特集  上崎橋10周年!!
  祝 10周年

文・写真 / 植村 幸治

   
 

上崎橋開通10周年記念の案内を貰って、月刊杉の「かみざき物語」を読み直した。色々と懐かしかったが、やはり自分の中では、橋の完成が間近に迫り、いよいよ竣工式の準備段階という時に、地区の意見が二つに分かれたことが一番の思い出になっている。

それまでも色々あったが、プロジェクトは比較的順調に進んでいた。しかし、最後になってそれまでの取り組みを否定されたような気がしたことを覚えている。地区の年長者の方々は、我々が考える祭りのような開通イベントではなく、オフィシャルな開通式を望んでいた。プロジェクトは橋が完成するまでの約2年半に及ぶものだったが、竣工式に向けて臨んだ最後の2〜3ヶ月が一番長く、悩ましかった。

自分の中では、ずっと「橋づくりを地域づくりにつなげたい」「この取り組みは地区のためになる」と思っていたが、このことがきっかけで、「押し付けているのではないか」と考えるようになった。

最終的には、みんなで話し合い、若者主体の開通イベントとオフィシャルな開通式の二本立てでいくことにした。
思いをぶつけながらもバランスを保ち合意形成を図ることの難しさを学び、非常に貴重な経験をさせてもらった。

橋が完成してからは、橋を一望できる永田信義さん英子さん夫妻宅に毎年通っている。1時間ほど色々と話を伺って、その後橋を眺めながら帰路に着く。地区の人達と選んだ橋の色(濃い青)が年々薄くなっているのが気になるが、手すりや親柱は毎回綺麗に磨き上げられていて、地区の人達が大事に使っていることがよくわかる。今でも地区主催で11月に橋の掃除をして、3月には橋の下で菜の花祭りを行っている。本当に凄い。今回の10周年記念でも地区の人達のおもてなしは凄かった。お土産まで頂き上崎の人達の暖かさを感じた。

そういえば、今回、長谷川さん夫妻の 娘さんがこの日のために県外の大学から 帰省していて、将来は上崎に戻り、地区 のために仕事がしたいと言っていた。 手すりに使うスギの伐採や玉切りに参加 していたあの時の小学生が、頼もしく なっていた。

 
  恒例の記念写真(長谷川さん母娘前列左から2、3人目)
 

最後に、これからも毎年、永田さん宅に通い(迷惑?)、上崎地区とつながり続けたいと思う。ものづくりに関わる者として、これほど地区から愛される橋づくりに関われたことを誇りに思うとともに、私自身を成長(?)させてくれた上崎地区に心から感謝して
いる。そして、次の10年後、20年後も変わりなくみんなで酒を飲みたい。

 
 

右岸側橋詰めにて(青色が薄くなり水色になっているのが気になる)

   
  ●<うえむら・こうじ> 宮崎県県土整備部
   
   
 
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