特集

 
杉の未来 その2
文/写真 内田みえ
杉と向き合うと今の日本が見えてくる。みんなの明るい未来のために、今、何をすべきだろう。
 

●杉の現状

 

 そんな杉のよさに気づいてから、春が来ると、とてもやるせなくなる。そう、杉花粉が飛び始めると。といっても私は今のところ花粉症ではないので、花粉に悩まされてやるせなくなるのではない。杉が悪の権化のように言われている状況がなんともやるせないのだ。杉が悪いんじゃないのに。人間の身勝手さが招いたことなのに、そういう事実に目を向けず反省もしないで、花粉の少ない杉の改良なんてことを考えたりして……。これはかなり情けないことだ。杉を悪く言う前に、どうして花粉症が起こってしまったのか、ちゃんと知って、もっと根本的な解決作を考えようよ、とつい連日テレビに向かって言ってしまう。

 かなりおおざっぱではあるが、ここで杉の歴史を振り返ってみよう。
 杉は日本固有の樹種で、かつては生活に欠かせないものだった。建築から暮らしの道具まで、あらゆるものに使われてきた。『杉のきた道』(遠山富太郎著・中公新書)によれば、割るだけで簡単に板材となる杉によって、日本の近代化が飛躍的に進んだという。建築材としてはもちろん、樽・桶が作られたことで醤油や味噌、酒などの食品が保存され、遠隔地まで運べるようになったり、肥料となる糞尿も杉桶によって都市と農村間でリサイクルされたことなどが、ひいては近代化を促したというのだ。その材をより多く、より扱いやすく、安定して得るために、祖先たちは杉を植えた。植林の歴史は16世紀にまで遡る。ある方が言っていた。「杉山は畑と考えたほうがいい」と。畑の作物と同じで、材としての量と質を得るには、人の手が必要不可欠なのだ。
 
吉野の杉山。日が射し込む明るい林は、きちんと手が入れられている証拠。
(下)鳥取県智頭にある日本で唯一の杉神社。ご神体は、杉をかたどったコンクリートの塔。
年季の入った風合いが美しい、杉板のふたご倉庫。吉野にて。
 

 そうやって杉山には、人が介在することで成り立つ循環システムが出来上がっていた。その循環が狂い出す節目となったのが、第二次世界大戦だ。戦争のために木を伐り尽くし、そして戦後、あらゆる物資を失った日本は、杉をたくさんたくさん植えた。広葉樹の山まで杉山にして。ところが、高度経済成長を迎えて表面的な豊かさを得てからというもの、日本は杉山を顧みなくなってしまった。プラスチックが登場し、安い外材が入ってきて、杉には目もくれなくなってしまったのだ。そして山は維持する賃金も稼げず、荒れていった。たくさん植えられた杉は放置され、たくさんの花粉を飛ばしている。それは警告と言っていいと思う。戦後のいろんなツケが、今、花粉症や環境問題などとなって現れているのだ。花粉症は、大気汚染や化学物質などと合わさって複合的に起こっているらしい。植生を変えて杉山にしたところは、海を汚染したり、土砂崩れなどの災害を起こしたりしている。こうやって杉を通して現代社会を見てみると、杉問題は今日本が抱えている問題の縮図だと思えてくる。となれば、杉への取り組みなしに、日本の、みんなの明るい未来は見えてこないのではないだろうか。


(下)神社全景。コンクリートでできた鳥居など、昭和30年(1950年)に完成。

   
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