短期連載
  佐渡の話2 〜笹川十八枚村物語〜 /第4話 「"笹川流"デザインを考える会」
文/写真 崎谷浩一郎
   
 
 
  2011年9月、笹川集落は砂金山由来の農山村景観として国の重要文化的景観に選定された。選定に際して笹川集落では「笹川の景観を守る会」が発足した。守る会は笹川の景観維持のために住民の方々10名程度で構成された会である。メンバーは皆、普段は農作物を作ったり、会社勤めをしたりと日々笹川で暮らしている。守る会には会長と副会長がいる。会長の金子一雄さんは普段の柔和な物言いをする物腰柔らかい人だが、その普段の様子としこたま酒を飲んで管を巻く姿とのギャップが何ともキュートで、一雄さんが言うなら、と皆が思える人柄なんだろうと想像した。副会長の盛山保さんは笹川砂金山の水を使った米、金山米づくりに取り組んでいる笹川の若手で、やたらと体格がよくて声もでかい。『おい、たもつ〜!』『なんだ〜!』『副会長なんだから、おめぇがちゃんとやれっちゃ!』『うるせ〜貴様ぁ!』などと世代を超えて言い合いながらも、未来の笹川に正面から向き合っていて、そんな彼のことをいつしか僕らも親しみを込めて『たもっちゃん!』と呼ぶようになっていた。
   
  他にも、普段は多くは語らないが話し始めると思わず皆が耳を傾ける福田高保さんや日本昔話からそのまま出て来たような館林清孝さん、アユ釣り名人の吉倉和雄さんなど、ここでは語りつくせないほど、皆ひとりひとりが人間味に溢れる方ばかり。何より、守る会の素晴らしいところは集落の女性陣がきちんと参加していることだった。砂金採り体験のできる観光施設 西三川ゴールドパークで働く笹井直子さんもそのひとりで、気さくな笑顔がキラキラ輝く笹川美人だ。ノリがよく、一緒に話をしているとこっちまで元気になる。直子ちゃんだけでなく笹川の女性は皆、明るく朗らかだ。おそらく集落の話し合いの中で決まったと思われる守る会のメンバーは実に多様で絶妙で、笹川集落のコミュニティの質の高さを感じるものであった。
   
  さて、重要文化的景観選定で笹川の学術的価値については様々な考察がされてその価値が認められた訳だが、地域の未来を考えるとき、もっとその地域の生活目線から笹川の価値を知ることが重要なのではないか、景観や価値を守ることも大切だけど、それと同じぐらい攻めること、つまり新しい価値や地域の在り方を生み出していくことも大事なのではないか。そんな思いから、2012年6月から守る会のメンバーと行政の方、そして僕たち他所者も一緒に笹川の未来を"笹川流"に話し合い、"笹川流"に実践していく「"笹川流"デザインを考える会」、通称"笹デ会"が始まる。"笹川流"とは、笹川の日々の暮らしの延長線上にある笹川ならではの価値観のことで、他から与えられた価値観ではなく、あくまで自分たちのスタイルから地域の未来を、デザインを考えよう!という気持ちを現したものだった。"笹デ会"は組織体ではなく、その場所と時間を共有する活動そのものである。もちろん守る会以外の笹川の方の参加も自由、会の趣旨に沿えばどんな話題やゲストも参加可能といった会だ。
   
  そんな笹デ会メンバーに、僕らは東京大学で都市工学を学ぶ児玉千絵さん(当時修士1年)にも参加してもらうことにした。千絵ちゃんとは以前から顔見知りで、とある飲み会で南雲さんと一緒に声をかけたのだった。日本の都市の在り方を学びつつ、地域の実情を学生の立場として肌で感じることは彼女自身にとても勉強になるし、何より笹デ会にとってもいい刺激になると思った。
   
  実際、笹デ会では、市のWさんによるイタリアの文化的景観として名高いピエモンテの視察話や守る会メンバーによる重要文化的景観の滋賀の高島針江、近江八幡などの視察話、石積みや近自然工法を専門とし、重要文化的景観である熊本の通潤用水の水路整備に関わった西山穏さん(株式会社西日本科学技術研究所)をゲストに招いて話をしてもらうなど、毎回密度の濃い話題が提供された。また、僕らも笹川の歴史文化をわかりやすく伝えるために笹川のマークや笹川の祭りや風景の様子をまとめた写真集をつくってみたりしながら、笹川の価値の本質は何だろう?自分たちが本当に大切にしたいものは何だろう?どうやったら笹川の価値を守り伝えることができるだろう?と語り合った。
   
  一方、重要文化的景観に選定されたことで、徐々に笹川を訪れる人が出始め、よそのひとに道を聞かれたり、どこが見どころなのかと尋ねられるということが起き始めていた。確かに、普通に笹川集落を歩いていて、目の前の田んぼや耕作地として使われている場所が、かつては砂金採掘の場所であったり、砂金採りのためのため池であったということはわからない。もちろん手元の案内マップでも紹介はできるけど、やはり現地に最低限のサインをつけた方がいいのではないか。何度か笹デ会を重ねて、まずは笹川を訪れる人に笹川の文化的価値を伝える案内サインと案内マップをつくろう、ということになった。素朴で美しい笹川の風景に立つサインの在り方や集落の方々に愛着をもってもらえるものづくりのプロセスはどうあるべきなのか。僕たちは体の全ての感覚を使って笹川を感じながら、考え続けていた。
   
   
 
  笹デ会「ささがわ〜!」で記念撮影(2012年6月)
   
  (つづく)
   
   
   
   
   
   
  ●<さきたに・こういちろう>
有限会社イー・エー・ユー 代表 http://www.eau-a.co.jp/
Twitter アカウント@ksakitani http://twitter.com/ksakitani
月刊杉web単行本『佐渡の話』 http://m-sugi.com/books/books_sakitani.htm
   
 
Copyright(C) 2005 GEKKAN SUGI all rights reserved