う。
結局は、どちらか「強いほうでいきましょう」ということになった。
 このように、モダニズムの構造エンジニアリングと、日南大工の伝統技術が互いにせめぎ合って、ディテールはどんどん進化してきた。
だが、完璧に参ったのは床板の留め付けである。金物を全く使わず、表面に留め跡の一切がないのだ――。
   
●〈おのでらやすし〉・都市設計家,小野寺康都市設計事務所・代表

 
   
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