連載
 

東京の杉を考える/第36話 「ドイツで見えてきたこと」 

文/ 萩原 修
  あの9坪ハウスの住人がスギダラ東京支部長に。東京から発する杉ものがたり。
 

2年続けて苦手な海外に行くことになるとは思わなかった。

昨年10月のパリに続いて、今年は、ドイツ。8月16日に成田をたって、26日に帰国。エッセン4泊、ベルリン4泊してきた。用事は、昨年と同じで、「WA-現代日本のデザインと調和の精神」展の巡回展の設営とオープニング。

昨年と違うのは、4人のキュレータのうちに行ったのは、ぼくだけ。そして、ひとりでレクチャーやスピーチをしたこと。ぼくなんかが現代日本のデザインについて話をしていいのか悩んだし、ドイツ人がどこまで理解してくれるか不安だったけど、結果的には、事前の原稿づくりと、現地の優秀な通訳のおかげで、無事に役割をまっとうすることができた。

展覧会場は、エッセンの炭坑跡地にある「レッド・ドット・デザインミュージアム」。ノーマンフォスターが内装を手がけたことでも有名。古い建物内部を残しながら新しい壁や床を挿入している。レッド・ドット賞を受賞した作品が並ぶ個性的な空間だ。

「ドイツ」と「日本」のデザインの違うところと同じところが気になった。何よりも、歴史的に日本がドイツのデザインに大きく影響されていることを思い出した。1933年に日本を訪れたドイツ人の建築家ブルーノ・タウトは、日本各地でデザインの指導をしているし、今年90周年になる「バウハウス」は、日本のデザイン教育に大きな影響をあたえている。

昨年のパリでは、あまりデザインを感じなかったのに、今回のドイツで、こんなにデザインを感じるのは、日本のデザインの根底にドイツのデザインが流れこんでいるからなのかもしれない。

そうそう、今回、エッセンからベルリンへ行ったのは、バウハウスの関連の施設と展覧会を見ることが目的だった。デザインの歴史に必ずでてくるバウハウス、日本での展覧会では何度も見ているけど、現地はどんなところなのか。実感してみたいと思った。

バウハウスがはじまったワイマールまではいけなかったけど、デッサウの校舎やマイスターハウスは、じっくりと見学。一時期は、ひどく荒れていたみたいだけど、今は、すっかりきれいに復元されている。現代にできた建物としても話題になるのじゃいかと思うぐらい斬新だ。予想以上の感激。デザインのひとつの原点をみる想いがした。
ベルリンでは、ミースの美術館や小さな住宅、そして、タウトの集合住宅までみることができた。集合住宅にいたってはいまだに現役で使われている。建物もいいけど、敷地や環境のすばらしさに驚いた。

現在、日本がドイツから学ぶべきところは何なのだろうか。バウハウスの理念は、「芸術」と「産業」を一体化すること。それは、ドイツでも日本でも実現されたことなのだろうか。いや、まだまだのように感じる。近代化で分かれてしまった美しく自然とともにある暮らしをどのように取り戻していったらいいのか。

展覧会のタイトルにある「調和の精神」は、相反すると思われる要素を共存させ、結びつかせ、相互に作用させながら新たな価値と形を生み出すこと。それは、自然と人工、手仕事と機械生産、伝統手法と先端技術、地方と都市、日本的なものと西欧的なもの、遊びと実用などなど。これをデザインの創造における「和」と見ることができるのではないかと考えている。

もしかしたら、「調和の精神」が、もう一度「芸術」と「産業」を一体化することを可能にするのだろうか。バウハウスの流れをくむ「ウルム造形大学」の成り立ちが、未来の暮らしを成り立たせる方法としての「デザイン」を学ぶことを指向していたとすれば、産業や経済の奴隷としての「デザイン」ではない、社会や暮らしのためのもうひとつの「デザイン」を取りもどすことこそ、日本がドイツに学ぶことなのだろう。

デッサウからベルリンに戻る列車の中で、延々に続く植林された林を見た。何の木なのわからなかったけど、ドイツにも、日本のスギダラケとは違うけど、どこかで共通の状況があるような気がした。ドイツもまた、自然と人との関係を調和させることに苦労しているのだと思う。

「世界スギダラケ倶楽部」の発足の日も近いのか。

   
 
   
 

「WA?現代日本のデザインと調和の精神」展
http://www.jpf.go.jp/j/culture/exhibit/oversea/wa/index.html

第27話 「パリで見えてきたこと」
http://www.m-sugi.com/39/m-sugi_39_tokyo.htm

レッド・ドット・デザインミュージアム
http://www.red-dot.de/

   
   
   
   
  ●<はぎわら・しゅう>デザインディレクター。つくし文具店店主。
1961年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。
大日本印刷、リビングデザインセンターOZONEを経て、2004年独立。日用品、店、展覧会、書籍などの企画、プロデュースをてがける。著書に「9坪の家」「デザインスタンス」「コドモのどうぐばこ」などがある。
http://www.tsu-ku-shi.net/
   
 
Copyright(C) 2005 GEKKAN SUGI all rights reserved