連載

 
杉暦 特別おまけ 「回顧文」
文/ 石田紀佳
 
 
   
 
杉ぼっくりからのメッセージ

 杉の学名の「隠されたもの」Cryptomeria、というのは「球果が葉に隠されている」、というところからきているそうですが、1年のあいだ観察をして、杉の球果すなわち杉ぼっくりはとても目立つ存在だと思うようになりました。隠されているのはほんの最初のころだけですし、他の木の実だって熟するまではたいてい緑で、小さいうちは葉と見まごうようですから、なにも杉だけが「球果が葉に隠されている」わけではないのでは?
 ただ、杉の場合、あのトゲトゲの葉と茎枝が渾然一体となって、それに実までがからまってくるのですから、どこからどこまでが葉で/茎で/枝で/実なのかわからないところがあります。そこらへんが「隠されたもの」Cryptomeriaっぽいのかもしれません。(実はこの様子を写真に撮りたかったのですが、技術とセンスのせいでできなかったのです。動物っぽくもあっておもしろいのでどなたか撮ってくれないでしょうか。)

 杉を追うようになって、最初は道具についての仕事だったので、その目であたりをみわたすと「日本の伝統食品」なんて本の写真カットにはどの食材にもどこかしら杉の道具が写っていて、自分の目の節穴度に恥じいりました。「杉」とことさらキャプションもなく、彼らは活躍していて、別に隠れていたわけではないけれども、私にとってはまさに「隠されたもの」でした。なんと自分が10年近く住んでいた家も杉だらけで、障子の張り替え時にはその桟を紐でゆわえて補強したりしていたのに、「古い木のもの」というだけの意識だったのですから、ひどいものです。けれども杉が気になるようになってからはそのさりげなさがいたく心にしみて、まるで懺悔のような気持ちがあふれてきました。手仕事とその素材のかかわりをライフワークとしていたわりには、足元のことをすっぽかしている……こんな反省をずるずる書いてもしょうがないのですけど、ともかく杉との出会いはかなりショックなできごとだったわけです。

 さらに「樹・植物」としての杉の美しさに気づいてくると、身のまわりの風景が以前より奥行き(視覚的にも歴史的にも)をもって映るようになりました。とても不思議です。たった一種類の樹で、世界がこんなにも違った存在として立ち上がってくるのですから。東京の郊外をちょっと電車でいっただけも車窓からはたいてい杉が見えます。
 常緑樹といわれる杉が四季おりおりに変化すること、その木部、皮部、枝葉部の利用が多くの日本の暮らしのすみずみにいきわったっていたこと、自分が知らないだけで定点観測地の農家のおじさんおばさんはごく普通に杉とつきあっていたこと、そしてまた気の遠くなるほど昔、氷河期が始まるころを生き残った杉の生き物としての来し方に、深く驚きます。
 目を見開かされた喜びがあるのですが、それは同時に、人類の盲点というか、欲の弱味というか、正反ともにある賢さと愚かをを知ることでもありました。自分の杉に対するおっちょこちょいを目の当たりにしてはじまった杉ショックは今もつづいています。

 杉林や国産材をとりまく問題についてはこの月刊杉にもそれぞれの現場の方が書かれています。またいったいどこから手をつけていいかわからないこの問題に、しろうとでもとっかかれる糸口のようなものが、デザイナーやライターによって、やさしく書かれています。わたしも読んで教えられることが多いのですが、肝心なのはそれらの情報を得ながら、自分の感覚を素直にしてかつ客観的にものごとに接することだと思います。おそらくそれがCryptomeria、隠された杉ぼっくりからのもっとも大切なメッセージではないでしょうか。単に右へ習えで考えることなく、もしくは考えさせないようにして、行なってきたことのツケは杉の山が身をもってあらわしています。あまりにおそろしいツケですが、スギダラのしなやかな動きとともに、自分の身体でじかに感じてのびやかに行動していきたいものと、切に願っています。

 材にしたときのすぱっとした潔さとは別物のような、枝、茎、葉、芽、実の境目のない姿にクラクラしながらも、1年杉暦をつづけました。杉ぼっくりというかなり小さなものをみつめてきましたが、それが縮こまらず、視界が澄んで広がるような心持ちにつながるのは、杉の葉の清涼な香りのせいでしょうか。ちょうど新芽の季節、その柔らかな葉先をひとかみすれば、気分一新背筋がのびます。

 1年間、ありがとうございました。

 
     
次号からは「小さな杉暦」をはじめます。
一年追った杉ぼっくりの子供たちの生長を
レ ポートします。
そして、(本文よりも)ご好評いただいた
「おまけ」は、気分一新、4コママンガと
な ります。
題して「 スキスギ、杉ボックル」。
登場杉物はただいま検討中。 
 
  

 
    
       


 
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