特集 天草高浜フィールドワーク2012

  2012高浜フィールドワーク+リデザインワークショップ
文/ 藤原惠洋
 
 
   昨年に引き続き天草・高浜のまちを歩いて皆が考えたフィールドワークの成果とは、地方が蘇るには多士済々の人材が必要、しかし地方はそのことをわかったうえで人材を求めつつも、実際にはたやすくランディングすることなんか簡単じゃない、という困難さをあぶりだした意見交換の場が一番大きな収穫ではなかったかというもどかしさたっぷりの矛盾を孕んだリデザインワークショップを振り返る。
   
   
  (1)2012年7月14日(土)
   
   舌線と称されるほどの複雑で粘着質の梅雨前線が九州の北部に停滞した。山稜の南斜面を嘗めるように停滞してしまったことで、日田や八女や菊池や阿蘇を狙い定めながら、いよいよ集中豪雨はひどくなるばかり。それは「かつて体験したことがない」と気象庁による公的な観測予報が吐露してしまったほどの残酷な降雨となり、滝のように流れ出した河川は濁流となって家屋を押し流し九州北部の扇状地の多くを浸水させ、社会的な機能を麻痺させていった。
   このときばかりは日頃の行いが悪いのだろうと謙虚に己を振り返らざるを得なかった。7月14日(土)の早朝、福岡市内の南に位置する大学キャンパスを借り上げバスで出立しようという頃、私たちの目の前にはまさに舌線の暗雲が漂うばかり。これまで何度も通い馴染んだ熊本県の天草に向けて動き出すが、バスの運転手は呆れ顔でいつ着くかわからないとつぶやく。聞くところ、福岡から熊本へ縦断する九州自動車道が不通となり、経路の国道3号線も冠水したらしい。それでも行くしかない。天草の高浜には、私が一人で企画を進めてきた2012高浜フィールドワーク+リデザインワークショップの仲間が待っているのだ。
   
   東京から前日、あのサムソン・ジャパンの吉田道生さんが率いる選抜学生デザインパートナーシップ・メンバーが凄腕デザイナーのメンターとともに福岡入りしていた。早速、キャナルシティ博多の中でフィールドワークやワークショップの勝利を願って(誰と戦うって言うの?)前夜祭を開催するとのこと、早速私も駆けつけおおいに英気を養っていた。
   その翌朝のことなのだ。流石さすが、デザインパートナーシップ・メンバーたちは黒塗りのタクシーで大学キャンパスに時間とおりにやってきた。しかし暗雲垂れ込める空を見上げて、私は深い溜め息をつかざるをえない。
   
   ままよ、出発進行!高速へ乗ることもできず、下道をゆるゆると進むしかない。いつもなら4時間程度で到着する地へ無限に続くような移動の時間をかけていかざるをえなかった。途中でトイレ休憩や昼食をとりながら、先に気分が落ち込まないよう工夫を重ねつつ目的地へ向かう。そして時折、インターネットで先発隊による現地の様子や高浜地区の人々の待ちぼうけ姿が伝えられてくる。なんとこの間、東京から一足飛びに福岡空港を経由して天草空港入りした若杉浩一グループのほうが先に辿り着くという逆転現象すら生じていた。
   このとき繰り返したのは飽くこと無き自己紹介の繰り返し。ご存知スギダラ三兄弟の南雲勝志、若杉浩一、千代田健一の諸氏によってスギダラ会合時に始められた交流儀礼であり対人儀式である。
   陰鬱とした空気が生じないよう、どこかあっけらかんと進めるしかない。そこで1巡目には、参加者の特徴や目印、2巡目には得意技、そして3順目には苦手ごと、そして4巡目にはこれから行く天草のことを夢見ながらの私、と執拗にバスの中でマイクメッセージを重ねていけば、車窓から見える豪雨の風景を気に病む暇もなく、いつしか天気も晴れて来て、行路をやむなく有明海沿岸にとって進む道すがらも決して苦しいばかりのものではなくなった。
   
   遥かに予想を超え8時間かけて私たちは天草・高浜へ到着することとなった。すでに若杉グループや熊本大学グループが高浜公民館を暖めてくれていた。もちろん高浜の住民の方々も鶴首しながら待っていてくれた。遅れて到着した私たちは、こうした方々に突き放されることなく、万雷の拍手で迎えてもらことになった。感涙したたるひとときである。
   
