連載
  スギダラのほとり(隔月刊)/第2回「土木デザインノート」
文/写真 小野寺 康
   
 
 
  公共空間専門のアトリエ(小規模設計事務所)というのは日本ではまだ数が少ないが、昨今ようやく同業者が増えてきた。自分も都市設計家なぞという聞きなれない職名を名乗っているが、それまで土木設計家だの都市デザイナーだの、てんでに名乗っていたものが、総合的なまちづくりや公共空間デザインの領域における専門家ということで、「エンジニア・アーキテクトengineer architect」という名称を整えた。そして、活動の主軸としてネットワークをつくろうと2010年に立ち上げたのが、「エンジニア・アーキテクト協会Engineer-Architects Association」である。略称「EA協会」。会長は、この月刊杉でもおなじみの篠原修・政策研究大学院大学名誉教授だ。
   
  そのEA協会では、設立早々、まず手始めに情報発信として、WEB上で月刊形式の機関誌『engineer architect』を発刊することにした。毎号に特集が一本と、複数の連載という構成や、レイアウトの雰囲気まで、何を隠そう、実はかなり『月刊杉』を参考にしていた。
本業としての設計活動の合い間に企画を考え、依頼をし、原稿を受け取って写真とともに編集するというのはかなりの作業だ。自分も1年以上編集部に参画していたが、月に一度は集まって編集会議しながら記事を整理えるのは、楽しくもあり、シンドイ作業だった。よくまあ月刊杉は、一定のクォリティを保ったままこれまで継続してきたことかと、心底感心した。
今はもう、その機関誌は存在しない。
情報発信をやめたわけではない。今年に入って協会HPを一新し、その際に機関誌のサイトを協会本体のそれと統合するとともに、機関誌という形式自体をやめたのだ。およそ10日間隔くらいのペースで、単発で記事をアップしていくやり方に変えた。
その結果、EA協会のホームページの更新率はかなり良くなり、またそれぞれの記事の担当者にとっても掲載までの間隔が伸びて、多少楽ができるようになった。さらに、編集部の人員も刷新され、自分もようやくお役御免となった。
   
  機関誌だった頃につくった連載枠のいくつかはまだHP上で継続している。
その一つが、『土木デザインノート』シリーズだ。
初代編集長の二井昭佳さん(現在・国士舘大学准教授)の提案である。
巷の書店の専門書コーナーに行けば、建築設計のガイドブックは多々あるが、土木や都市デザインを対象とした教科書的な解説本はほとんどない。ならばEA協会でやろうということで、現役のデザイナーによる土木デザインの実践的なテキストという企画がスタートしたのだが――
「ではそれを小野寺さん、おねがいします。」
二井編集長は、そう表情を変えずにいうのであった。
「一年くらいでいいと思うんですよ」と。
その顔には、(なんでも協力するっていったよね)と書いてあった。
   
  そんなわけで、「土木デザインノート」の第一弾は、『小野寺康のパブリックスペース設計ノート』になった。2011年4月から2012年7月まで連載した。
WEBだろうが何だろうが、連載なぞというものは、月刊杉の『油津木橋記』以来である。
『油津木橋記』は、単一のテーマであり、事実を思い返しながら書き綴ったものだから多少書きやすかったが、「土木デザインノート」は教科書的なものなので、ある程度論旨を整理して、組み立てを考えておかなければならなかった。しかも一年分。
実はこれ以前にも、土木デザインの教科書を出版しないかという話があり、少し書き進めていたことがあった。諸般の事情でそれは流れてしまったのだが、その時書き溜めていたものがあったから一年くらいは何とかなると思ったし、自分としても、今までの経験や知識を総括してみたいという思いもあった。
まずかったのは、WEB機関紙だからかなり自由に書けるし、後から修正することもできると思ったことだ。WEBの功罪というか、何でも書いていいという自由さは、時には乱暴な結果を招く。
   
  『パブリックスペース設計ノート』のスタイルだが、毎号テーマを設定し、細かく事例を引きながら解説する形というのは珍しくない。
ただ自分は、読めばわかる、すぐに設計に役立つ、という類いのものは最初から書けないと思っていたし、書く気もなかった。
そもそも計画・デザインという行為は、デザイナーが百人いれば百通りにもなるのであって、デザイン論を語るといっても、結局は一人の人間の思考に帰着するという側面が否めない。自分の中では、『都市と建築のパブリックスペース―ヘルツベルハーの建築講義録』(鹿島出版会)がイメージの片隅にあった。
それは、思考のリアリティということだ。
一人の生身の設計家がいる。実際に何を考えどう判断しているのか――実際のところ決して論理的でなく、様々に思念が飛び交う思考の連鎖のただなかにいつもいる――というその中に、直接読者を放り込むことが、デザイン論としては誠実だし、リアリティがあると考えたのだ。
しかし、ヘルツベルハー以上に自由に書きまくった結果、事例は瞬時に古今東西を飛び交い、時には枝葉のエピソードに重心が移るなど、実に勝手気ままな書きぶりになってしまった。
これは読者を置いてきぼりにしてしまったかと、途中で気づいた時にはもう遅い。
もはや立て直す余力もなく、結局そのまま押し通したが、書き終えてからそれが反省として残った。
   
