連載

 

スギダラな一生/第6笑 「スギダラな外人登場!!」

文/ 若杉浩一
 
 
  皆さん、原稿遅れて申し訳ございません。なんだかんだ、ばたばたしており、しかも催促も弛かったことに甘んじておりました。ごめんなさい。
   
 

さて、今回は、スギダラな外人「ジェレミー」を御紹介したい。
ジェレミーとの出会いは、韓国のとある大企業に勤めるデザイナー吉田さんから相談を持ちかけられた事から始まる。彼は自分たちのデザインを検討する道具としてバーチャルリアリティー(CGを使った仮想現実映像:すごく奇麗に本物のように見える)を導入しようとしているのだが、どのように活用を高めたらいいのか?どのように作ったらいいのか?教えてほしいと言うのだ。ところがどっこい僕自身そのVR(バーチャルリアリティー)を良く知らないし、ましてその空間や活用を体感していないので、なんとも答えられなかった。しかし、かつては高価でCGを作るのにまた大変な技術を要し、車業界でしか見ることがなかったVRの技術やシミュレーションが、もはや、家電業界まで浸透し始めている事実を目の当たりにし、なんだか、未来がすぐそこにあり、そしてその空間や価値がどんなものかを想像すると、とてもワクワクするのであった。それからと言うものの、自分でもそのプロセスを体験したくてたまらず社内のプレゼン空間をVRの実験空間に設計変更してしまった。それでも懲りず、東大で行なわれたVR学会に参加し、様々な研究の最前線を体験した。遂に吉田さんの親分にお願いし、韓国本国のVRラボを見学させてもらった。たしかに、吉田さんが言うように、お金がかかる割に活用が難しい、なんせシミュレーションする空間が大変だ、特別で異質で人の活動を促進しない。これは僕たちがやる意義がある、そう思ってしまった。まったく根拠も何も無いのに、まして当社レベルではまだまだ時期尚早なテーマである。しかしイメージはもはや、何処の企業でもVRを使っている。しかもサイバーなイメージが全くない豊かな空間イメージがグルグル沸き起こってくるのである。「これは、おれらが、やらんといかんばい、世界がよんどるばい、千代ちゃん!!やるばい!!」「そっ、そうですね(またか)」ってな感じでまたもや突っ走るのであった。

   
 

そんな中、吉田さんの親分がVRのソフトウエアを作っているRTTという会社がドイツにあるのでそこの会社の人を紹介してくれることになった。しばらくして、僕のところへ一通の英語のメールが入ってきたのだった。読めないので、内のメンバーに訳してもらったら、日本に来るので訪ねたいと言う事だった。そして現れたのがジェレミーだった。彼は僕のオフィスにくるや、VRの話はそこそこに、杉に大いに反応した「なんて変な外人なんだ。しかもVRの最先端にいるのに、何でスギなんだ?」しかし、やたらとスギに反応し、しかも名残惜しそうにしていたので(僕は英語が喋れないので、勝手にそう思ったのかもしれない、あくまでも想像です)詳しく話を聞いたらタイに別荘を持っていて、色々な木でインテリアや家具を少しずつ作っているのだと言うのである。そこから、もはや何をしに来たかは関係がなく、すっかりスギ談義になってしまった。そして、スギダラの話やら、デザインの話やら盛り上がってしまった。彼はスギの素材に魅了され、そしてスギのデザインに感動し、そしてスギダラに大いに共感した。目がキラキラ輝いていた。余りにも喜んでくれるものだから、僕はタイの彼の別荘に、杉太を送ってあげた。さて、それからが大変である。彼は或る日、僕のオフィスへ、汗をかきながら、大きな荷物を持って現れた。しかも梱包でグルグル巻きだった。先に対応していた通訳の女の子が梱包を取りましょうか?と言っても、若杉さんが来てからじゃないとダメだと言うので、待ってましたという。
2メートルはあろうかという、大きな梱包をジェレミーと一緒に開けると、そこには僕の会社の名前が入った透かし彫りの看板が登場した。職人に頼んで3ヶ月もかかったのだそうだ、社名のバックにある透かし彫りはかなり手が込んでいる、これは時間がかかったであろう、そしてその前に鎮座するブルーの社名がなければどんなにすてきだろうと思ったのだが、汗をタップリかき、キラキラした目のジェレミーを見ると、それだけで感動してしまった。きっと僕らが喜び驚く顔を想像しながら意気揚々と来日したのだろう。この仕返しの一生懸命さに、僕は冨高小学校の子供たちの毎回のプレゼンテーションを思い出した。「なんだ、この気持ちは世界中共通なんだ」そう思うと、とてもこの出会いが偶然ではないと確信したのだった。

   
  看板
  ジェレミーが抱えて持ってきた看板
  焼肉屋   社長
  焼肉屋でキャシーと奥ちゃんと(キャシーは英語が喋れるのだ)   デザイン懇親会に参加したジェレミー(右は吉田さん、左は大学同期の岩崎 )社長乱入に皆大喜び!!
   