   波瀾万丈のスタートとなった高浜フィールドワーク+リデザインワークショップ、夕刻ともなりつつある公民館でまず最初にせねばならぬことは参加者相互の紹介ならびに引率した学生諸君をホームステイで受け入れてくださるご家庭との交流交歓である。すでに前入りした若杉グループはじめ自己紹介は手慣れたものでスムーズに進行、そしていよいよ受け入れ家庭の紹介と分宿に至る。
   もとより昨年のフィールドワーク企画創設時より試みてきた民間ご家庭へのホームステイには二つの目的がある。
   ほぼ無償に近い状態で学生を受け入れていただくという相互関係を生み出すことが、近代以降の市場経済社会が喪失してきた愚直かつ前近代的な贈与(ギフト)関係を再生していくことであり、地域社会の魅力を顕在化していくにはこの贈与の魅力を皮切りにすることが望ましい、と私が地域再生の極意として構想してきたこと、ということ。そして今、閑散としきった高浜地区にとって、今後の地域づくりや元気再生へ向けた活力導入のいっかんとして、ゆくゆくは民泊・民宿という形式を用いて他者を受け入れることが大きな再生事業の核となっていく、そのための良き体験をわずかずつながらでも積んでいただきたい、ということ。しかし実際にはこうした説明では受け皿母体の高浜地区振興協議会に納得していただくことはなかなか難しい。そこで、若い学生諸君に懐かしい田舎の生活体験をさせてください、と簡潔に申し出て始めたことだった。
   
   サムソンによる学生が6名。そして熊大生3名、九大生・大学院生が9名、昨年に比べほぼ倍増した彼らを受け入れてくださる家庭は高浜地区振興協議会に依頼したが、海のものとも山のものともわからない学生を受け入れてもらうということは簡単ではない。しかし受け入れてくださるご家庭が無事6つ登場したため、公民館の会場で出会いの儀式をした後、早速受け入れ先へ移動してもらった。時は夕餉の時間である。食卓でご家族と学生諸君は自己紹介を媒介させながら、きっと有意義な交流を生み出してくれると信じて送り出す。
   
   一方、残る社会人や藤原惠洋研究室の運営スタッフには地元の茶碗屋旅館に合宿状態で入ってもらうこととして、こちらも移動した後、部屋割りし、早速大広間を会場に高浜地区振興協議会主要メンバーとの交流宴を設けることとなった。冒頭より祝祭的な交流手法は地元のアイデアである。それだけに私たちも応じるノリの良さが身上となる。企画者であり主催者でもある私が、宴もたけなわとなった頃、浴衣姿のままカラオケに興じてみせたのは言うまでもない。
   
   破天荒なスタートだが、今回の参加メンバーには、ゲストとして東京から招聘したメディアアートプロデューサーの岡田智博氏、アメリカ西海岸から招聘した建築家ジョン・マーティン・トゥブルス氏、地元の天草から新進気鋭の石工 千葉友平氏が参加。三日目最終日のまとめの国際シンポジウムを賑やかしてくれた。
   スギダラメンバーでJR九州の施設部を代表して峯雅彦氏、荒川堅太郎氏、遅れて稲森智章氏、さらには長崎県壱岐市から建築家 森田健太郎氏が馳せ参じ、福岡から来訪した建築家 斉藤昌平氏、大牟田市から参加したメディアクリエイターの佐藤忠文氏、地元の丸尾焼五代目 金澤一宏氏、長らく高浜地区まちづくりを支援してきた熊本市の高木富士川計画事務所の宮野圭輔氏、宮野岳明氏、日田から水資源機構の住谷昌宏氏を事務局役のタカクラタカコ氏が誘ってくれ、多士済々がより集うこととなった。
   