  連載が全て終わり、篠原会長からも出版してみたらどうだと勧められ、信頼できる彰国社の大塚由希子さんに持ちかけたとき、その編集会議で問題になったのは、まさにそのことだった。
――文章が多く読みにくいし言い回しも分かりにくい。「広場」に偏りすぎている。にぎわい空間をつくるデザインの本は、あってもいいと思うが、今のままではにぎわいづくりの楽しさが伝わらない、などなど。
要するに、このままでは誰も読んでくれないということだ。
ただ、文章は酷評されたが自分の実務経験や写真は評価されたようだった。
かろうじて没からまぬがれたものの、このままでは通らない。
「私も腹をくくりました」
と大塚さんはいった。
「にぎわいの生まれる空間の魅力を伝える本として、写真や図を中心にした内容に編集し直しませんか」
日本を含め世界中の魅力的なにぎわい空間を紹介しながら、活力を創るための要素がどんなところにあるのか、どうすれば魅力的な空間が生まれるのかを、プロの都市設計家としての視点で考察するという形にまとめ直さないか、という。
その提案は興味深かった。そういう本なら、自分が若いときに読みたいかもしれないと思った。
しかし、これまで書いたものとはまるで違うものになりかねない。
少なくとも構成と文体は大幅に変わらなければならない、というより、ほとんど書き直しに等しいだろう。読まれない本に固執しても意味はない。しかし、クォリティを落とさず、分かりやすく、読みやすく書けるか、いや書くべきなのか……などと考えを巡らせたのは、たぶん2、3秒くらいのことだと思う。
「やりましょう」
そう答えていた。
修正されたその企画は、編集会議を無事に通過した。
   
  妙な本になりそうである。
二つの柱がある。
一つ目の柱は、設計家による設計家ならではの都市デザインの実例空間の解析だ。
建築だろうが何だろうが、設計家なら、現場に行けば、そこをデザインした者の意図を読み取ったり、ニュアンスを感じたりすることがあるはずだ。図面や模型を見れば、設計者の思考のプロセスをある程度追うことができる。
そんな観点から、古今東西の様々なにぎわい空間を、設計者の眼で独自に分析した。むろん書籍にするからにはそれなりの文献を紐解いて裏付けを取った。
一方で「パブリックスペースの設計ノート」というからには、積み重ねてきた経験値がものをいうところの設計理念やデザインをする上での勘所、要点、ということは書かねばならない。というか、設計家として語れるであろうものをこの際すべて開帳してみるかという、叩き売りのような設計ノウハウが二本目の柱だ。自分自身をばらばらに解体するつもりで書いた。
   
  実は、自分の大学時代の恩師・中村良夫先生(現在・東京工業大学名誉教授)の言葉が頭にある。
師は、最初の単著『風景学入門』(中公新書)を著した時、遺言書を書くつもりで書いたという。そして、君もいつか本を出すのならそういう気概で書きなさいと仰られた。
どういうつもりで先生がそういわれたのかは分からない。そのとき自分はまだ駆け出しで、出版なぞ自分も周囲も思いもよらなかった頃なのだから。
しかし今、その教えに従い、本当に遺言書のつもりで書いている。
実際自分のような不器用者は、とてもではないが何冊も著作できない。おそらく単著は最初で最後になるだろう。この月刊杉にも、プロの文筆家や編集者が綺羅星に並んでおられるが、自分はたった一冊でおぼれかけの水鳥状態であるというのが情けない。
   
  とはいえ、書き直しは楽しくもあった。
出張があれば原稿を携帯し、旅先で推敲して、ノートパソコンを開く日々。タイプライターを持って歩いているような感覚は、なんだか作家になったような気分でもありましたとさ。
何とか年内に出版したいと願っているが、まだまだ先が見えない…。
ところで、エンジニア・アーキテクト協会HPの「土木デザインノート」だが、現在は第2シリーズとして『川・水辺のデザインノート』が連載されている。河川デザインの権威である、吉村伸一さん((株)吉村伸一流域計画室、EA協会 副会長)の執筆です。
どうぞご一読ください。
   
 
 
  進行中の「妙な本」の中の、設計家による設計家ならではの都市デザインの実例空間の解析は、古今東西の様々な空間に及ぶ。紹介している事例の一部として、上/エルベ広場(ヴェローナ)と下/法善寺横丁(大阪)。どんな内容になるかは、いずれ。
   
   
   
   
   
   
  ●<おのでら・やすし> 都市設計家
小野寺康都市設計事務所 代表 http://www.onodera.co.jp/
月刊杉web単行本『油津(あぶらつ)木橋記』 http://www.m-sugi.com/books/books_ono.htm
   
 
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