連載
  いろいろな樹木とその利用/第25回 「ヤマグワ」
文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
   皆さんは地図を見るのはお好きですか?
 私は、特に古い地図を見るのが大好きです。現在と比べてどのように変わったのか、変わらないのかを確認したり、地名の変遷や、廃線になった鉄道や、廃村の場所、あるいは軍需工場だった場所が現在どうなっているのかを知ったりするなど、興味は尽きません。
 さて、地図記号で樹木を表す記号がいくつかありますが、その中でもこの植物はハイマツと並び単独で記号(桑畑として)を持っている樹木であります。
 第25回目はヤマグワです。
   
 
   
 
  ヤマグワの果実熟成中(平成21年6月27日撮影)
   
   子供の頃真っ黒なヤマグワの実を食べた記憶のある方もいるのではないでしょうか。結構甘くて、美味しいのですが、黒くなるまえに食べると美味しくありません。
 果実は、熟さないうちは種が成熟していません。動物によって遠くへ運んでもらうためには、種が成熟してから動物に食べてもらわないといけないため、熟さないうちは苦かったり、酸っぱかったり、毒性があったりして美味しくないのです。
 そんなヤマグワですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●養蚕に
   明治日本の殖産工業といえば、養蚕です。開国したばかりの日本は外国(欧米)に追いつくため、産業を興し、輸出をして外貨を稼がなければなりません。
 そこで出てきたのが絹糸の輸出です。
 絹はご存じのようにカイコ(カイコガの幼虫)がはき出す糸ですが、カイコガの食草がクワであるため、クワの葉が大量に必要になります。蝶類蛾類は、多くの場合食べる植物が決まっていてそれ以外は食べませんから、クワの葉でなければなりません。カイコは芥子粒ほどの卵から孵って脱皮を繰り返しながら重量で10000倍も大きくなり、3週間ほどで、繭を作るようになります。
 カイコ1頭(匹とは言わない)は約25〜30グラムほどの葉を食べ、さなぎになります。
   
   さて、かつて盛んに行われていた養蚕ですが、現在では限られた地域だけになってしまい、桑畑もなくなりました。現在桑畑跡にはスギが植えられたりナラの広葉樹林になったりしています。もし、スギ林にクワの木が生えていたら、もしかしたら、そこはかつての桑畑だったかも知れませんね。
   
   
  ●生薬として
   クワの葉は「桑葉(そうよう)」といい生薬として使われ、お茶として飲まれています。クワの根皮は「桑白皮(そうはくひ)」といい日本薬局方にも出ています。
 どちらも解熱、鎮咳、利尿、血糖・血圧降下作用があるため、咳止め薬や高血圧予防などに利用されます。また、カイコの糞(蚕砂(さんしゃ))も薬に用いられます。
 クワの実も「桑椹(そうじん)」といい生食したり薬用酒に入れたりして利用しますが、大変美味で滋養強壮、疲労回復効果があるといいます。
   
 
  ヤマグワの葉。切れ込みなしタイプ (平成23年6月4日撮影)
   
   
  ●材や樹皮の利用
   ヤマグワは本来高木性なのですが、小さい数m程度のものしか見かけません。しかし北海道小樽や新潟県佐渡島、群馬県沼田には大クワがあり、天然記念物となっています。樹齢は1300〜1500年とされており、一見の価値ありです。お近くの方はぜひ見に行ってみてください。
 クワ材の用途で有名なのは、おわんや杯です。クワの材で作られたものは健康によく、お酒にも悪酔いしないといわれています。ほかにも、箱、お盆、ひばち、彫刻材などに利用され三味線の胴に使えば大変優美な音を奏でます。また、馬の鞍にも利用しました。
 樹皮は、繊維質が強いのを利用して紙の原料としたり、綿の代用にしました。皮の白い部分を焼酎に漬けたものは桑酒と称し利用されました。
 樹皮繊維の利用方法は次のように煩雑ですが、しっかりしたものができるようです。
 
  (1)乾燥した桑の皮を流水に浸し、粗皮をやわらかくする
  (2) 再度乾燥させ、杵などでついて粗皮を落とす
  (3) 水に浸漬し、発酵させて、繊維を切れ切れにする
  (4) その状態になったものを水洗いし乾燥させて綿状の繊維を得る
  (5) 綿を紡績機械にかけて織る
   
   
  ●葉の変異
   ヤマグワの葉は変異が大きく、切れ込みがないものから、1つ切れ込みがあるもの、2つ、3つ、4つなど、いろんな形態をしています。図鑑では切れ込みのないタイプが描かれることが多いので葉っぱだけで覚えるのは要注意です。
 一つの枝にはいろいろなタイプは混在しません。
  サンカクヅルやノブドウという植物も、切れ込みがあったりなかったりします。
   
 
 

ヤマグワの葉の切れ込み状況。1つ

 
4つ
5つ
   
   
  ●桑の実
   イチゴのような実がなるため桑の実は「マルベリー」といいます。マルベリー(Mulberry)
 桑の実のお酒「桑椹酒」「桑実酒」のつくり方は、熟した果実をすりつぶしてろ過し、ろ過した液1升につき焼酎1升1合をいれ、白砂糖も加える、とできます。
 果実を乾燥したものは関節痛の痛み止めにも利用しました。
   
   
  ●方言、別名
   クワ、ササグワ、ノグワ、カベ、イヌグワ、ジグワ、タングワ、ツミクワ、グワ、コホウグワ、ドンドロキ、カーダケ、アツラ、トドメ、マグワ。
 ちなみに、方言で「ヤマグワ」という場合、「ヤマボウシ」である場合がありますので注意です。
   
   
  ●桑畑の地図記号
   冒頭の地図記号ですが、植生記号に分類されているなかで、現在具体的に植物名が出てくるものは、ハイマツだけです。ほかは桑畑(ヤマグワ)、茶畑(チャノキ)が具体的です。
   明治中期の地図記号では、現在では「針葉樹」でしか表現されない「杉林」「檜林」「松林」や、広葉樹の「なら」「くぬぎ」を分けていたこともありましたが、あまりに煩雑だったためかすぐに姿を消してしまいました。
 近々桑畑もなくなってしまうかも知れませんね。
     
 
はいまつ地
桑畑
茶畑
   
   
   
 
【標準和名:ヤマグワ 学名: Morus alba Linn. var. stylosa Bur. (クワ科クワ属)
    Morus bomycis Koidz.
    Morus japonica L.H.Bailey
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 林業普及指導員。樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
月刊『杉』web単行本:
「いろいろな樹木とその利用」 http://www.m-sugi.com/books/books_iwai.htm
「いろいろな樹木とその利用2」 http://www.m-sugi.com/books/books_iwai2.htm
   
 
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