特集 矢作川流域支部結成!!
  スギダラな一生/第74笑 「根羽、NEVER ENDING STORY」
文/ 若杉浩一
     
 
 
 

2013年の東京おもちゃ美術館のイベントだったと思う、東京大学でのセミナーやセッションにパネラーとして参加することになった。僕はうっかり、集合時間を間違えて行ってしまったために、パネラーの皆さんとは自己紹介もせずに本番に乗り込む事になってしまった。大変申し訳ない事をしてしまった。
そのときのコーディネーターが丹羽さんだった。丹羽さんは、会った瞬間に、ただ者ではないというオーラが出ていた。そして、大変既知にとんだ進行だった。しかし、僕が暑苦しい、一生懸命な自己紹介とかが、場の雰囲気や進行に合っていなかったように思った。笑いはとれたのだが、丹羽さんのペースを、完全に外した感はあった。僕は、いつも、こんな事を仕出かす。お陰で、サラリーマン稼業がうまく勤まらない。素晴らしい方々にも関わらず失礼をしてしまった。本当に反省をした。

そんなとんでもない出会いから1年後だろうか、丹羽さんから、連絡があった。
「根羽村でセミナーをやるんだ。スギダラを立ち上げたい。スギダラの杉ソウルが必要だ。頼む。」
というような内容のメールが来た。とにかく内容は解らないが、丹羽さんのお願いであれば、罪滅ぼし、いや何事があっても、という感じだから、断る理由がない。「了解しました。日程確保しました。」という事だけ返信した。さて、当の本人は根羽村が何処にあるか?何があるのか?何を求められているか?そんなことは、行き着くまで理解してなかった。いつものように、当日の朝の新幹線で色々読みあさった。
「長野県、根羽村。あれ?なんで名古屋経由なんだ?」
丹羽さんの活動を調べまくった。しかしだ、良くわからない。
「森の健康診断。矢作川?なんだか、すげ〜やってるぞ?」
「これ、ずげ〜〜メンバーだぞ。やばいぞ〜〜どうして、スギダラ?」
「メンバー、チームの幅、奥深さ、年月、何でもあるじゃね〜〜か。」
「おいおい、おまけに、何だ、これ。」
「全国に感染を広げるスギダラ菌を矢作川流域へ!スギダラの若杉さんがソウルフルに吠え、笑わせます。面白くてためになり、勇気百倍保証します。」
「こ、こ、これ、まずくね〜〜か、こりゃ、まるで、芸人登場だ。まずいぞ、やばいぞ、えらいことになってるぞ。」
がっくりしながら、名古屋から、変わりゆく景色を虚ろに見ていた。駅に着くと、満面の笑顔の丹羽さんがいた。
「めし、食いましたか?」
「はい、食っていいものやら、悪いのやら、解らなかったもんですから、食いました。」
「は〜〜そうでしたか、ちょっと待ってください。おにぎり買いますから。」
残念そうに言うと、丹羽さんは、駅でおにぎりを買い込んで、車に乗り込んだ。
車に乗り込むと、彼はおにぎりを頬張りながら、車を運転し始めた。
「ここから、山道で一時間程かかりますから、すみませんね〜。」
「いえいえ、ありがとうございます。」
そんな、ぎこちない会話から物語が始まった。
「丹羽さん、ご出身は?何で根羽村なんですか?」
彼のここに至る、様々な経緯を聞きながら、ここから、何かが繋がっている事を予感した。
奈良県出身で高級官僚?公務員でありながら、領域を超え真剣に仕事に立ち向かい、仲間を愛し、様々な試練に向かいながらも、興して来た数々の事の集積、軽々と面白く、語られるのであるが、後ろにある、沢山の苦労、辛酸、真実が浮かび上がる。それくらい、僕だって想像できる。偉そうな、理屈や理論ではなく、数々の事実から出てくる言葉の数々。そして、この地へ。何がそうさせたのか?
めくるめく、歴史を妄想しながら、ようやく根羽村に着いた。そして、村役場を訪れた。そこには、また、初めてあったとは思えない、何故か親近感を感じる村長、大久保さんがいた。
「根羽村はね〜〜人口800名くらいの小さな村なんです。だからね、自分達の未来を自分達で決められる。そしてみんな、一団となって動ける。都会に比べれば、お金も、何もないけど、だからこそ、出来る事が沢山あるんです。」色々な話しを聞き、今、そしてこれからを語り合う。益々他人とは思えない。車窓から見える美しい棚田、清らかな川、眩いくらいの緑、何処にもある風景のようだが、ここは特別に美しく感じる。
何故なのだろう?この感じは?おそらく、生きているからだろう、人の力、人の生活、人の手が入っている、人と自然とが、共に生きている風景だからだろう。だから、艶やかで、柔らかな空気が漂うのである。
おそらく、桃源郷ってこんな感じなのだろう。

