特集1 月刊杉100号記念
  100号記念特別寄稿「杉の語源」
文/綱本逸雄
     
 
T.日本の杉 
   
   杉は日本特産で、九州から本土までの山野に自生するスギ科の常緑高木で、幹はまっすぐに伸び、葉は小さな針状(針葉)である。古くから各地で広く植林されており、『万葉集』に「古の人の植ゑけむ杉が枝に、霞たなびき春は来ぬらし」(一八一四)と詠まれている。ただし、中国でいう漢字の杉(さん)は、わが国では、江戸時代に渡来した広葉杉(こうようさん)のことである。中国では日本産の杉を「倭木」という(『本草綱目』)。杉は日本の造林面積の四〇%以上を占め、桧、松などを抜いて第一位である。坂口勝美監修『スギのすべて新版』(全国林業改良普及協会、一九八三)によると、杉の県別天然林資源量は、北山杉の京都府八十九万三千立方b、魚梁瀬(やなせ)杉の高知県六十五万七千立方b、秋田杉の秋田県二十三万二千立方bの順で京都がトップという。
   
 
  北山スギの風景1
   
  2.杉の語源
   
   杉の語源について、『日本国語大辞典』(小学館)は@スクスク生える木の義。スギノ木が成語か(『大言海』) Aスグ(直)な木の義(貝原益軒『日本釈名』、新井白石『東雅』、契沖『円珠庵雑記』、大石千引『言元梯』、含弘堂愚斎『百草露』、小野蘭山『重訂本草綱目啓蒙』、宇田甘冥『本朝辞源』、林甕臣『日本語原学』ほか) Bただ上へ進み上る木(進木)の義(本居宣長『古事記伝』) Cスは細痩、キは木の義、細痩せ直上る木を言う(狩谷掖斎『箋注和名抄』)ーなど諸説を併記している。前田富祺監修『日本語源大辞典』(小学館)も前掲書を踏襲。
   
   他の辞典類では、@説は、谷川士清『和訓栞』は「直(スク)に生ふるもの(注、直ぐ成長する)故に名とするよし」、寺島良安『和漢三才図会』「杉すぎ、サン 和名須木と言う、心は直(スク)経る(注、すぐ時が経つ=成長早い)の木也」、丸山林平『上代語辞典』(明治書院、)「すくすくと立つ木の義」などがある。
   
   A説は、貝原益軒『大和本草』「杉 木直ナリ、故スキ云スキハスク也」、『万葉集名物考』(著者未詳、一説、春登著)「杉 すきは直木(スグキ)の義なり、木理(木目)直きゆへの名なり」、大島正健『国語の語根とその分類』(第一書房)「スギ(杉)は直木なり」、松岡静雄『新編日本国語辞典』(刀江書院)「椙・杉―ス(直)キ(木)。スはスグ(直)の語根である―直に伸びるといふ意」、小清水卓二『万葉植物 写真と解説』(三省堂)「『すぎ』は直木の意」、白川静『字訓』は「直(すぐ)なる木の意」、佐々木信綱『万葉集事典』(平凡社)「樹幹が直立するので、直(すぐ)よりスギに転訛した」、『時代別国語大辞典上代編』(三省堂)「スギの称は、その幹がまっすぐなのによる」、久松潜一監修『万葉集講座』(有精堂)「幹が直ぐだからこの名があるか」、田井信之『日本語の語源』(角川書店)「まっすぐな木をスグキ(直ぐ木)といったのが、グキの縮約でスギ(杉)になった」、中村幸彦ら『角川古語大辞典』「『すぎ』の称も、その幹がまっすぐなのによる」、山田卓三ら『万葉植物辞典(北隆館)「直ぐ木から由来している」、井上俊『万葉の樹木さんぽ』(羽衣出版)「スギは『直ぐ木』から名づけられた」、日本史大辞典「スギの名はまっすぐ木の意味」(平凡社)など多くある。
   
