連載
  杉が日本を救う/第5回 「『杉線香』で日本の杉に感謝しよう」
文/写真 高桑 進
   
 
 
  2011年2月11日の青空の広がる寒い日に、常陸の国の「駒村清明堂」を訪ねた。駒村清明堂は百年前と同じ製法で杉線香を作っている、今では貴重な本物の手作り杉線香の店だ。上野駅からはJR常磐線の普通に乗り約1時間半で石岡駅に着く。駅前からバスに乗り約30分、バス停の終点だ。バス停からは駒村さんの自家用車で筑波山の東5kmにある駒村清明堂についた。
   
  五代目当主である駒村道廣(こまむら みちひろ)さんに昔からの杉線香の製法についてお話をうかがった。駒村さんの水車は筑波山麓から流れ出ている綾瀬川の支流に設置してある。水が豊かなここ石岡市の八郷地区では、昔から水車を利用して地元の杉を使った線香作りをしていたという。
駒村さんがつくる杉線香は杉100%で混ざり物なし。伝統的な杉線香づくりの技を今に伝えている。
  その製造過程を簡単に解説してみよう。
   
 
   
  1.杉葉から杉の粉づくり
   
  線香づくりは、まずは秋から冬にかけて原料の杉の葉を調達することに始まる。駒村さんによると、あまり樹齢の若い杉の葉は、線香に適さないという。「うちでは樹齢50年以上の杉だけを使っています。木が若いと、どうしても粘りが足りないんです。昔からこのあたりの山では、香り、粘りともお線香に最適の杉が採れました。ところが、近ごろはその宝の山がほったらかしにされている。山主さんはあまり木を伐らず、植林もしません。お線香の原料だけでなく、水車や水路をつくる材木も、地元で手に入れるのがだんだん難しくなってきました。」とおっしゃる。間伐された杉葉は自分だけで集めて、杉葉を纏めた物を3束ずつ立てて乾燥させる(写真1)
   
 
  (写真1)冬の筑波おろしの寒風で乾燥中の杉の葉。
   
  その後、水車小屋の中で自作のカッターを使い杉の葉を2センチ程度に荒く刻み、それを水車小屋の中の木の臼に入れ木の歯車(写真2)で動く木の杵(写真3)で杉の葉を一昼夜搗く。すると土色をした粉が出来あがる。このような木の歯車は今ではめったに目にしない。電気代がゼロという事もあるが、電動で搗くと粉末は早く出来るが、熱が出るので良くないとか。やはり、昔ながらの木の臼と木の杵を使い水車のリズムで搗く方が、いいものが出来るということに納得した。水車小屋の内では細かな杉の粉が浮遊しているためか、さわやかな杉の香りが漂っていたのを憶えています。
   
 
  (写真2)今では珍しい水車で回転する木の歯車
 
  (写真3)水車で回転する歯車についたはねで木の杵が持ち上げられて杉の葉を粉砕する
   
 
   
  2.杉粉から線香づくり
   
  こうしてできた杉の葉の粉をさらに篩にかけてさらに細かくして、20Kg入りの紙袋に詰めて保存する。この杉粉を直径が約60センチ程度の桶に入れ、次に今では珍しいオクドさんで沸かしたお湯を注いで写真のような機械で練りあげる(写真4)。すると約5分程度で練り上がる。
   
 
  (写真4)桶に入れた杉粉に沸騰したお湯を注ぐ
   
  使う材料はそれだけ。糊やつなぎの類はいっさい入れない。「お湯で練っているうちに、自然と固まってくるんですよ。杉に含まれるヤニが糊のかわりになるんです。ただ、その練り加減が難しい。原料の質やその日の天気によって、粘りも香りも微妙に違ってくるから。この杉線香の香りというのは、原料に何かを混ぜたり、加えたりして、"つくれる"ものじゃありません。私たちは杉本来の香りを、ただ引き出しているだけなんです。」とおっしゃった。
こうして練ったものを線香の形にするのは、2ミリ程の穴が多数空いているステンレスの板(写真5)である。巣板というようだ。これをプレス機の底にはめて、上からお湯で練った粘土状の杉の粉を投入して水車の力で上からプレスする。すると、底から先程の2ミリの穴を通過したものが素麺のように出てくる。それを板で受け止める。
   
 
  (写真5)2ミリ程度の穴が一列に並んだプレス機の底板
 
  (写真6)練ったものをバットからプレス機に投入している
 
  (写真7)押し出された線香を板で受け止めている所
   
  それを一定の長さにカットしたあと段ボールの上に並べてから、写真のような板の棚に載せて乾燥する(写真8)。駒村さんによれば、昔は板の上で乾燥していたが今は段ボールをつかっているとか。段ボールの方が水分を吸うので都合がいいとか。なるほどね、と納得した。
   