そして、会場へ。会場には伝説の今村さんがいた。そして東京大学の蔵治先生(森の健康診断等の著者)、洲崎さん(同著者)もいる。そしてたくさんの村民。熱気の籠った会場だった。僕の何時ものダジャレトークに優しく反応して頂き。最後は、大久保村長が、「それでは、皆さん、これをもちましてスギダラ矢作川支部設立ということでよろしいでしょうか?」 拍手喝采!! で幕を閉じた。未だかつて、地域の首長が採決をして、スギダラの支部が出来た事は一度も無い。いつもは、ダラダラと飲んで、「それじゃ、支部立ち上げよう!!」「お〜〜!!」これが、定番だ。しかもだ、「これからが本番です、良いお酒を飲んで、長い夜を過ごして、盛り上がる。これが私たちの流儀です。皆さん是非参加ください!!」
あれ?それって、スギダラ流儀じゃないか?また、また、他人とは思えない。

そして宴会へ。廃校になった小学校をリノベーションして、宿泊施設にしたグリーンハウス森沢が会場だ。大広間に雑魚寝だが充分だ。全員で準備、そして、この地の名酒が揃い始める。何は無いが、良い酒と良い仲間が集まる。そして、楽しい話しと、長〜い自己紹介、おまけに、歌や踊りの演芸大会が始まる。カラオケも無ければ、拡声器もないところで、繰り広げられる狂宴。

こうなりゃ、「うお〜〜〜皆大好きだ〜〜〜!!」となるこれもスギダラ流だ。もう他人ではない。蔵治さんの、色々な話しを伺い、この地域で起こっている、最先端の出来事を知った。矢作川は長野から豊田市を流れ、三河湾に注ぐ、血流であり、三河の大地を育んで来た大切な河川だった。清流でこの恵みは流域だけではなく、三河湾の海の恵みへと繋がっている。だからこそ、豊田市や岡崎市など工業、繊維、農業等の様々な産業を育んで来た。

しかし、やがて、工業化の中で、その恵みを忘れてしまったのだった。そして、河川は汚れ、山は放置が進み、川だけでなく流域の自然が壊れていくのである。しかし、この地は、矢作川という恵みで強く結束していた。行政や、地域の枠組みを超え市民が立ち上がり、様々な活動を興して来た土地だった。上流と下流が手を取り合い支え合う人の繋がりが強く古くからあり、川の恵を大切にする遺伝子が残っていたのだ。

それは、この地の人々の記憶と、誇り、そして繋がりだった。その繋がりは今も続き沢山の団体やチームが流域を守り、交流している。そして、根羽村は、矢作川の始まりの地である。山が、森林が、矢作川の流域を守り、自然のダムの役割をしているのである。だから、川も、海も、根羽村が、健全である事から始まっている。蔵治さん達は、矢作川流域を健全が健全であるために、流域の森の状況を把握する、森が健全であるかどうかの健康診断を行う事をやってきた。そしてきちんとした森の健康状態のデータ集積を行い、正しい状態を維持するという活動に繋げている。

それは学問としてデータを集積し、論文化することではなく、市民とともにデータを集積することで、森への正しい理解や、関わりに繋がり、そして、山主との繋がりへ伝播する。彼らの活動は、行政、市民、林業者をダイナミックに繋ぎ、継続していくという、学問の枠を超えた実学だった。
思いや、情熱だけでは、活動は広がらない。そこには、様々な活動を支え繋いでいくデータや分析、つまり学術的な事実や証拠が必要なのである。

何故に、ここに、こんなに素晴らしい英知が集まるのだろうか?決して、お金のために、集まっていないのだ。魅力的な、人や英知が集まる理由。それは、この地の人達の魅力や、集まった人達の魅力が人を呼んでいるのだ。魅力やエネルギーが人を呼ぶ。結局、始まりも、終わりも、人なのだ。やはり、根羽村、矢作川流域支部は凄い、今まで色々な地域へ出かけて来たがここほど、人の力が集結している地域は無いのではないか、そう思った。だから、根羽村には、「活きた、気」が宿るのだろう。

