連載

 
つれづれ杉話 /第4回 「経木と折箱は香りが命」
文/写真 長町美和子
日常の中で感じた杉について語るエッセイ。杉を通して日本の文化がほのかに香ってきます。
 
お寿司屋さんでもらった卵焼き。半分食べてしまった後なのでちょっと包みの形が崩れていますが……。水分を吸って経木の色が変わっているのがわかるでしょうか。


出汁たっぷりの卵焼きを経木(きょうぎ)に包んで

10月16日

 おぉ、こうして日付を書いてみると、原稿がいつもより遅れているのが一目瞭然です。先月は7日だったのに。最近だんだんずぼらになってきたんでしょうか。それとも開き直りができる歳になってしまったということでしょうか。

 言い訳はそのくらいにして、今回は「蒲鉾」の続きを書きたいと思います。前号は、蒲鉾板に国産の杉が使われなくなって悲しい、という話でした。国産の杉は供給が不安定で値が高く、北米産のホワイトファー(モミ)の方が色白で材質も素直で扱いやすい、そう蒲鉾板業界では考えているようです。
 でも、周囲を見渡すと杉板はまだまだがんばっていたんですね。
 2週間くらい前だったか、近所のお寿司屋さんに行った際、満腹になっておしゃべりも済んで、さぁ帰ろう、と席を立った時、「あ、そうだ、タマゴちょっと持って行きませんか?」とご主人。一瞬、卵をゴロゴロくれるのかと勘違いしましたが、ここは寿司屋、タマゴとは「卵焼き」のことでした。
 おじさんは経木を一枚取り出すと、端っこを1センチほどピッと割いて先にヒモをつくります。そして、経木できれいに卵焼きを包んだ後、そのヒモで手早くクルクルっと包みを結びました。その手つきの鮮やかなこと! 
 定休日前に行くといいことがあるもんだ、とほくほくしながら家に帰り、ずっしり重い袋から包みを取り出すとプーンと木の香り。あぁ、コレコレ!と思ったのです。
 ここのところスーパーで買い物をすることが多くなって、お肉屋さんの店先で肉を計って包んでもらうことがすっかりなくなってしまいましたが、あの防水加工を施した長細い紙も元は経木だったはず。
「経木」というのは、昔、紙の代わりに杉や檜の薄板にお経や記録を書き付けて文書として残すために使っていたことからそう呼ばれるようになったそうですが、厚さがいろいろあって、薄経木は包装用に、厚経木は折箱に使われているとのこと。
 そうなんです。折箱というのもありましたね!
 今、経木として加工される材は杉ばかりでなく、エゾマツやアカマツ、モミ、シナノキなどが多く、北海道あたりでもたくさん生産されているようです(ちなみに、経木の生産者はどこもみな間伐材使用であることをしつこいほど強調しています)。共通点はもちろん針葉樹であること。針葉樹には殺菌成分が含まれているので、食品の腐敗を防ぐのにはもってこいの素材なのです。そして、蒲鉾板でもそうだったように余分な水分を吸い、通気性もいいので鮮度を長く保ってくれます。
 折箱といえば、すぐに思い出すのが実家のある横浜の「シウマイ弁当」。蓋に付いたご飯粒をまず箸でていねいに取ってから食べ始めるのが基本だと親から教わりました。今は紙製になってしまいましたが、昔は蓋ももちろん経木で、ご飯の湿り気でふにゃふにゃになったところに梅干しの赤とタクアンの黄色が染められていたりして……、懐かしい。
 でも、同じ折箱でも「杉折り」ってのはちょっと格が違います。杉折りに入れられるのは特別な食べ物であって、例えばおめでたいお赤飯や結婚式の引き出物の鯛なんかが似合うのです。仕出し弁当でも「杉折箱入り」と書かれているものはグンとお値段が張ります。

 
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経木の木目のアップ。ここまで近づくと杉のいい香りがします。
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杉折り入りのお赤飯……と書きたいところですが、残念ながら本物の杉折りではありません。お店のウインドウには本物の杉折りが飾ってあったんですよ! それなのに、家に帰って開けてみたらバルサの本体にプリント紙を貼ってあるウソものだったのです。ひどい!「熨斗紙をかけましょうか?」なんて言ってたけど、これが本当にお祝いごとだったら怒りますよね。
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でも中に敷いてくれた竹皮は本物です.。
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漆塗りの椿椀に杉箸を添えてみました。この箸は吉野で買った本当の杉箸。

 きれいに通った柾目、ピンクの肌、そして何より清々しい香り。蓋を取った瞬間に香る杉の匂いは、それだけで中の食べ物が清潔に守られていることを感じさせてくれる気がします。
 やっぱり杉は特別なんだなぁ! なんて、親バカでしょうか。


<ながまち・みわこ>ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。


   
   
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