   一方で集中豪雨の伏兵に立ちはだかられた仲間も直前まで思案し続けた。スギダラJR九州施設部の顔でもあった津高守氏は6月に栄転し大分支社長として久大本線や豊肥本線の災害に立ち向かう必要が出たため断念。世間遺産概念提唱者の写真家 藤田洋三氏やNPOかごしま探検の会理事長の東川隆太郎氏、ともに断念。そしてなにより昨年の創設事業時に諄々と地域がめざすべき生き残り方を示唆してくれたスギダラ中枢の南雲勝志氏と千代田健一氏も今年は来訪されていない。それでも私は開催したい、と志を捨てなかったが、企画を進める段階で若杉氏から紹介されたサムスン・ジャパンの学生デザインパートナーシップによる参入はじつに心強いものであった。
   
   
  (2)2012年7月15日(日)
   
   集中豪雨一過。天草はなんという包容の地なのだろう。私たちは嘘のような快晴に迎えられることとなった。
   午前7時過ぎから毎月第二第四日曜日の恒例となった持ち寄り朝市に参集してくる。明け方まで交流が続いた者も、慣れない民泊でお世話になっている学生諸君も旧町役場跡地の広場に隅で開催された朝市に眠い顔を集わせる。
   九大の学生スタッフの多くは懐かしい売り子のおばあちゃんたちと1年ぶりの交流交歓、そして飛ぶように新鮮な魚菜類や手作り和菓子が売れて行く。
   朝食をとった後、午前9時に高浜公民館に再集合。ようやくここから本格的なプログラムに戻ることとなる。
   30年来、「手考足思」を信条に私がめざしてきたフィールドワークの基本はデザインサーンヴェイにある。処女地の物見遊山ではない。あくまで当該地域を観察しながら鋭利な洞察力を駆使して問題や仮説を見つけ出し、そこから課題解決型や提案型のデザイン活動を生み出していくことにある。(デザインサーンヴェイに関する私の小論は昨年2011年9月発行の「月刊杉」72号に詳しい)
   そのためには当該地域が有する歴史的文脈や空間的文脈から掘り起こされる地域特性や課題を簡潔に把握しておかなければコトは進まない。プログラム変更を余儀なくされた初日を補填しつつ、可及的速やかに参加者の高浜へ向かう関心や意識を醸成していくには、まずこうした文脈をあぶりだしておく必要がある。早速、昨年の成果とも言える振り返りをスライド写真を用いて行う。
   続けて私はマイクを放さず、これまで事前準備の過程で数回に及ぶ高浜地区振興協議会とのミーティングを経て構想した今年のテーマをはじめて紹介する。
   基本は高浜地区の地域再生が目的であり、手法は愚直なグループワークである。以下、開催以前に希望者へ配布した企画書を紹介しておこう。ここにフィールドワークとワークショップへ寄せる私の想いが端的に示されている。
   
   企画書(もっぱら学生諸君への参加呼びかけ用いたもの)より抜粋。
   
 
   
   九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論講座藤原惠洋研究室では講義・演習「芸術文化環境論」を発展的に展開させるため、地域社会と芸術文化コンテンツとの橋渡しを実践的に体得する特別プログラムとして、今夏も2泊3日合宿型学外演習を展開します。
   
   厳しい格差社会の現実や限界集落の桎梏をのり超えながら、少子高齢化や後継者不足を補ってあまりある元気な地域社会には必ず独特の人間力や紐帯力が随所に隠されています。適切な地域社会を対象とし、そこに潜む魅力や資源を再発見し、人間力や紐帯力のひそみに触れながら、暮らすこと、生きること、あたり前のことを見事にマネジメントし続けている地域社会から学びとることは少なくありません。
   
   今回のフィールドは昨年に引き続き、熊本県天草市の東シナ海を望む麗しい西海岸で知られる高浜地域を設定しました。この地に潜む文化資源や地域固有資源の再発見を通し、リデザイン(課題解決型提案デザイン)を行います。なにより本演習には本格的な実践デザイン活動を展開している建築家やデザイナー、さらには本学芸術工学部(旧九州芸術工科大学)出身の先輩デザイナーも介在してくれます。
   
   将来にわたり次世代型のデザイン活動やソーシャル・インクルーシブ(社会包摂型)的芸術文化創造活動に関わっていきたいと志願する学生・大学院生諸君へうってつけのおすすめプログラムとなっています。興味のある方はどうぞご参加ください。ただし、合宿型であるため心身ともに健康であり、本演習への参加意欲や動機が明快な学生諸君の参加を期待します。
   
