連載
  スギダラな一生/第34笑 「い〜ほその ちょうぶ〜」
文/ 若杉浩一
  テクニカルデザインセンター 初代センター長、細井部長へ  
 
   
原稿がまたまた、遅れてしまった。なんだか、ばたばたで、地に足がつかない。仕事は増える一方。そして、またそれに輪をかけ、呼ばれ呼ばれて地域に出かける、そこでまた盛り上がり、プロジェクトが出来上がる。その上、会社のドタバタにも巻き込まれ、評価は下がる。価値ある仕事だと思いきや、またまた不良債権扱い、ほんとに世の中、厳しいものだ。
しかしそれでも、さっぱり懲りていない、やめない自信があるからだ。いつもこんなふうに、色々なものをつくってきた。何かが出来るには時間がかかる。
こんなシビアな状況の中で、僕は、相も変わらずチームのなかで、バカバカしい盛り上がりで大騒ぎをしつつ、仕事を楽しんでいる。
ひとつ最近の盛り上りネタを紹介したい。
   
  今、積水ハウスさんの仕事を手伝っている。
僕はこの会社に名前が「セクスイーハウス」に聞こえてならない。いやそれどころか「何でセクスイーハウスじゃないんだ?」なんて考えると、もう言いたくてしょうがない衝動にかられる。いやそれどころか誰かにもこの衝動を味わってもらいたい!! いや体験してほしいという思いに駆られるのだ。
スタッフに「このセクスイーハウスの件だけどさ
「あセキスイですね」「違う、セクスイ
「セクスイ?」「違うって、セク、スゥイだよ、言ってみろ」「セクスイー!!」
「お前アホか!! いいか、スゥエク、スゥイだって、言ってみろ、大きな声で」「スッ、スゥエク、スゥイ!!」「よし、良くなった、どうだ、楽しいだろ」という具合で、スタッフに強要してしまっている。
チーム内では、うかつにこの社名を言ってしまうと「何?今なんて言った?もう一回言ってみろ」という「セクスイループ」が始まる、このクソ忙しい時にも関わらずだ。皆、はた迷惑きわまりないだろう。
もう、周りは大笑いなのだが、言ってしまったスタッフは後悔と自責の念。
しかし、このやり取りが、一瞬にして厳しい状況の空気を柔らかくする。
このシリーズの傑作がある。
スタッフから、電話が入った、「今打合せしているんですが、いいですか、積水の件ですが」「何、今何て言った?」「はい、セキスイです」
「あ?」「いやセキセキスイです」「あ?」「はいセキスイです」
「アホか、いいかよく聞いてろ、俺が言うぞ、セクスイだ」
「若杉さん、すいません、今、お客さんがいるので、勘弁してもらって、いいですか?」
「なんだってぇ?だからちゃんと言えよ、いいかもう一度言うぞ、セクスイイだよ」
「解りました、もう!言いますって、セクスイ
「聞こえね、大きな声で」
「セクスイでしょ」
「何だよ、そのちっちぇ声は、いいか、電話を口から離せ、そして、もう一度聞こえる位大きな声で言ってみろ」
「あのお客さんが・・・、わわ、解りました、言いますよ、言います。いいですか、スエクスイ!!!!!!!!」
確かに聞こえた。大きな声だった。そのやり取りを聞いて、チームは大爆笑、涙を流して笑っていた。僕も思わず大笑いである。
「若杉さん、言いました。どうですか?」
「いい!!いいよ。それでお客さんはどうだ?」
「苦笑い、してます。」「いい、合格!!」
スタッフからパワハラと言われているが、何だか可笑しくてたまらない、思い出すだけで皆が大爆笑になる。
こんな事で、盛り上がって、積水さんには恐縮だが、最近の意味不明な我がチームの盛り上がりの紹介である。こんな些細な喜び、楽しみが僕はとても好きなのである。言わされるはめになったスタッフには、本当に申し訳ないが。
   
  いきなり、くだらない話で恐縮だが、今回はこのまえふりに、相応しい人を紹介したい。我がテクニカルデザインセンター(TDC)初代センター長、細井センター長である。
   
  彼との出会いは、僕が入社して5年目ぐらいだろうか、だから21年ほどの付き合いになる。いや思い起こすと、その前からである、僕は入社して彼が受注した東北の電力会社の役員用の家具のデザインとレンダリング(デザイン詳細画)を書いた覚えがある。
   