  それからというものの、仕事の話はそこそこにして、東京に来るたびに何らかの機会を作り僕は仲間を紹介したり、飲んだりした。兎に角、言葉は通用しない。日本語vs英語である。しかし通ずるものがある。こころざしと思いやりである。彼は一人で世界最先端のソフトウエアをアジアで広げる使命とアジアの文化を愛する、そして人を愛する人間である。とにかくごり押しをしないし、「俺たちが凄いんだ」という嫌らしさが全くない、興味と好奇心がすぐに表面に出る、そして行動する。しかもやられたものは倍返しである。恐るべき強敵登場なのである。前に強敵「上田令子」を紹介したが強敵外人「ジェレミー」登場なのである。彼の余計なお世話は途絶えなかった。「僕たちのソフトウエアと君たちの空間で世界に出よう」と、ことあるごとに世界のイベント引っ張りだそうとするし、社長に会わせたいと熱心に誘ってくれる。(そう簡単には海外に行ける訳でもないのでまだ実現はしていない。)
   
  先日ジェレミーが、ついに日本に事務所を作ることになったというので、これは絶好な仕返しのチャンスだと思い、僕は彼のオフィスをスギダラ化することを企んだ。スギテーブルとスギ飾り棚(別名:李調スギ)だけで空間を作る計画である。そして入り口には藍染めのスクリーン(奥ちゃんデザイン)で空間を引き締めた。小さいオフィスに少しだけの家具だが、スギは埼玉のフォレスト西川からとても美しいスギを協力してもらい、皆の協力でとても美しいオフィスが出来た、世界最先端の技術に日本のスギの空間、とても似合っている。 ジェレミーはとても感動していた、「どうだ、ジェレミー。余計なお世話一本勝ち!!」
   
  スギ空間   入り口ののれん
  スギ空間   入り口ののれん。藍染め。
  李朝スギ
  李調スギとスギテーブル。李調スギは4メートルある、本当に美しいスギです
  ソファベッド
  ソファベッドも入ってます
  ジェレミーはアジアのマネージャーである。そして中国、韓国、台湾、日本を中心として様々な国々の人々とビジネスをしている。そんな彼が、アジアの美しさや文化、そして木の文化や住居に触れ魅了されている。しかし我々は現実はそれを失いつつある。そして同時にオリジナリティーや人の誇りも失われつつあることを感じている。そんな彼がぼそっと言ったことがある「皆、ビジネスの中で、如何に多くことをしてもらうか、如何に多くのものを手に入れるかということばかり考えている。そんなことではせっかくの魅力が失われる」 僕はびっくりした。「人は与えることで魅力が増す」「身を委ねる」ということを海の向こうの、言葉も通じない外人が理解し、しかもそれを失いつつある我々のことを憂いているのだ。彼は仲間に懸命にスギダラのことを説明している。なぜスギなのか、このデザインの何が美しいのか、もはや僕ら以上にスギダラのことを説明している。それどころか、自分のオフィスの写真を世界中の仲間に送りつけ、その良さを広めようとしてくれている。先日ジェレミーはドイツの社長を連れ我が社に訪れてきてくれた。ジェレミーもだがやはり、その親分も素晴らしい人だった「本当にジェレミーの言った通りだった、この会社は素晴らしい」と言ってくれたそうだ。そしてスギのデザインに感動してくれた。そう、スギは僕ら日本人のオリジンなのである、そしてそのスギの素材やデザインだけでなくそれを使い、立ち振る舞い、場を作っている人がいる、そして全体が魅力的になるのである。スギから始まっているのだが、大切なのはそれに関わる人なのである。ジェレミーはそのことが解っている、いや本当はみんな解っているのだ。我々は知らない間に、そんな簡単なことを忘れ、ものや、対価や、形、結果だけを評価してしまっている。
   
  藍染めののれん
  藍染めののれんに感心するクリストフ(ジェレミーの社長)自慢げなジェレミー
   
  人の間にある心や思いやりは言葉や距離を超え介在する何の変哲もないモノを美しくする力を持っている。僕はスギダラの活動で多くの地域の人たちや、爺さん婆さん、そして子供たちから、そのことを教わった。形というデザインではないのだ、形の前後にある思いなのだ。その思いは形を長い間の時間が修練させ、やがて歴史に残る無為の形になる。僕は、なかなか無為にはなれない。今、我々はその横たわる、時間を忘れ、生まれた形のみを簡単に評価し、簡単に得ようとしている。そんなこと簡単では困るのだ、風雪の時間と人が関わってできることなのだ。
   
  生きる力は、人にやどる。そして道具や、しつらえ、空間へ伝播する。悩みも苦しみも、笑いも、シャレも、酸いも甘いも人の魅力だ。だから面白い。そう簡単ではない。結果を求めれば「生まれて死ぬ」それしかないのだ。魅力もなにもない。生きる時間が重要だ。スギダラには生きる時間がある。素晴らしさの裏にはダメもある。お笑いも、悲しさだって何だって、そして何より分かち合える仲間がいる。生きる時間を共有できる仲間がいる。何にも代え難い。 スギダラがどうなるか?そんなこと時間が解決してくれる。いつものペース、リズムでやればいい、結果なんて簡単に決めるものではないし決める事に意味も無い。
   
 

先日ジェレミーとその社長からオファーがあった「ミラノサローネに出展しようと決めたんだ、内田洋行とね。場所もコンテンツも僕らが作るから一緒に世界へ出よう」おい、おい!!また仕返しかよ。この余計なお世話返しはいつまで続くのであろうか?まったく困ったもんだ。
ジェレミーが僕たちのことを「最高の友達なんだ」と紹介してくれる、そうジェレミー、「お前だって最高だ」この暑苦しい仕返し劇はまだまだつづく。

   
  ジェレミーとスギダラ2兄弟
  ジェレミーとスギダラ2兄弟
   
   
   
   
 
  ●<わかすぎ・こういち>インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長




   
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