 
  (写真8)一定の長さにカットした線香を段ボールに載せたあとに棚にする。
   
 
   
  3.杉線香の仕上げ
   
  最後の仕上げ作業は人の手である。線香の長さに切りそろえてから紙で巻く作業はおばあさんと近所の方の手作業である(写真9)。実は、本物の杉線香は土色をしているので、これだけではあまり売れないため杉の色を出すためにメチレンブルーという色素を加えて緑色をした杉線香も作っていました。
   
 
  (写真9)土色をした本物の杉線香を段ボールの上で薄い紙で巻いて仕上げている。
   
 
   
  駒村さんから面白い話を伺った。
「先生,本物の線香と添加物を入れた偽物の線香の区別をご存知ですか?」と聞かれた。「ウ〜ン、分かりません」。すると意外な答えが返って来た。「それは線香に火をつけて燃え尽きるまで灰に挿しておけば分かりますよ」と。「えっ、どうしてですか?」と私。「本物の線香なら灰の中まで燃え尽きますが,偽物は燃えませんよ」とおっしゃった。まだ試してないが、一度試してみたいものだ。
   
  さらにもっと驚いた意外な話がある。
最後に「いま喉をいためているお坊さんが多いんですよ」とおっしゃった。なぜなら大量生産されている市販の安い線香には様々の添加物が混ぜられているからだとか。特に東南アジア産の線香は問題があるとおっしゃる。確かに、お坊さんは毎日読経するたびに線香を炊いて、毎日線香の煙を吸っているはずだ。線香の煙に含まれた添加物成分を1年間も吸えば喉も痛もう。そうして、喉を痛めて最後に線香が原因だと気づいたお坊さんが、本物の線香を求めてたどり着くのがここだそうだ。これからは、是非とも本物の杉線香を使用して頂きたいと願うのは私だけではないだろう。
   
  もちろん、訪問した記念とお土産にと本物の水車杉線香 (5束入り)を3箱購入した。その上、駒村さんが考案された笠間厳選の菊の香がするという駒村清明堂謹製「百年の香り」という線香も2箱(両方とも1箱1,050円)手に入れた。
   
  いうまでもなくお香はもともと中国から伝来したものである。ところが白檀等の高価な材料を使うので上層階級の武士や僧侶しか使う事が出来なかった。それがいつの事からか、日本列島にたくさんある杉の葉を材料として線香を開発した。この画期的な発明で、一般庶民が線香を日常的に使用することが可能となったのである。何時頃、誰が、どこで杉線香を作り出したかはつまびらかではないが、まさに、クールジャパンである。
   
  現代的な言い方をすると、森林の公益的機能の一つである生態系サービスを杉は提供しているといえる。そう考えると、日本の杉は私たちに単に材を提供しているだけでないのである。亡くなった人々を思い出す、もっと奥深い素晴らしい時間を私たちに与えてくれている。
   
  最後に忙しい中を私の取材に応じて頂いたことに感謝して帰ろうとしたところ、奥様からは大変美味しい揚げ餅を一袋頂いたことは忘れられない。富山県出身者の私には揚げ餅は大好物である。
   
  駒村清明堂の仲睦まじいご夫婦にこれからも手作りの杉線香を作っていただきたい。日本人が杉に感謝する心を持つためにも。皆さんも、是非一度本物の駒村清明堂近世の杉線香を使ってみて下さい。
   
 
  (写真10)駒村清明堂のご夫婦です。
   
   
  本物の杉線香を手に入れたい方のために。
   
 
駒村清明堂
代表者名 駒村道廣(こまむら みちひろ)
住所 〒315-0155 茨城県石岡市小幡1899
TEL 0299-42-2819
FAX 0299-42-2911
営業時間 AM8:00〜PM18:00
定休日 毎週日曜日
交通アクセス 車で、常磐道 千代田石岡ICより40分
紹介ウェブサイト http://www.shokokai.or.jp/08/084631S0019/
   
   
   
   
   
   
  ●<たかくわ・すすむ> 京都女子大学名誉教授
31年勤めた京都女子大学を2013年3月に退職し、4月から同大学で非常勤してます。9月から同志社女子大学、大阪大谷大学でも非常勤の予定。たった一人の妻と同じ家で生活してます(笑)。
1948年富山高岡市生まれ。名古屋大学大学院博士課程修了し、理学博士号を取得。米国ミズーリ州立大学でポストドクを2年やり、京都女子大に勤務。全てのいのちを大切にする「生命環境教育」を、京都市左京区大原にある25ヘクタールの自然林「京女の森」で、1990年から実践中。専門は環境教育、微生物学。フェイスブックとLINEしてますよ。現在、杉文化研究所所長。
著書:「京都北山 京女の森」ナカニシヤ出版。
趣味:フロシキと手ぬぐいの収集。渓流釣り、自然観察等。
   
 
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