  その後、彼は開発部に入り、家具の中でも超マイナーな床、壁面収納等のメインとはかけ離れた製品を担当していた。覚えがあるのは、なんだか頼りなくて、存在が薄かった。なんせ当時開発部と言えば営業でも生え抜きがやってくる、弁がたち、声がでかく、僕なんか、いつも言い負かされる人ばかりなのだ。
その中で細井さんの影は群を抜いて薄かった。おまけにデザインと関わりのないものばかりやっているので、一緒に仕事をすることはほとんどなかった。僕が彼を知ることになったのは、出張で細井さんの実家の新潟の温泉宿に泊まったところあたりから始まる。彼の実家には兄さんが番頭さんの仕事をしていて、これが、本当に細井さんそっくりなのだ。一方でお母さん、つまり女将さんは、天真爛漫、元気で明るく、沈黙という瞬間がないような太陽のような存在だった。後で細井さんから聞いた事だが、温泉宿の男衆なんて、仕事をしない事が仕事なんだ。女がメインで男はひっそりなんだと、もっともらしい講釈を受けた。
まさしく、細井さんの当時の存在はこのポジションを全うするようなキャラだった。僕が細井さんと仕事をするようになったのは、会社から干されて、デザインチームに帰ってきたものの、相変わらず仕事が無く、色々な所でデザインの仕事を物色しているときだった。当時細井さんは、相変わらず「キワモノ専門」の仕事をしていた。彼が開発していた、分煙のための煙をきれいな空気にする「スモーキングステーション」の開発から始まる。僕は単なる機械ではなく、家具化するためのシステム展開を提案した。
これに細井さんは、頼り無さげに「いいんじゃない」というのだ。まったく良いのか悪いのかハッキリしないのである。こうなりゃ自分の感覚を頼りにやるしかないと思った。しかし残念ながら、この仕事は途中で外部のデザイナーをトップから起用され、結果、僕は脇役としてやる事になった。相変わらずの嫌われ者である。
そして、色々なことがあったが、このキワモノ「スモーキングステーション」はヒット商品になった。
僕は、このことから、細井さんと急速に仕事をすることになっていく。
仕事をする中で解ったのだが、細井さんは、他の開発メンバーには無い豊かな発想力、センス、そして素直な視点を持ち合わせている。当社の伝統スタイルの大声で目立つだけの開発担当者とは違った魅力を持っていた。
   
  プラズマディスプレイが出現した時の事だった。40インチクラスで150万だったが、僕と細井さんは、これを見て感動したのだ。いずれ大型ディスプレイは、テレビを見るものではなく、色々な場面でプレゼンテーションや、今のホワイトボードのような存在になる。これでオフィスのプレゼンシステムを作ろう!!と意気投合、結束し、嫌われていた上司を口説き、業界初の移動型プラズマスタンドとテーブル、入力切り替えシステムを合わせた製品を作った。どこにもそんなスタンドを作る工場がなかったので僕たちは、当社のテーブル工場に頼み込み製品にしたのだ。今となれば当たり前で、どうってことは無いのだが、当時からすると何だこりゃ?みたいな感じだった。
この製品群は、今や工場の稼ぎ頭の一つになっている。
そして、当社のデザインの流れを変えたオフィスデスクシステム「D-MOLO」、建具のシステム「SMART INFILL」も細井さんと一緒だった。いつも新しい、キワモノばかり一緒に追い求めていた。そんな中にも関わらず、細井さんは、メイン商品を一つも開発することなく、開発課長、そして開発部長になった。
開発部長の時なんか、従えている課長達は百戦錬磨の弁が立つ、一過言ある、うるさ方ばかり。細井さんは実に丁寧で、切れる判断をするのだが、頼りない味が勝り、いつも課員はそんな細井さんに対してブツブツ言っていた。
「細井さんが決めてくれない。○○してくれない。」というのだ。
「お前が決めればいいじゃないか!! 気づいたあなたがやりゃいいじゃないか!!」いつもそう思っていた。細井さんに、そんなことを望む、期待する、変えようとするぐらいエネルギーがあるんなら自分が配役を変えればいいだけの話だ。細井さんが望んでいたのは、そんな力と想像力なのだ。
枠なんか、あるようでない、役割や役職なんて決まっているようで実態は決まっていない、それぞれの関係性や舞台の設定の中で最高のものになるように、配役を変えればいい、僕らの仕事は最高の出し物を作れるかどうかなのだ。
配役やプロセスに、酔っている場合ではない、いくつもの役割と関係を持ちながら動いて行かなければならないのだ。そう、ジャムセッションのような感じだ。俺はクラッシックだから、打楽器だからなんて言っている場合ではない。
  細井さんの力、それは自由で豊かで今までにはないステージを作る力なのだ。
僕は、この細井さんのステージで一緒に沢山の製品やイベント、大学や研究チームと研究開発を行ってきた。それが大きく広がり今に至っている。
外の皆さんが、「あんなことやれる、許せるというのは経営陣が凄いからなんでしょうね。」なんて仰るが、ほんとは細井さんがいて、ボケてくれて、守ってくれて、「いいんじゃない」と言ってくれて、ドヤされてくれたおかげだ。
   
