特集 矢作川流域支部結成!!
  根羽村からはじめる矢作川流域市町村ウッドスタート宣言
文•写真/大久保憲一
   
 
 

今年の紅葉は、紅い葉っぱの色が特に映えて、見る期間もとても長く感じられました。矢作川の源流にある根羽村は、スギ・ヒノキの人工林が73%を占めていますが、毎年秋の紅葉時期には、緑の中に四季を強く感じられる素敵な場所です。

   
 
  根羽村は、長野県の最南端に位置し、愛知県豊田市、設楽町、岐阜県恵那市に隣接し、愛知県で一番高い山である標高1,415mの茶臼山を県境に持つ地域であります。この茶臼山を源流として、三河湾へ注ぐ延長118kmの一級河川「矢作川」は、古くから流域間の交流を支えてきました。流域には、明治13年(1880年)に明治用水土地改良区が矢作川から用水を開削し、日本デンマークと呼ばれるまでに発展した安城市があります。
   
  安城市にある明治用水土地改良区では、「水を使う者は、自ら水をつくれ」との崇高な理念のもと、大正3年(1914年)に水源地の根羽村に水源涵養林427haを買い求め、植林活動を通じて水源涵養林の整備育成に積極的に取り組んできました。その活動は、今も森林整備に加えて、様々な環境教育の実践や、地域間交流にも積極的に取り組んで頂いております。 また、当村では明治時代から村有林を村内全戸に貸付林として2.5ha、分収林として3.0haの合計5.5haを貸し与え、村民こぞって植林を行い、森林整備に力を入れてきました。大正9年(1920年)には、村有林1,297haを国と分収林契約(官行造林)を行い、昭和30年代から、当時の村の収入の約4割に相当していたこれらの森林からの立木の販売収益によって、役場庁舎や学校、上下水道等の様々な公共施設整備を進めることができました。古くから山づくりを進めて当村では、「親が植え、子が育て、孫が伐る」という、親子三代にわたる持続的な林業経営哲学がしっかりと根付いてきました。
   
 
村民全員が山からの恩恵にあずかり、山を大切にしてきたものであります。昭和50年代に入ってから、これら官行造林地の伐採予定地も水源地近くとなってきて、村ではこの森林を伐採せずに、立木を国から買い取って保存するという方針転換を行いました。このことは、本来伐採時には収益を国と村が折半する制度であるので、村が買い取ることは村の収益がないことにあわせ、村にとっては2倍の負担となります。村では数年間立木の購入を続けてきましたが、昭和8年に植栽され、平成3年に伐採予定となっていた48haの森林については、矢作川流域にとって貴重な水資源の役割を果たしており、水源地の保護育成のためには、何としても立木を買い取る以外に方法がなかったわけであります。  
   
  しかし、購入については助成制度が全くなく、村単独の財源での購入は困難な状況にありました。この時、安城市の協力と理解を頂き、本来村が負担すべき資金を安城市が負担して頂けることとなり、矢作川上流の水源確保と森林育成を目的とした「矢作川水源の森」が誕生しました。これは、平成3年に森林法が改正され、上流と下流の自治体間での「森林整備協定」ができることが定められての、全国第一号の取り組みとして注目を集めたところであります。
   
 
  山村では、山を育て、土地を耕し、そこから様々な自然の恵みを頂きながら生活がなされてきました。いつしかそうした自然のサイクルが破壊され、急激な過疎化の波が押し寄せてきました。根羽村では、森林から多くの恩恵を受けてきたこともあり、こうした厳しい状況の中でも、山づくりに一生懸命取り組んできました。長引く木材価格の低迷や産業構造の激変から、村でも林業で生きていくのは厳しい状況となってきました。
   
  そんな中、村内に7軒あった製材工場も次々と姿を消し、平成7年には唯一残っていた一軒の製材工場も閉鎖することとなりました。今まで営々と山づくりを行ってきた根羽村から製材工場が消えることは、「林業立村」を目指す当村にとって大きな痛手となってしまう、何とかしたいという思いで村がこの製材工場を購入したところから、根羽村の新たな林業への挑戦が始まったわけであります。 時を同じくして、国産材の時代が到来したとか、地域材を使おうといった全国的な機運も高まりつつある時期でありました。丸太を加工して付加価値を付ければ何とかなるだろうという安易な考えは、スタート当初から厳しい現実に直面することとなりました。一方、木材を使う消費者側である設計事務所や工務店の皆さんは、地域材を使おうとしてもどこにあるのか、その品質や価格は保証されているのか、注文にきちんと対応できるのかなど、多くの疑問を抱えていました。
   
 
私たちは、山元である生産者側と、家を建てようとする消費者側のお互いの情報が全くなかったことに気づいたわけであります。そこで、それぞれ関係する者が集まって協議を進めていく中で、木を育てて丸太を生産する「第一次産業」、丸太を住宅用材として加工する「第二次産業」、住宅を建てようとするお施主様の現場まで製品をお届けする「第三次産業」を、地域内で完結させた「トータル林業」の仕組みを構築することができました。  
   
