特集  上崎橋10周年!!
  上崎橋はやっぱり「明日に架ける橋」だった。

文・写真 / 南雲 勝志

   
 
上崎橋が開通して10年。その間、集落の人々は毎年総出でメンテナンスを行って来た。サンドペーパーで磨き、オイルを施された杉高欄や杉親柱は驚くほどしっかりとしていた。何より十年間継続されてきたことが素晴らしかった。 そして記念すべき10回目のメンテナンスの瞬間に立ち会えたことは幸運だった。 思えば40年待ち続け実現した架橋に対してのこの取り組みは、集落の未来に向けた覚悟と結束の表現そのものであったと改めて思った。
   
   
  すべてはここから。2005年7月ふるさとづくり協議会   当時の永田区長宅前で初めての懇親会。説明は梶原さん
 

戦後10年を経て日本は高度成長に向かう。そこから半世紀を経てバブルの終焉を迎え新しい世紀に入った。しかし、うっかりすると何が正しくて何が間違っていて、何を信じていけば分からない時代になってしまった。 久しぶりに上崎に滞在してふと思った。僕らが知っている昭和30年代の記憶、価値観に繋がるものを上崎地区に感じた。向こう三軒両隣、一軒の価値は集落の価値、だからみんなで力を合わせる。大きく強い力で実行するのではなく、小さい集落のひとりひとりは小さいが、一生懸命みんなで力を合わせて願いを叶えていく。そして集落に来てくれた来訪者を歓迎し、自然の恵みや収穫に感謝する。それは流行のまちづくりの理論など全く無関係で極めて素朴で純粋なのだ。それは単にイベントで盛り上がるといった単純な事ではなく、そこに生き続けるという地域の本気度そのものを感じたのである。

 

 

前夜祭。 スギダラ始め面倒なメンバーがまた村にやって来る。記念式典の前夜なんて忙しいに決まっている、にも係わらず皆さんで前夜祭を企画し、準備し歓迎してくれる。永田幸夫さんの進行で心のこもった賑やかで楽しい企画。そして当然自分たちも一緒に楽しむ。高齢化は上崎も同じように向かえているはずなのに皆さんとても元気に生き生きしている。 ああ〜思い出したこの雰囲気。ちょうど10年前、本番の竣工式が忙しいにも係わらず、その前日、僕らの無理難題とも言える思いに付き合ってくれた事が頭をよぎる。

 
  いつもの場所で集落の皆さんと久しぶりの再会。
 

バーベキューを囲みながら代わる代わる思いを語る。10年前の記憶、そして興奮、今も変わらない集落の事などを皆さんとても熱心だ。渡り初めをした長谷川さん一家は今回も親子三代揃って参加。驚いたことは10年経っても変わらないのは、集落の風景だけではなく、そこに住む人々の見た目も、雰囲気も殆ど変わっていない事だった。そして当時二人だけだった小学生は4人になり、新たに村にやってきた甲斐和明さんの熱さ。お義父さん、集落に対する思いには脱帽した。ああ、日本もまだまだ行ける。捨てたものじゃない。 上崎は現在も未来に向かって進行中、元気な地域の原点はまさにここにある、そう思えた。

   
  みんな笑顔。中央は東臼杵農林振興局長徳永氏   長谷川ファミリー、お父さん佐一郎さんは開通当時の区長
 

楽しくて、料理も美味しくて少し飲み過ぎるが、僕らのために公民館に用意していただいた蒲団でぐっすり眠る。一瞬眠ったと思ったら、早くから朝食の準備をしてくれたお母さん達の声で目が覚める。ああコーヒーがのみたいと思い、無駄と思いながら「自動販売機は集落のどこにありますか?」と聞くと、「ここにはそんなものは無いよ、橋を渡って少し下った所にある。」と想像通りの答え。そうだよな〜(笑)。ところがその後で集落を歩いていると、「なぐもさん、さっきコーヒーが飲みたいと言っていたでしょう。うちで飲んで行きなさ!」と強引に家の中に誘ってくれる。最高に美味しいドリップコーヒーだった。その道すがら見た上崎橋は今までのどれより美しく見えた。それはこの10年の集落の取り組みを称えているようにも見えた。