  前に、袴田(キャッシー)が僕のせいで、経営陣に締め上げられている細井さんに「切られ侍」というあだ名を付けた「切られ侍」である。切られることを旨としている侍なんて、そもそもいない。しかし大爆笑、本人も大笑い。これが真面目な上司だったら、ブチキレルところである。
それどころか暫くして僕にこんなことを言うのである「若杉、この本いいぞ。福本清三の『おちおち死んでられません』日本一の切られ役だよ。とにかく面白い読んで見ろよ。しかしさ袴田は才能あるよな、ずばっと名前つまり配役を言い切れる力だよ。なるほどなって思って調べたらこの本に行き当たった。俺ってそういう配役なんだと思ったら次に、どう面白いんだろう?って読んでみた訳さ、いいよこれ、あのラストサムライに出た人だよ」 そして僕はこの本を読んだ。実に面白かった。
「切られるってことは、ただ切られるんじゃない。切る人がいて、切ったという臨場感を満足を与えなければならない、ほんとに叩き切ったるという気になってもらわなければならない。」切られるという役があるということ、そしてその必然性、美学、思い。そしてスターを輝かせる為の地道で日が当たらない役回り、しかし、それも配役なのだ。
切る人がいて切られる人が存在する、当たり前だが、一人では、切る人だけでは成り立たない事実、そしてその妙。
「細井さん、今度社長に怒られるときは、思いっきり怒ったぞって思わせる感じで行きましょうよ」「こんな感じか?」「いやいや、こんな感じ」
「そりゃ、やり過ぎでバレるぞ」「いや、これくらいは行かないと」
「今度、何時来ますかね、楽しみですね」「おうおう、楽しみ?違うだろ!!」
「お前ね、お前のおかげでこんなになっちゃってるって言うのに。そんなので盛り上がってどうするのって!!」
「何言ってるんですか、こうなりゃ内田洋行いちの切られ侍、細井康晴。『どこかで誰かが見ていてくれる』ってどうですか?」
「やめなさいって」
こんな感じで漫才コンビが成立していった。僕がお客さんに細井さんを紹介する台詞が、こうだ。
「あの、ご紹介します。たいへん僭越ですが、僕のボスで細井です。」
「おい、それはないでしょって。どうもお世話になっています。細井でございます。いつも若杉がご迷惑をかけておりませんでしょうか?」
「いつも楽しくっていいですねって?みなさんいつもそう言われるんですが、こっちはこれが毎日ですから。もう、たいへんなんですから。もしよかったら御社でもお試しになりますか?」
「おい、おい!」
という下りである。この台詞で二人の立ち回りと役割が見えてくるのだ。ある方がこんなことを仰っていただいた。
「このチームは、凄いですよ。ヤクザとサラリーマンが同居してる。大体、ヤクザだけで群れているか、サラリーマンだけで世界をつくる。この混ざり合いが力なんですよ、しかも同じ言葉で話し合えている。そもそも、お互いにコミュニケーションができない、多勢に無勢で、ヤクザと関わり合いなんて持たなくても生きて行けるのに。面白いな。」
   
  細井さんは、大学で社会学を学んだ。ある時こんなことを教えてくれた。
「あのさ若杉。社会学で役割論ってあるんだよ。人はそもそも、自分の立ち回りや役割ってほんとは見えない。他人からの期待や役割から、それになり切ろうとがんばる。そしてその役割を全うして形ができるんだ。そう思うとまだまだ、沢山の役割って自分の中に眠ってるんだよ。面白いだろ
「若杉、この本面白いぞ。内田樹。この人さ合気道やってるんだよ、肉体と脳の話、面白いぞ。こういうことなんだよ、例えばさ、体って右足出して左足出して歩いている訳だけど、考えて出している訳ではない、瞬時に体が反応して動いている訳だ、こんなもの考えてたら歩けやしない。サッカー選手ってさ、ボールがどこに来てどうなるなんて考えてない、相手、仲間の一瞬の動きや表情を察知して予測された次のアクションを行う。つまりその判断や思考は身体から離れてスタジアム全体の世界を感じ瞬間で動く能力、それが研ぎすまされた奴が名選手って言う訳だよ。武道でさ、見合って微動だにせず、参りましたってあるじゃない。あれってさどう動くか一瞬で決まる訳さ、表情や微かな動きすら逃さない、一瞬だよ、その感じ、それが解る訳さ、頭だけじゃないんだ解るってことは
僕はこんな感じで、細井さんからおそらく、自分じゃ全然解らなかったことを沢山学んだ。
彼は、実に色々本を読んでいる。そのたびに僕に紹介し読ませてくれた。僕も触発され感想を語り合ったり、特にお互いに落語が好きで、面白いネタを紹介し合ったりしていた。表現や生き方、筋は全く違うが、何か共通する好奇心?体付き?運動体?何だろう?そこで通じているのだろう。(本人はそう思っていないかもしれないが・・・)ほんとに随分教えてもらった。
僕は、この会社にデザイナーとして入ってデザインを何とか解ってほしい、デザインで会社の役に立ちたいと思っていた。そのエネルギー、思いの強さが、会社から嫌われ干され、それでも懲りず解ってもらうべく様々な手を使い、格闘技のように捩じ伏せようとしていた。そして孤立した。
技は年を経るごとに巧くなり、相手を攻略できるようになった。しかしそんな僕に細井さんが教えてくれたこと。
   