僕は、大騒ぎの、楽しい夜を堪能し、次の日は、根羽村の様々な活動の現場を、参加されたボランティアの方々等と供にツアーに参加した。ツアーコンダクターは、あの有名人、今村さんである。今村さんも、もと県庁の職員。職員としてここに関わり、根羽村にハマってしまって、早期退職、森林組合に入り、廃業になった製材所を運営しながら、山を守っている人である。とにかく、熱い男なのである。またもや、変人、いや変態の登場。この人、酒を飲んだらメチャクチャ面白い。熱く未来を語り、目をキラキラさせながら、みんなを勇気づける。彼の周りには、近隣の村から面白い若者が集まっている。どの若者も、この地の出身者でない。色々な経歴あるながらも、ここに関わり、山と地域と立ち向かっている。そしてどの若者も誠実で、活き活きしていて、企業にいる有名大学を出た若者と違い、小賢しさが全くない。実に美しい生き方と、眼差しを持っている。そして生きる力を持っている。根羽村には、素晴らしい人たちばかりが集まる。

そして、その根羽村は林業を中心として、日本一豊かな地域を目指している。それは、経済の豊かさではない、豊かな暮らしを目指している。だから、エネルギーも薪から得るように、薪ボイラーを採用し、薪を集配する「木の駅」をつくり、山林に残された丸太を集め、木の駅に持っていくと、地域通貨を得られる、軽トラ一台で一日分の生活費ぐらいは稼げるのである。そして、その通貨で地域の経済が回っていく。出来るだけ、この地域で生活が循環する仕組みを作ろうとしているのである。

根羽村には、清らかな水、川には豊かな恵みがある。
山から木材と山菜、そして鹿やイノシシ等のジビエ。
畑には瑞々しい野菜、そして、田んぼにはおいしいお米。
美しい風景。整った住宅施設、教育。元気な子供達の声。
元気な人達、一生懸命に働く若者、笑顔、そして、おいしいお酒。
「あ〜〜豊ってこんな感じなんだな〜〜、お金がなくったって幸せなんだな〜」と、つくづく思う。
ここには、地域を守り、お互いを支え、認めあう仲間があり、自分という存在を感じるのだろう。
今村さんの周りには、美しい風景と、沢山の美しい笑顔がある。本当に素晴らしい。
全ての行程を終え、丹羽さんと、今村さんと、村の食堂「福嶋食堂」で名物鍋焼きうどんを食べた。休日のお昼に、次々に村人が集まって来る。若者は、元気で派手な、おばちゃん達に、いじられる。おばちゃんは、誰彼かまわず突っ込んで来る。そのエネルギーには、全く歯が立たない。