 
  朝靄のかかる上崎橋。10周年記念を祝っているように見えた。
 

記念式典。開通当時の区長甲斐佐一郎さんの架橋までの40年の悲願の話にぐっとっくる。そしていよいよ10回目のメンテナンス作業へ。10年間この作業をずっと見守り続けた田丸さんより、この杉材は10年保証であったこと、その10年が無事過ぎたが皆さんのおかげで見た目も強度も全く問題無いことを報告し、続いてメンテナンスの作業の段取りが説明された。田丸さんの話し方から感無量さが伝わってくる。誰もやっていない日本初がまたひとつ現実になったのだ。さてそのメンテナンス作業、恥ずかしながら実は初めて経験する。皆さん普通にやっているが、やってみて始めて分かる大変さだった。特にサンドペーパーがけは結構な重労働!しかし慣れた手つきで1時間も掛からず終了。そして最後はやっぱり餅巻きで盛り上がる。

 
  大きな橋の小さな人々。この作業が10年間繰り返されてきた。
 
  見るのとやるのは違います。サンドペーパーがけは結構な重労働。
   
みんな仲良し。
  親柱、袖柱も丁寧にメンテナンス。   作業終了後はお待ちかねの餅巻き。
   
  そして作業後の祝賀会も盛大に行われる。この時のためにずっと練習してきたお母さん方の踊りがよかった〜。
 

祝賀会。すべての予定が無事に終了。僕らは集落の熱き思いをたっぷりいただいた。集落の皆さんもホッとしてようやく宴席。終わらぬ祝賀会に残念ながら後紙引かれる思いで皆さんに手を振りながら集落を後にする。ああ〜、帰り際に渡された集落で収穫したお土産に上崎の皆さんの愛を感じる。

   
  皆さんの思いがたっぷり詰まった上崎産みかんとお米   そしてスギダラの皆さん、どうもお疲れさまでした。
 

 

集落外から参加したメンバーを見て改めて思った。始まりのきっかけをつくってくれた当時の県農林振興局の植村さん、集落の皆さんを引っ張っていった梶原さん、そして竣工の準備から10年間杉高欄のメンテナンスを毎年指導、見守り続けた田丸さん、海野さん。「明日にかける橋」と題し新聞記事を連載してくれた宮崎日日新聞延岡支社(当時)の井野さん。そして熱きスギダラのメンバー。誰が欠けても出来なかった。そんな素晴らしいプロジェクトに関わらせてもらったことに改めて感謝し、この取り組みがずっとずっと語り続けられ、そして継続し、いつまでも集落が繁栄することを願っている。 また必ず来ます。みなさんどうぞお元気で!

   
  開通式の日、勝手にトロッコを走らせ盛り上がった高千穂鉄道(写真右)。今は軌道もなくなり、まもなく舗装され管理道になるという(写真左)。時間の流れは否応なく人々から過去の記憶を消しさっていく。。
 

 

 

参考記事:月刊杉 「かみざき物語り単行本」

2005年の準備段階から2007年上崎橋開通までの関係者の熱い記録。そして2年後2009年の振り返りがセットになっています。
ぜひご覧下さい。


 
 


  ● <なぐも・かつし>   デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。 
家具や公共空間の景観プロダクトを中心に活動。またひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』など。 
日本全国スギダラケ倶楽部 本部  エンジニアアーキテクト協会 会員
facebook:https://www.facebook.com/katsushi.nagumo 
月刊杉web単行本『かみざき物語り』(共著):http://m-sugi.com/books/books_kamizaki.htm
月刊杉web単行本『杉スツール100選』:http://www.m-sugi.com/books/books_stool.htm
月刊杉web単行本『2007-2009』:http://www.m-sugi.com/books/books_nagumo2.htm

   
 
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