  「あのさ、皆さ、そもそも若杉が言ってることが解らないんだよ、いや元々解らないし、解らなくても生きていける。それにそんな、会社や未来のことなんか、本当はさ、本当は考えていない。振りをしている、役を演じてるんだよ。それで給料貰えるし、会社よりもっと大切なものがある。そこにさ、正論や未来なんて言われたら、面倒くさいなって思う訳よ。フタをした方が早いんだよ。そもそもさ、違う領域の人が出会ってる訳さ、言葉が通じないんだよ
それよりさ、見た目や態度で判断する方が早いって。何か仕出かしたらやっぱりなってことにした方が簡単なのよ。そんなもんなんだよ。そもそも解らない前提に立つんだよ、そうするとさ世界が変わるだろ?なあ、ホッとするだろう、悪気はないんだって。コミュニケーションが一番難しいって思う訳よ。だから、相手を理解することから始める、そして時間をかけるしかないんだよ。」
   
  僕は目が点になった、ささくれていた心の鱗がとれた気がした、熱い何かが込み上げてきた、合点がいった、そして安らかになった、次の世界が見えた気がした。
僕はこの一言を大切に生きている、このことをベースにしてデザインをやってきたと言っても過言でもない。ささくれ、荒くれ、攻撃し、捩じ伏せるデザインが変わった。そして時間をかけることを知った。
   
  スギダラをやり始め、会社からは理解もされず、むしろ様々な目に合う中で、ただ一人サラリーマンが応援してくれた。会社に、皆に出来るだけ伝えよう、広めようと懸命に動いてくれた、休みの日にも関わらず手伝ってくれた。
自腹ばかりの地方巡業をある時から会社で支援すると言ってくれたり、面倒な役割を担ってくれた。それがなかったら、今はなかったと思う。
面倒で、獰猛なデザイナーが初めて外の人と通じ合った。こんな面倒くさいことに、よくつきあってくれた、感謝してもし足りない。
細井さんの能力、それは通じ合える力と知恵、能力、たたずまい、そして時間に耐えられる心、優しさ、心を解放する、ゆだねる大らかさ。全くやられっ放しだった。一本も二本も何本も取られてしまった。
そして、出会えて本当によかったと思う。
   
  ある時、細井さんがこう言った「若杉、俺さ、今度さ工場の社長になるんだ。だから、もうデザインチームをやめなきゃいけないんだ。これから面白くなると思ってた。ようやく見え始めたところでさ、やり残したことが沢山ある。・・・・・」その後のことはあまり覚えていない、ただただ、悲しかった。
そしてまた一人になるのかと思った。
   
  「若杉がさ、やってることは正しいと思うんだ。スギダラとかさ。閉じていないんだよ、独り占めしてないんだよ。うまく言えないけど、きっとそう言う時代になる。だから沢山の外の仲間の力を借りて、正しいことを応援してもらって、社内の皆に伝えて欲しいんだよね
そう言って去って行った。
   
  また最初からになってしまった。しかし前とは確実に違う、細井さんの知恵が備わっている。またやり始めよう、細井さんのようにはいかないが、丁寧に時間をかけ自分流に、会話をしていこう、そして誰かに、このことを伝えよう。
   
  今も時々電話で話をすると「若杉さん最近も駄洒落の方、随分、御盛んなようで。しばらく離れますとすっかり感覚が弱ってきますね」なんて言っている。
新たな僕の役割が見えた。細井さんがボケないように駄洒落を連発するしかない。そうしないと、また帰ってきた時、漫才コンビが組めなくなる。
「組んでないってば
細井さんの声が聞こえる。
   
  ほその ちょうぶへ(「細井部長」の業界用語)感謝の気持ちを込めて。
   
 
  2010年7月、細井部長の壮行会にて。若杉:「たいへん僭越ですが、僕のボスで細井です。」 細井部長: 「おい、おい!」の瞬間。
   
 
  こんにちは下妻です。 この挿絵は以前若杉さんがまたいつものように思いつきで言った駄洒落を カルタで表現したものです。 某海外アニメに出てきそうな顔ですね。
   
   
   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
『スギダラ家奮闘記』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm
   
 
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