連載
  スギダラな一生/第77笑 「WOOD DESIGNに思う」

文/ 若杉浩一

   
 
 
 

僕が、大学生の時、日本のデザインは、輝いていた。ソニーがウォークマンを世に送り出し、ホンダが次々に新しいデザインを生み出していた。デザインはきっと、世の中を楽しくしていくのだろう、素晴らしい領域のように思えた。
僕は、カースタイリングを読み漁り、シドミードの世界にのめりこんだ。
マーカーとパステルで描かれた、レンダリングに憧れ、いつかは、自分もこんな絵を描けるようになりたいとモノマネをしていた。

会社に入って、レンダリングなど、あまり必要とされなかった。デザインは、外部のフリーランスが行っており、社内のデザインの役割は、その評価、段取り、展開を行い、デザイン業務支援のようなことばかりだった。
しかも、競合の製品を分析して、仕様が出来上がるので、カタログ調べたり、仕様を調べたりして纏めるのが専らの仕事だった。
初めての仕事だったので、従順に一生懸命に仕事をし、早くデザインをやりたいと思っていた。しかし3年が経ち4年が経ち、仕事はさらに激しくなったが、デザインらしきものは何もなかった。デザインの会話等は、殆どなく。
毎日が静かに過ぎていった。「このままでは、やばい!!」そう感じた。

そんな時期に、僕は、毎年、グッドデザイン賞の申請、展示、回収を一人でやっていた。会社の先輩たちが決めた商品を調べ、申請書を出し、メーカーさんに協力を仰ぎ、配送先を連絡し、トラックを手配し、現地で組み立て、説明用パネルを設置し、展示に備える、終了後は逆だ。
会場では、よく同級生と出会った。大体、どのメーカーも業者が搬入し、デザイナーは展示の指示をする。パネルだって外注の素晴らしいものが並んでいて、指示が終わると、デザイナーは、早々にいなくなる。
その点こちらは、最終まで自分なので、デザイナーというより、業者。
見た目も違うし、這いつくばって組み立てている。
とても、同級生に会いたくない場面だった。
しかも、仲間は、デザインしているのに、こちらは、デザインしているものなどない。出来栄えだって、向こうは、先端のプロダクトデザインに対しこちらは、中世の兵器ぐらいの違いがある。
「お〜〜若杉〜〜、久しぶりやな〜〜お前もグッドデザイン賞か〜〜、若杉なんか?それ?その大砲みたいな奴!!お前のデザインか?」
「いや、あのこれは、たい〜〜」
「まあ、よか、こっちにこんか、こりゃ俺がデザインさせてもらった、オーディオたい。」
「凄かな〜〜もう商品たいね〜〜」
「若杉は、なんばしよっと?」
「おれか?うんパッケージ・・・・・」
「グラフィックな〜〜頑張っとるね〜〜」
「まあな〜〜」そう言って、運んできたダンボールをそっと隠した。
僕の仕事といえば、入社して5年間はずっとダンボール、よく言えばパッケージだが、「デザインしました。」と言えるような代物ではなかった。
だから、時々、約束の荷物が届かず、デザイン振興会の方に頼み込んで会場を夜遅くまで開けてもらった事などもあり、振興会の人たちとは随分、仲良くしてもらった。
その後、その担当の方が、まさか、後で、武蔵野美術大学の井口教授になられるとは、つゆ知らず、である。
「若杉君はさ〜〜、他のデザイナーとは、違って一番働いていたね〜、しかもさ〜一生懸命だった。それがすごく印象に残っていて、あいつはどうしてるかな〜っていつも思っていた。だから、声をかけるし、気になっていた。」と未だに、この不肖のデザイナーに興味を持って頂いて、ずっとお付き合いさせて頂いている。
後に、グッドデザイン賞も沢山いただいてきたが、僕の立場から見えるデザインの風景は随分変わってしまった。
世の中のデザインの民度を上げると言うことより、デザイナーのデザインメディアの、企業のデザインの振興のように見えてならないのだ。

僕は、スギダラを始めて、いろいろな地域へ行くなかで、デザインの可能性やニーズが、まだまだ、沢山あることに気づいた。
そして、そのささやかな行為は地域の人たちや、子供達を素敵にしてくれることを教えられた。
そして、デザインの素晴らしさを感じてくれる人たちが沢山いることを発見した。ただし、ただしだ、お金がない。
プロダクトデザインとかグラフィックとかのカテゴリーではない。
ありとあらゆるデザインを駆使しなければならないし、根気も時間も必要だ。
だから、儲からない。
しかしそこには、大いなる可能性と、未来、そして喜びが存在する。
プロダクトデザイン?建築?インテリアデザイン?何のデザインなのか?
おまけに限りなく経済の香りがしない。
いや経済にする力があればあるのだが・・・・・。
とにかく、すべてがオンされた新領域デザイン、広義のデザイン、社会のデザインがあるということは間違いない。

いや最近思うのだが、スギダラはその事をやってきた。
だからデザイナーでなくとも参加できるし、応援できる。
しかし、世の沢山のデザイナーは、絵を描いたり、図面を書いたり、家具、インテリアというカテゴリーで仕事をするのがデザインだと思っている。
メディアだってそうだ。
海外のショウや業界で脚光を浴びている事象に、敏感なだけで世のデザインを振興しようとか、生み出そうというクリエイティビティーがまるで感じられない。
このままでは、日本は総インハウス化(企業化、サラリーマン化)してしまう。
今を生きればいい、稼げればいい、ということだけが先に立ち、社会や地域や未来が置いてけぼりになってしまう。
自分自身が、プロダクトデザイナーでありながら、プロダクトデザインの行く末や未来に疑問がフツフツと湧いてくるのである。

会社を離れ、いろいろな人に出会う。
デザイナー以上にデザインの事を理解している経営者、リーダー、行政の人、学者・・・・・沢山いる。
そして、審美眼だって充分に兼ね備えている。
なのに、デザイナーこそが、デザインを理解しきれていない。
学生の時に学んだ事を、世に吹聴されている姿を見て、そう信じ込んでいる。
本当に、最近そう思う。
「デザイナーのみんな、本当にそれでいいのか!!」
「デザインのズレ。」
「デザインのデザイナーからの民主化。」
デザインって本当に素晴らしい仕事だと思う、可能性に満ち溢れている。
「だから、知ってほしいし、広がってほしい。」
「学生の時に感じていた、キラキラした未来であってほしい、豊かな社会を担ってほしい。」
「地域の人たちや、おばちゃんや、じいちゃんの自慢になってほしい。」
「そして、子供達が憧れる、かっこいいデザイナーであってほしい。」

「この新しく出来た、生まれたてのWOOD DESIGNがそうなってくれたら。」

そう思って止まない。

   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 所属。
2012年7月より、内田洋行の関連デザイン会社であるパワープレイス株式会社 シニアデザインマネージャー。
企業の枠やジャンルの枠にこだわらない活動を行う。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長 
月刊杉web単行本『スギダラ家奮闘記』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm 
月刊杉web単行本『スギダラな一生』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
月刊杉web単行本『スギダラな一生 2』:http://www.m-sugi.com/books/books_waka3.htm
   
 
Copyright(C) 2005 GEKKAN SUGI all rights reserved