   堀井令以知編「語源大辞典」(東京堂出版)は「スクスクと生える、スグ(直)な木の意からか」と@A説を同義とする。
   
   B説は、曽槃『国史草木昆虫攷』「スギは進(すすむ)木(き)の義なり」、井上頼圀ら『増補俚言集覧』「椙云須擬名義ハ進木也ススミ上ル木なれはなり」。 また、@A説の両論併記は、吉田金彦編『語源辞典植物編』(東京堂出版)「『大言海』説が当たっている。スクは擬態語のひとつを木名にした。また、スグ(直)なる木というのも支持が多い」。AB併記は、賀茂百樹「日本語源」(興風館)「契沖は直木といひ、本居氏は進木といへり」がある。
   
   大別して、幹が真っ直ぐ伸びることから「すぐ(直)な木」説が最も多く、成長が早くて「スクスクと生える木」説、すくすく上へ伸びるので「すすき(進木)」説は少数である。 だが、本居宣長は『古事記伝』で、「須疑(すぎ)は、直木(スグキ)するはわろし、直(ナホ)をすぐと云こと古にあらず」という。『増補俚言集覧』も「直木とするはわろし直(ナホ)のスグと云ことすへ(末)にあらすと云へり」、鹿持雅澄『万葉集古義品物解』も「直木(すぐき)の意とする説はあたらず」という。尾崎雄二郎ら『角川大字源』は「直」項の「古訓」で中古「タダチニ、ナホシ…」、「中世 スグニ…」を挙げる。
   
   中古(平安時代)までスグの訓よみはなく中世以降である。古辞書『類聚名義抄』(観智院本)には、当然ながら「直」の訓みにスグはなく、「タタチニ」である。『万葉集』も「直」は頻出するが、「直(ただ)に逢はば」(二二五)とか、「あたへ」「じき」「まな」などで、「スグ」の訓みはない(正宗敦夫編『萬葉集総索引漢字篇』平凡社)。 
   
   杉は「杉、椙、D(榲)、?、ネ、須木、須疑、須岐」などの漢字表記で、記紀・万葉・風土記・木簡・古辞書・平安文学などに登場する。一例をあげると、平安時代の古辞書『新撰字鏡』に「D(榲) 須支乃木」「? 須木也」「槙 須木乃支」、『和名抄』に「杉 和名須木」、最古の本草書の深江輔仁撰『本草和名』に「杉材 和名須岐乃岐」などと載る。スギはスギノ木ともいった。したがって、語源は古代に求めなければならないが、奈良・平安期にないスグ(直)の訓みでもって説く万葉語・上代語辞典類は堀井説もふくめ矛盾した記述である。つまり、圧倒的に多いA「直ぐ木」説は、後世の付会といえる。
   
   杉は幹が直立していることに由来するのだが、@説の「すくすくと立つ木」が妥当な見解だろう。(『牧野新日本植物図鑑』北隆館、一九六七)。古代には「すくすく」(ずんずん、どんどんの意)という擬態語はあった。『古事記』応神条に「楽浪道(さざなみぢ)を須久須久(すくすく)と我が往(い)ませばや」と載る。スクの語源はスクヤカ(健)の意である(『日本国語大辞典』小学館)。『広辞苑』は「すくすく 滞りなく進む、勢いよく成長するさま」、『大言海』は「すぎ(杉榲) すくすくト生フル木、又、すくすくト立つ木ノ義、スギの木ト云フガ、成語ナ(ル)ベシ」という。つまり、二語の結びつきが固定し決まった意味を表す「スギの木」は、「すくすく生える木」から古人が作り、後人によく引用される成語になった。縮約してスギ(キ)といったのであろう。
   
 
  北山スギの風景2
   
   
   
   
  ●<つなもと・いつお> 京都地名研究会事務局長
1941年福岡県生まれ。日本地名学研究所研究員、全国地名保存連盟会員、日本植生史学会会員、日本宗教民俗学会会員、歴史地理学会会員ほか。 著書に共著『語源辞典植物編』(東京堂出版)『京都の地名検証1』『京都の地名検証2』(いずれも勉誠出版)『奈良の地名由来辞典』(東京堂出版、近刊)『大阪地名の謎と由来』(プラネット・ジアース社)『日本地名学を学ぶ人のために』(世界思想社)『日本地名ルーツ辞典』(創拓社)ほか。
 
   
 
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