   そのうえで現地にて展開するプログラムは、以下の5テーマです。参加者は、グループを生み出し、そこから現地のフィールドワークを行い、地域固有資源や魅力資源に気づいていくと同時に、課題や問題を発見しながら、それらをデザインの力で解決・改善し、より高次元の生活空間や魅力最大化を提案しようというものです。
   
   
  プログラムとテーマ
   
 
プログラムA
国指定登録有形文化財上田家を活用、エコミュージアムコア博物館構想
上田家の役宅は築二百年近い歴史と伝統を有し国指定登録有形文化財に指定されているが、これらを生かした高浜エコミュージアム構想とサテライト・コア博物館化を提案していく。
 
プログラムB 
天草陶石・地域固有資源を活用「タカハマたいせつプロダクト」提案
我が国最大の算出を誇る天草陶石を再評価しながらデザインによる付加価値かと高浜ブランド化を提案していく。
 
プログラムC 
まちなか再生計画構想と旧役場跡地まちづくり交流広場のデザイン提案
高浜地区の要とも言える旧役場跡地は現在、毎月第一第三日曜日の早朝持ち寄り朝市に用いられているが、将来的にここをまちづくり交流広場として整備していくための契機を生み出していく。
 
プログラムD
ICTを用いたタカハマSOHOライフスタイルの提案
我が国において都市と地域の社会格差はいよいよ広がるばかりであるが、こうした問題を改善していくには地域社会から創造的な生き方や暮らし方を実践提案していくのが有効である。情報過疎とも言える地域社会にこそ簡単なICT機器を持ち込み、そうしたモデル事業を提案していく。
 
プログラムE
高浜葡萄のよみがえりプロデュース・パーゴラ(葡萄棚)の試作
我が国を代表するデザイナー千代田健一氏による基本設計をもとに、高浜界隈に展開していくパーゴラの試作と設置を行っていく。
   
 
   
   以上の5つのグループテーマを口頭と模造紙で紹介した。興味をかられた参加者は自分の名前を記入したポストイットカードを希望のグループに張り込み、自動的にグループ編成に及ぶ。視覚的に構成員が一目瞭然なので、人数の偏りが生じても調整しやすい。
   あっという間にグループができ、椅子を並べて作戦会議の場所を気ままに生み出す。私の研究室メンバーはこのような作業の経験をけっこう積んで要領を得ていることから、異なるグループにスタッフとして配置、議論の経緯を模造紙に即興で書き留めていく。こうした作業は一見子どもじみているが、即興記録と同時にメンバーの関心や課題に向かう相互の関係性を視覚的に顕在化していくファシリテーショングラフィックといい、ある意味での合意形成をめざした参加型話し合いには欠かせない手法である。
   出来上がったばかりの5つのグループが動き出す。私は会場をゆるりと回りながら全体のファシリテーター役として各グループの生成過程を静かに聴いてまわる。上手にテーマに対する相互の関心が紹介されあっており、ゆっくりだがグループ構築が進んでいる。なかには自分から買って出て司会役をつとめている者も登場、また地元の高浜地区振興協議会のメンバーの方にも一翼参加していただければしめたもので、後は実際の現地・現場への興味関心をテコに内外メンバーを交えたフィールドワークが動き出すだろう。歩きながら、そして移動の車中では高浜住民による詳しい情報と問題意識が加わっていくに違いない。今回のプログラムの要とも言えるフィールドワークが、集中豪雨の緊張感を経た15日(日)の午前、このような産みの苦しみを経て少しづつ動き出して行った。
   昨年同様、懐かしい麦わら帽子がフィールドワークの必需品として、地元天草市天草市所の若かりし吏員の中原貴氏によって今年も用意されている。そして、その日は夕刻までたっぷりとフィールドワークが重ねられた。麦わら帽子をかぶり、日焼けしたメンバーが高浜公民館へ戻ってくる。昨年同様、高浜港の漁協の水揚げ場を会場に夜の懇親会が催されるため、早々に成果を取りまとめ、残るまとめ作業は明日の早朝に持ち越す。
   
   
  (3)2012年7月16日(月・祝)
   
