スギダラ広場
  にっぽん飫肥杉仮面ばなし/第9話「ニット帽じぞう」

文/イラスト 河野健一

   
 
 
 

いい歳のあなたは、もうお気付きだろう。「え? 笠地蔵じゃなくて? かさじぞうでしょ!」って。でも、若い人に「笠(かさ)」って言っても、分からないかも、、、と思いまして。(笑)

あるところに、貧しいけれど心の優しい新婚さんが住んでいました。去年の暮れのこと。新妻「このままでは、お正月のお餅も買えないわ。ニット帽を編んで、フリマで売るわ」

− 天井裏からその様子をのぞいていた、ねずみの「チュッ吉」は願いました。「どうか、フリマ中(チュー)は雪がフリマせんように」気付かれないように、寝たフリまでして。

「それじゃあ、いってくるね」
玄関で夫が言うと、新妻が「あなた、ちょっと待ってー!!」とリビングから走ってきました。「はい。これは、あなたのために編んだのよ」と言って、真っ赤なニット帽を夫にかぶせ、チュッ。夫の顔はニット帽よりも真っ赤になりました。

− その様子を天井の小さな穴からのぞいていた、ねずみの「チュッ吉」がニッと笑いました。

夫は大晦日のフリマで1日中「ニット帽いかがですかー」と売り続けましたが、不景気のせいか1つも売れませんでした。「せっかく編んでくれたのに、残念でたまらない」

とぼとぼ歩きの帰り道、ちらちらと雪が降り始めます。峠に差しかかったときにはすっかり吹雪になりました。ふと見ると、道端にお地蔵さんが7つ並んでいます。
「うわぁ、こんな吹雪の中、さぞかしお寒いでしょう。さあ、これで少しでも雪をしのいでください」

夫は、そう言ってお地蔵さんにニット帽をかぶせてやります。お地蔵さんは7つ、でもニット帽は5つしかありません。「妻がボクのために編んでくれた大事な大事なニット帽だけど、ボクはもうすぐ家に着くし…」自分の真っ赤なニット帽をかぶせてやります。

それでも、あと1つ足りません。さっきフリマで、真っ赤な人から買った飫肥杉仮面を取り出します。「これじゃあ、雪も寒さもしのげませんが…」手も足も出せず、飫肥杉仮面を縛り着けられたお地蔵さん、さっきまで皆と同じ灰色の顔だったのに真っ赤になっています。

ニット帽は売れませんでしたが、何かとても良い気持ちになって、夫は家に帰り着きました。
「あなた、お帰りなさい。体が冷えたでしょう。早く温まってください。あれ? 赤いニット帽は?」
「ごめん。ニット帽は1つも売れなかった。でも、帰り道にお地蔵さんが立っていたので、この吹雪で気の毒だったから、かぶせてあげたよ」

− 「チュッ吉」は、正月のゴチソウがオヂゾウになったと聞き、天井裏からオチソウになりました。

「まあ、それは良いことをしたわね。お餅なんて買えなくても、なんとかなりますよ。お地蔵さんの役に立ったのなら、売れるよりずっとありがたいわ」
外は吹雪の寒い夜、新婚さんは、抱きしめ合って、温め合って、ニコニコしながら眠っています。

− いつものように新婚さんの間にもぐりこんだ「チュッ吉」も、そこの温かさにニコニコ。

そして・・・・・

お正月の朝です。昨夜のうちに雪は止み、まぶしい太陽の光が雪を照らし、キラキラと窓から差し込んでいます。なんだか表がにぎやかです。楽しい歌と、大勢でワイワイ言ってる感じです。

− 朝日が昇る前に天井裏に戻っていた「チュッ吉」は、「ちぇっ! いや、ちゅっ! 正月から騒ぎやがって、しょーがっねーなっ!」とプンプン。

新婚さんが手を繋ぎながら外へ出ると、お正月のお餅や、飾り物、ご馳走やお菓子が山のように積まれています。

「うわぁあぁあぁあああ、これはどういうことだぁぁあぁーー」
見ると、道を引き返していく7人のお地蔵さんの姿が見えました。お地蔵さんたちは振り返ってニコニコ手を振ります。でも、1人だけは笑っているのかどうか、ハッキリとは分かりません。

「あのお地蔵さん、飫肥杉仮面に変身していたわね」
「そ、そ、そう? き、気付かなかったよ…」
夫は、自分が買った飫肥杉仮面を着けてあげたことは内緒にしつつ、あのお地蔵さんが仮面を気に入って変身したまま過ごしてくれていることを、顔に出さないように喜びました。

「お地蔵さんたちが昨日のお礼をしてくれたんだね」
「あなた、これで良いお正月が過ごせますね」

新婚さんは、立ち去っていくお地蔵さんの姿を見て、手を合わせ目を閉じました。そして、夫だけは指先だけをくっつけたまま、肘から先で尖った三角形をつくり、杉ポーズ。

夫は、こらえきれなかった涙を流しながら、「ご馳走が、ぐすん、とっでも、どっでも、ぐすん、美味じぞうだ」。新妻は「ピクッ」と体が反応してしまいましたが、乗っかります。「あなた、とっても嬉じぞう」

【情けは人の為ならず】
人に情けをかけるのは、その人のためになるばかりでなく、やがてはめぐりめぐって自分に返ってくる。人には親切にせよという教え。(今回のお話のように、ダイレクトに返ってくることも、もちろんある)

【情けは杉の為ならず】
杉をほったらかしにすると、杉や山が大変なことになるばかりでなく、山師や材木店や製材所や大工や家具職人らが困るだけでなく、やがてはめぐりめぐって人間社会にそのツケが回ってくる。杉をもっと使おうよという願い。

   
 
   
   
   
   
  ●<かわの・けんいち> 日南市役所 広報担当 / 日南市 飫肥杉課OB / スギダラ飫肥支部 広報宣伝部長・会員番号441
   
 
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