連載

 
新・つれづれ杉話 第5回 「木の人、土の人」
文/写真 長町美和子
日常の中で感じた杉について語るエッセイ。杉を通して日本の文化がほのかに香ってきます。
 

 
 

今月の一枚。

*話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。

近所に流れる妙正寺川をさかのぼると、水源の脇に妙正寺というお寺があります。これは、その敷地内に建っている小さなお堂の板戸。私には何の木材か判断できないけど、すごいでしょ、風雨にさらされて冬目がキリリと立っています。流水を思わせる木目です。

 
 

  「木の人、土の人」
 

うちの猫は布系です。と、突然言っても何がなんだかわかんないかもしれないけど、わかる人にはすぐわかるはず。そうです、爪研ぎの材質の好みのことです。これまで、日本の猫は柱でバリバリやるのが相場と決まっていたけれど、うちの猫はマンション育ちのせいか、木材系の爪研ぎを与えてもまったく関心を示さなくて、もっぱらソファやカーペット専門。どうも布にプチップチッと爪がひっかかる感じがいいらしい。場合によっては、障子や襖をビリビリするのがたまんない、とか、畳をぼろぼろにするのが快感だ、というのもいるけど、これって育った環境が影響するのか、それとも遺伝なのか、素材に対する興味というのは食べものの好みと同じくらい個体差があるものだ。
 それと関係あるのかないのか、素材に対する惹かれ具合というのは、人間も何か本能的な理由があるような気がする。というのも、仕事で土関係の人、例えばコテコテの土壁の家を建てる建築家とか、研究熱心な左官職人とかに続けて何人か会っていると、自分とどこか違うよなぁ、といつも感じるから。
 土に惹かれる人っていうのは、私の受ける印象としては、整然としたすっきりとしたモノに美を感じるタイプじゃなくて、自由な形や装飾的なものに美しさを見いだす人たちであることが多い。たいていの場合、血が濃そうな情熱的な人で、あまり細かいことを心配せず、前向きで大らかで明るい。「ま、どーにかなるんじゃないの」的な天衣無縫タイプが多い。ついでに言えば、ガウディが好きでスカルパが好き。わかりやすく言えば、岡本太郎的。
 じゃ、木に惹かれる人はそのまったく反対なのかと言われると何とも断定はできないけれど、多分に物事を突き詰めて考えていく真っ直ぐな人、ちょっと保守的なところがあって、話の仕方もモノのつくり方も、きちんと順序立てて構築していくタイプの人が多い、気がする。
 それで、生粋の土系の人を見ていると、「あ、やっぱ私は木系だ」と思うのだ。もちろん素材としての土は大好きで、建築空間の中に部分的に土が使われていたりするのは室内気候の調整にもいいし、土間の三和土(たたき)のひんやりとした質感なんかもとてもいい。でも、ぐわーっと迫ってくるような存在感のある土を見ると、負けてしまうのだ。ちょっと引いてしまう。
 これってうまく説明できないけれど、土系か木系か、というのは、縄文か弥生かというイメージ的な分類にちょっと近いかもしれない。地の底から湧いて出るエネルギーに満ちたパッションの文化と、どこか線の細い人為的に計算された文化と。まぁ、木の造形と言ってもみんながみんな桂離宮的に洗練されたものばかりじゃなくて、大昔の出雲大社なんかは丸太を何本も鉄のタガで束ねてドーンと建てたらしいから、必ずしも「木系」=シンプル&すっきり、ってわけじゃないけどね。
 ずっと前、テレビで世界遺産に指定されたアフリカのマリ共和国の土のモスクを見た時、あぁ、身の回りに土があれば土で、木があれば木でつくるものなんだ!と、当たり前のことにいたく感心してしまったことがある。いったい高さはどのくらいあるのだろうか、うねるような外壁が天高くそびえ、周囲に何もない砂漠のような土地で、そのモスクは摩天楼のような存在感を持って大地に根を張っている。これだけの大きさのものを、山国の日本では決して泥でつくろうとは思わないだろう。なぜなら、身の回りに森林があるからだ。自分が手に入れやすい素材で、その素材の特性を生かして暮らしの器をつくる、というのは、人間だけじゃなくて鳥も昆虫も同じである。
 土に惹かれる人、木に惹かれる人、それぞれのDNAをたどっていくと、遠い遠い祖先は別々の場所に生きていたのかもしれない。そして、もしかしたら、土系の人は鉄なんかも好きだったりして、木系の人は布が好きだったしするかもしれない。狩猟をする人と耕作をする人に分けられるかもしれない。単独行動を好むタイプか、集団で生きるタイプか、そんなことを考えると楽しい。
 ……と言いつつ、周囲を改めて見回すと、実は杉関係者にも十分エネルギッシュな暑苦しい人がたくさんいたことに気が付いた。彼らのルーツを一度たどってみたいものである。

 


  <ながまち・みわこ>ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり
 
 
   
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