   限られた時間のフィールドワークが高浜に沈殿する課題や問題をどのようにあぶり出せるのか。本プログラムは文化人類学や民俗学と異なり調査を主眼に置いてはいない。あくまで課題解決へ向け実証的なデザイン提案をアウトプットとして期待する特徴を有している。高浜での毎日を生きる住民の方々に向け有効な地域づくりプログラムの道筋を提示する責任すら包含させようという発想である。
   それだけにあらかじめグループテーマの設定には高浜が抱える課題が反映されており、課題や問題の発見は即座に解決や提案を導きだすためのモチベーションを生み出す。そこから包括的な地域再生へ向けたデザイン活動へ突き進もうというダイナミックな流れが仕組まれており、後半のプログラムをあえてリデザインワークショップという言葉で象徴した理由がここにある。
   午前9時、民泊組の学生諸君も含め、朝食を早めにとったのか、高浜公民館にはすでにいくつかのグループが集い、模造紙によるまとめ作業のプレゼンテーション作成に余念がない。前夜の懇親会の盛り上がりは内外から来訪した参加者同士の交流交歓をはじめ、グループメンバーの結束を固めたようだ。同時に、高浜の住民の方々との信頼関係を深めるために功を奏したと言えよう。成果のまとめ作業を背後からのぞいて行くと、昨日とは見違えるような議論の密度の向上ぶりを知ることができる。昨年とは参加者も異なりテーマもさらに発展している。さて今年はどのような観点や意表をつくような成果がもたらされることか、生々しい臨床的な地域社会を足場に行うフィールドワーク+リデザインワークショップの一番の醍醐味にほかならない。
   まとめ作業の熱気に押されて予定を変更し午前10時半より発表会を開催していく。
   この詳細は他の報告に譲らなければならない。
   しかし昨年に引き続き天草・高浜のまちを歩いて皆が考えたフィールドワークの成果の中で際立ったものは、地方が蘇るには多士済々の人材が必要、しかし地方はそのことをわかったうえで人材を求めつつも、実際にはたやすくランディングすることなんか簡単じゃない、という困難さがあぶり出されたことに尽きる。なぜなら、とくにこの観点は天草出身のスギダラ三兄弟の一人 若杉浩一氏によって指摘されたものであったからである。
   昨年に引き続く若杉浩一氏は、大学生になったばかりのご子息 幹太氏を伴なわれての参加であったが、高浜を含み旧天草町に隣接する旧河浦町を出自とする若杉氏のご子息を前にした発言は意外な波紋を投げることとなった。
   自分たちの世代は一生懸命中央に出て行き国民社会全体に対して貢献しようと志を高くしてきたが、人材を中央に投げ込んできた地方社会は一方で驚くほどの疲弊ぶりだ。そんな懐かしい郷里を歩いてみると不思議だが、どこかほっとする。とりわけ昨年の東日本大震災以来、私たちはこうした自分自身の問題を真剣に考えだしている。たしかに人は減り若者は去りあたりは静かになってしまった。しかしだからダメとは思えない。むしろ都市の喧噪にはないゆったりした時間や当たり前の人間関係が昔ながら息づき、そうした力は豊かさとなり人を守り人を育ててくれている。しかしもどかしいのはいまさら帰りたくても帰れない。どのように田舎へ戻ればいいのだろうか。むしろこうした変化や衰退を知らず屈託のない子どもたちの世代の方が簡単に気に入ったとばかりに田舎暮らしを成就させていくことができるかもしれない。さて高浜を天草を、そして日本全体のふるさとを私たちはどのように現実的な場所として再生していくことができるのだろうか。
   