  このことによって、家を建てようとするお施主様の情報を、設計事務所や工務店を通して、山元である森林組合と共有することが可能となり、消費者には安全で安心な材料が確実に手に入り、山では間伐によって適正な森林が管理でき、加工販売することによって森林組合で雇用が確保することが可能となり、村内で林業が再度「業」として復活できる確かな手ごたえを感じることができるようになりました。 今、全国の源流地域と言われる山村では、流域から人が消え、集落の空洞化が大きな問題となっています。このことによって、山に手が入らなくなり、山が崩れ、水の貯水機能を担ってきた山間地の農地が荒れ、水源地域が守れなくなってきています。人の営みの原点である源流地域から伝統や文化が消滅し、川の流れが途切れ、営々と築かれてきた上流と下流のつながりが、今まさに消えようとしています。
   
 
  日本の原風景である「ふるさと」が消えることは、まさしく国土の崩壊に直結することになり、こうしたことからも、どの地域にも人が住み続けなければならないと考えているところであります。根羽村では、地域に人が住み続けるためには、働く場所や収入を得られる仕組みづくりなどの「地域内での雇用の循環」、地域内の商店やガソリンスタンドや理容店などが生き残るための「地域内での経済循環」、教育や福祉、医療など必要最低限の「地域内でのサービスの循環」の仕組み作りと、これを地域内で動かすための住民の意識の醸成に力を入れています。
   
  この地域内の循環と、流域連携によっての地域づくりが、生き残りをかけた根羽村の挑戦であります。そして何より大切なことは、私たちが自分たちの住む地域に誇りと自信を持って自ら実践し、そのことを「次世代を担う子供たち」にしっかりと伝えていくことであると思います。 高齢化率が47%を超える根羽村では、平成27年3月開所を目途に、デイサービスや特別養護老人ホームを併設した高齢者福祉施設の整備を進めています。この施設は、根羽スギ・根羽ヒノキを100%、約500?の建築材料を使用した木造建築となっています。スギの産地であることから、構造材、天上、壁、家具等にはふんだんにスギが使用され、床は車椅子にも対応できるヒノキの圧密フローリングを使用しています。また、床暖房や給湯には薪ボイラーを導入し、ここで使用する薪は、間伐材や山での端材を「木の駅プロジェクト」のメンバーが集め、乾燥して準備されます。出荷時にはそれぞれに地域通貨が支払われ、村内の各商店等で利用されて行きます。さらに、乾燥した薪をボイラーへ投入して管理する部分についても、新たにNPO「森の民ねばりん」が設立されました。地域にある資源に付加価値を新たにつけて村内に経済循環をおこし、働く機会も創出できるといった取り組みに大きな期待を寄せているところであります。
   
 
また、根羽村は流域にある企業や自治体、市民団体等多くの皆さんとの交流を進める中で、スギの木工ペンダントづくり、表札づくり、水鉄砲づくり、弓矢づくり、木ハガキの利用、割りばしづくり、チェンソーアートの展示、どこでも足湯の作製、薪割り、薪のドラム缶風呂、小中学生を対象とした木育活動の実践など、普段身近に使うものから木の魅力を伝えて、木と共に過ごす自由時間の素晴らしさや、豊かな「木のある暮らし」の楽しみを伝えるために、様々な取り組みを実践し大きな人気を得ています。  
   
 
  矢作川「水源の村 根羽村」は、今後これまで述べてきたような森林資源を活用した様々な歴史や、取り組みの実績を踏まえ、矢作川の流域住民のライフステージを対象とした「木づかい推進活動」を川の流れに沿って「じわじわ」と、そして「急激」に進めていきます。そして今ここに、こうした取り組みを流域の皆様に対して明確にするため、流域の樹種であるスギ・ヒノキ・広葉樹等をふんだんに使った生活空間の実現と、「木のある暮らし」の楽しみを広く伝えていくことを目的とした「ウッドスタート」宣言を致します。
   
  最後になりますが、根羽村では下流域への水資源の安定供給を含め、自らの豊富な森林資源の恩恵を皆様の元にお届けし、地域資源の活用による持続可能な村づくりを目指しています。上下流連携による地域森林資源を活用した「木づかい推進」が、流域の地域産業を育成し持続可能な村づくりに大きな貢献を果たします。流域の皆様には、こうした水源の村の活動や考え方に、矢作川の流れを絆とした流域の仲間として共感、賛同されることを希望いたします。
   
 
同時に、私達と共に「木づかい推進活動」に参加され、「ウッドスタート」宣言を行っていただき、流域の樹種であるスギ・ヒノキ・広葉樹等をふんだんに使った生活空間の実現と、「木のある暮らし」の楽しみを広く地域住民に伝える活動に取り組んでいただければと思います。 どうか、今後とも「水源の村 根羽村」に対しましてご支援・ご協力をいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。  
   
   
  ●<おおくぼ・けんいち> 長野県根羽村長
   
 
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