「丹羽さん、あの緑色の髪のおばちゃん凄いですね〜」
「凄いでしょう〜〜 ここは、おばちゃんが、元気なんです。何でもやります。」
「彼らの、演芸が凄いんです。タイツ着てシンクロナイズドスイミング芸をやりますからね〜〜。もう大爆笑!!かないませんよ、あのセンスには。」
「見てみたいっすね〜〜」
「え〜〜 見たい様な、見たくない様な、感じですよ〜〜。」
「ここでね〜あのおばちゃん達主体の、食の文化祭やるんです。」
「食の文化祭?」
「これです、このチラシです」
「何ですか、食いたきゃ山から取って来い!!って」
「何てことはないんです。それぞれの家庭料理を持ち寄って、皆で食べるだけです。だけどね〜〜凄いんですよ〜〜 え〜〜この時期にこんな食材あるのかって。美味しい食材をね〜皆持ってるんです。驚きです。この土地の日常ってこうやって、一同に会すると豊かなんです。そして凄く美味しい。だから、遠方からも人が集まってくるんです。」
「いいですね〜〜 これね〜〜素晴らしい企画ですね〜〜。」
「ありがとうございます。きっかけは僕らが作るんですよ。だけどね、出来るだけ面倒を見ない、皆に決めてもらうようにしてるんです。」
「最初は不安がってますが、色々な人が来て、褒めてくれるでしょう。そうするとね、自信がつくんです。そうなったら、もうおばちゃん達、色々なことを考えよるわけですわ〜〜。もうこなったら、手に負えません。」
「今度は、僕らが、手伝わされる羽目になるんです。」
「自分達の事を自分で決める事、これが、大切なんですよ〜。誰かに言われた事じゃだめなんです。自主性の確立が大切なんです。」
「凄いですね〜〜、これ、大いなるデザインですね。本当、感心しました。」
「しかしね、こんなバカバカしい盛り上がりってね、時々不安になるんです。」
「大丈夫かな? 世間様とズレてないかなってね。時々、我に帰るんです。基本皆、真面目なんですよ。」
「だから、スギダラの大真面目で、バカバカしくて、楽しくて、一生懸命なソウルを見て欲しかった。 そのままで良いんだってね。勇気を、背中を、押して欲しかったんです。」
「あんなことで、役に立ちましたかね?」
「充分です。助かりました。」
「色々なところでね、いろいろな人やチームに会ったんですが、スギダラのような、楽しさや、盛り上がりってないんですよ。大真面目なチームは沢山いますよ、しかしね〜、この、何とも言えない、バカバカしい盛り上がりなのに、真面目でまっすぐ、そして、表現する、伝えるセンスがいい。これね、大切だと思うんですよ。」
「何かを乗り越えて行くには、このノリ、感じ、運動が必要なんです。僕は、そう確信してます。」
「僕ね、根羽村に来て、びっくりしました。素晴らしい美しい地域、そして素晴らしい人たち、素晴らしいリーダー。そして、元気で明るい村の人たち。もう何でもある、僕が行った様々なところ中で先進の土地だと思いました。何にもいらないんじゃないか?そう思いました。」
「もし、無いとすれば、デザインと、バカバカしいノリ。」
「そうそれです、それ!!!」
「そうですか〜〜 凄いですね〜〜丹羽さん。」
「根羽村がね、交流しているドイツのレッテンバッハという村があるんです。」
「世界一、豊かな村と言われている村。しかしねその村は財政的にも、人口も規模も根羽村より小さいんですよ、一度合併して、どんどん村が貧困になって行った人も減ってきた。しかし、村人が懸命に努力して、元の村として独立しなんですね。そして、自立して、生きる事を真剣に考えた。ここの村のお手本なんです。」
「地域通貨や木の駅、薪エネルギー等、沢山の事を学びました。村同士で交流してるんです。地域がどうやって生きるか?補助金やお金ではないんです。」
「村と、地域と共に自立して生きるという覚悟です。」
「そして、楽しく、豊かに、生きる為に考え実行する。働く事です。」
「そして、その事を伝えて行く事、カタチにする事ですね。」
「だから、スギダラが必要だったんです。」
「そうですか〜〜 僕、是非また、メンバー連れてきます。」
「ここね、僕たちの原点があるように思います。スーパースターがいるんじゃなくて、楽しい仲間が、それぞれが、未来を創り上げている。こりゃ、ジャズです。素晴らしいです。ここにあるのは、最先端の未来ですよ。」
「そうですか〜〜」
「丹羽さん、凄いです。ありがとうございました、凄く勉強になりました。御呼びいただいて光栄です。」

そんな、会話をしながら、楽しい時間を過ごし、駅に着いた。僕は、丹羽さんと別れ、電車の中で思いにふけっていた。何と素晴らしい時間だった事か、そして、美しい風景、美しい人々、豊かな空気。僕は、スギダラを始めて、沢山の地域へ行く事になった。それは観光地や有名なところではなく、大抵が聞いた事も行った事も無い田舎、しかも縁がないところばかりだった。
しかし、そこには、脳裏からはなれない、美しい風景や美しい人々、そして生きる力、人間の英知が潜んでいた。そして、見えてくるのは、僕たちの生活が、便利で、面倒が少くて、安全で、簡単な社会にまみれて行く中で、次第に自分たちの生きる力と英知を失って行く姿。やがて、私たちは、自然に対する敬意や、感情をも失っていった。今の圧倒的な社会の中で、流れを止める事は難しい、だけども、心の中に潜んでいる「魂」をなくす事もできない。
「魂」のままに生きるのは難しい、勇気がいる、そして沢山の矛盾と傷を負う事になる。だからこそ、小さい力同士で支え合い、勇気づけ合い、泣き、笑い、楽しく、繋がって生きなければならない、懸命に生きなければならない。

カタチにすること、語ること、歌うこと、踊ること、記することは、伝えること、そして続けることは、未来の広がりに繋がる。スギダラはどうやら、そこに、繋がっていたのかもしれない。
根羽村の皆さんから、本当に、沢山のことを教えてもらった。根羽村は、日本一豊かな村を目指して、これからも、たくさんの魅力を重ねていく。そして、その美しい物語に、スギダラも加わった。きっと、この物語は、永遠につづくだろう、豊かな未来へ向かって。

「根羽、NEVER ENDING STORY」

さあ、みんなで根羽村へ行こう。

矢作川流域支部設立を祝して。

   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 所属。
2012年7月より、内田洋行の関連デザイン会社であるパワープレイス株式会社 シニアデザインマネージャー。
企業の枠やジャンルの枠にこだわらない活動を行う。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
月刊杉web単行本『スギダラ家奮闘記』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生 2』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka3.htm
   
 
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