   5つのグループが腕によりをかけて行った発表プレゼンテーションはきわめて独創的かつ実証的な成果であった。高浜の住民の方々も相づちしたり、顔を見合わせながら聞き入っている。冒頭に司会役の私は、提案には必ずや副作用が生じるものです、それゆえ「その提案にはどのような人材が必要か」「その提案はどのような工程でいつ成就するのか」「その提案はどのような原資をもとになされうるのか」の三点を忘れずに紹介してください、と念を押した。それが功を奏し、今からすぐにでも高浜で始めることができるような見事な具体案も含まれている。グループごとの提案に対して意見交換を仕掛けたが、ユニークな問答があいつぎ会場は熱気と笑いに包まれる。こうして午前の発表会はあっという間に過ぎて行った。
   熱気がさめない会場をそのままに、私たちは、こうした成果をより高い次元から見つめ返していくために記念シンポジウムを構想しておいた。テーマは「ローカルな高浜を歩き、グローバルな世界をデザインする」というもの。冒頭に基調講演を丸尾焼五代目窯元の金澤一宏氏につとめてもらった。天草では伝説的な「日本の宝島」の名付け親としてつとに知られる。数々の芸術家や文化人を天草の虜にしてきた仲介役でもあり包括的な文化コーディネータでもある。
   グループ発表が盛り上がったため時間は限られたが、金澤氏は期待通りいたって緊張感のある講演を提供してくれた。いわく、昨年の東日本大震災や数々のカタストロフィーではなく、もっと深刻な緩やかな崩壊という瀬戸際に地域社会はあるものの、一方でポストグローバル時代が到来しており、これまでのいたずらなグローバル化を超えていく発想や生き方が求められている、だから天草や地域社会は生き延び、むしろ面白くなるだろう、と意表をつく視点を提示していった。
   それを受け国際シンポジウムでは、多彩なゲストが各自の観点から「では天草のような地域社会はどのように生きて行けばいいのか」という視点を提示しあった。
   メディアアートプロデューサー岡田智博氏は東京を中心にNPOクリエイティブクラスターを率い、新たな価値づくりへ向け創造性を触発し合う拠点形成をはかってきた。天草には初見参であるものの、グループテーマに基づきフィールドワークしながら高浜を丁寧に歩いていくと、いまやICT技術を援用していけばなんら遜色なく、ここもまた十分にクリエイティブクラスターになりうると看破。ただしそのためには魅力的な情報発信の仕掛けが重要であり、早速Facebokを用いて高浜を紹介しようと食指を伸ばしてくれた。
   一方、アメリカ西海岸からの招聘建築家ジョン・マーティン・トゥブルス氏は天草をもっと知りたいと所望。とりわけ高浜には、自分にとっての特別な時間、特別な場所性、特別な人との出会いが隠されているように思える、そして誰がここに来てもそのようなホスピタリティを示してもらいたいし、金澤氏が指摘したその地ならではの固有性やポストグローバルなものがこれからの地域社会を育てていく魅力源となっていくに違いないとエールを投げてくれた。
   地元を代表するかたちで出演してくれた若手石工の千葉友平氏は、10年前は熊本市内で商業写真家をめざしていたが、実家の石材業の後継者として天草に戻る際、あらためて天草とは何だろうかと考えるようになった、という。Uターンすることで初めて見えるようになったものがある、さらに天草を遠くから見ている人たちの声を聞きたい、見方を知りたい、と発言してくれた。
   まさにこうした三者を共通する視点が「ローカルな高浜を歩き、グローバルな世界をデザインする」という点ではないかと司会役の私は結んだが、この議論に対する会場からの関心は高く、本プログラムを終えた後も各自が自分の日常に持ち帰ることになって行ったと期待が膨らむ。
   
   その後、地元の名物「せんだご汁」をたっぷりと賞味する昼食を経て、ついに最後のプログラムの修了式に至った。
   煎じ詰められた時間を有効に生かすには、代表発言を生かすしかないと進行役の私が名指しで発言者を選抜、そうして発言に及んだ誰もが感動的な感想や意見を次々と発してくれた。
   
   折しも未曾有の北部九州集中豪雨に襲われながら開催せざるをえなかった今年のプログラムは厳しいスケジュールをやりくりしながらも、なんとか当初の計画を成就させることができた。私たちの日常こそ、日々是予想できない物語に溢れているはずだが、あらためておおいなる自然に抱かれながら私たちの暮らしがあることを突きつけられた良き瀬戸際体験でもある。修了式を終え、高浜地区振興協議会の大里集会長をはじめとするホームステイ受け入れ家庭のみなさんや高浜の皆さんと別れを惜しみあう。四方八方へ会場を後にする参加者たちは日焼けした顔で再会を期しながら笑いが溢れる。
   
   
   さて最後に、このプログラムが生み出したものは何だっただろうか。ある日、突然、外来者が高浜に集い、突然高浜を歩きだす。そして無手勝流に模造紙に多彩な成果を示し合い、そこから数多くの課題や問題に対してけっこう効き目のある処方箋や提案を投げて行く。最初、高浜の人々はあっけにとられてみているが、いつしかこうした外来の私たちに巻き込まれ、いつしか一緒に語りあい、いつしか私たちをリードしながら歩き合っている。そのうち含羞も解け自分たちの知見やアイデアを果敢に示しだす。見知らぬ者同士の接触がいつしか力に変換され、相互触発や便乗が悪のりも含め、孤高の住民が内に秘めてきた土地に根ざす叡智や見解がこれらと一緒になって溶け出していく。ささやかだがユニークなプログラムのフィールドワーク+リデザインワークショップのステージ(舞台)が生まれ、そこに参加者同士が静々と上っていくことにより、かつて哲学者ハンナ・アーレントが提唱した「公共性」が創発されていくに違いない。
   あらためて振り返っておきたい。私が構想したプログラムが高浜の中で生み出したものは、いつもなら生活の場であり暮らしの場である日常的な風景や営みの場が「公共性」をふんだんに含んだ地であることを再発見することであった。この「公共性」の再生こそが地域再生の本質にほかならない。現今の地域再生はきわめて難儀だと言われるが、外来の私たちが参入することによりいつもは忘れられたような地域の魅力を再発見し確認しあうことができる。そこから隠れていた共同性や相互補完性や贈与関係を緩やかにあぶりだすことによって、それらはグローバル世界を超えて行くシナリオをふんだんに示してくれるだろう。だからこそ私たちが急ぎ働きかけていかねばならないのは、そうした「公共性」のステージに地域の住民の方々と一緒に手をとりあいながら上っていくことである。
   私が長らく提唱してきた地域再生の三原則はこのためにある。すなわち地域が有する歴史的・空間的・地勢的な「文脈」を掘り起こし、そこから「矜持」を蘇らせ、相互の「紐帯」を結び直していく。本プログラムが最後にめざすものも、こうした再生手法の援用を通し「公共性」の萌芽を見つけ出すこと、そしてそこから実際の地域社会を再生するための有効なシナリオを生み出していくことである。来年も引き続き第3回目を開催する予定だが、そのとき私たちは高浜の住民の方々と一緒になり「公共性」のステージをより高次のものとして育てあっていくことが求められるにちがいない。
   
   
   
   
 
  今回のワークショップについて、ふ印ラボ(九州大学大学院 藤原惠洋研究室)ブログにて詳しく写真付きでレポートされています。こちらも是非ご覧ください。
  (写真下のタイトルをクリックすると、リンク先が表示されます。)
   
 
  ●7月16日(月・祝)いよいよ高浜フィールドワーク+リデザインワークショップの成果発表会です!
posted on2012年07月06日
  ●2012高浜フィールドワーク+リデザインワークショップ、なんとか始まりました!
posted on2012年07月15日
   
  ●集中豪雨も吹き返し高浜への熱い視線、フィールドワークはじまる!
posted on2012年07月15日
  ●高浜に包まれて学生のりのり!
posted on2012年07月15日
   
  ●高浜に助っ人!次々。日田から大山ダムの住谷さん、日田ラボのタカクラさん、馳せ参じるっ!さらに福岡市の建築家斉藤昌平氏も!
posted on2012年07月15日
  ●高浜を歩く見つめる考える
posted on2012年07月15日
   
  ●2012高浜FW+RDWSの懇親会の夜は更けて
posted on2012年07月16日
  ●雨中、帰り着く、2012高浜フィールドワーク無事終了!
posted on2012年07月17日
     
  ●私たちを見つめてくれた天草・高浜への真摯な再生プログラムの提言2012
posted on2012年07月19日
   
   
   
   
   
  ●<ふじわら・けいよう> 2012高浜フィールドワーク+リデザインワークショップ プロデューサー
工学博士・建築史家・まちづくりオルガナイザー・九州大学大学院芸術工学研究院教授・日本全国スギダラ倶楽部北部九州会員
九州大学研究者情報 HP http://hyoka.ofc.kyushu-u.ac.jp/search/details/K002281/index.html
E-mail keiyo@design.kyushu-u.ac.jp 
藤原惠洋研究室 http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~keiyolab/
ブログ http://keiyo-labo.dreamlog.jp/
   
 
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