9月杉話

漆と杉の美味しい関係

文/写真 田中 誠

 

 
 
 

 
 

 昭和初期まで漆の大産地として栄えた丹波北部、夜久野町近辺では今でもその名残りの漆の木が見られます。水を好む漆の木の性質から、多くは山裾に植えられており、その山には戦後杉や檜が植林され、今ではこのように杉の林の下に漆が共存する光景が多く見られます。物作りには、なるべく近い所で取れた材料同士を組み合わせると相性が良いと言われますが、これほど近い例は希でしょうね。今回は、この杉と漆のコンビネーションについて少し語りたく存じます。しばらくおつき合いのほど、よろしくおねがいいたします。

 漆というのはおそらく、塗料の中で最もイージーな塗料で、美術的な高度な要求さえなければ、漆の木から採取した漆液をゴミを漉すくらいの手間だけで、そのまますぐ使用できるのです。精製など一切不要です。それほどイージーな塗料であるにもかかわらず、最強の塗料と言う魅力は大きいですね。化学の発達した現代でも、乾いた漆を溶解する物質はまだ無いのですから。この近辺の古い住宅には、至る所に漆が塗られています。それも専門家が塗ったのではなく、明らかにシロート仕事で。今の我々が、ホームセンターに行ってラッカースプレーを買ってくる感覚で、当時の人たちは山に行って漆液を採取してきて、所かまわずペタペタ塗ったのでしょう。
 そのようなお世辞にも綺麗とは言えない仕事であっても、漆の強度は住宅の耐久性を向上させるのに役立っているようです。

 
 

 
 
 
 

 
 

 ところで、ここまでは漆の強度ばかりを述べてきましたが、もうひとつ忘れてはならないのが漆の美です。英和辞典にも載っている、JAPAN=漆、漆器。文字どおり日本を代表する伝統工芸でもあるのです。杉に漆を塗るのに最も簡単、かつ効果的な方法は、「拭き漆」という技法ですが、とにかく塗っては拭き取り、乾いたらまた塗って拭き取り、随時耐水ペーパーで研ぎを入れ(旧来は砥石やトクサを使います)、これをくり返すだけなのですが、20回も塗ればこうなります。

 
 

 
   
 
 
 
杉材提供:佐藤製材(有)
夜久野町 0773-38-0043
 
 

 
 

 最高と言われるイタリアのニスよりも、あきらかに漆のほうが屈折率で勝ります。この写真ではわかりにくいですが、実物ではあたかも3D画面のような奥行きすら見えます。杉のような軟木はとくに漆を良く吸い込むので、この「見え方」の変化は絶大ですね。檜に漆を塗ったよりも良くなるのです。他にメリットとして、この杉は植林で赤白なのですが、白太には漆がたくさん吸い込むので、見た目も強度的にも白太と赤身の差がなくなります。また漆がしみ込んで固まることによって、杉の弱点である材の柔らかも克服されるのですね。 
 ところで、杉は大量に漆を吸い込むことがコスト増に直結することをみなさん心配されますが、ここで目止めなどケチな事を考えてはなりません。一発目にいかに多く漆を吸い込ませるかによって、屈折率も強度も決まってしまうのですから、ここは「何百年使ったら元が取れる」と開き直りましょう。
 作曲家ヨゼフ・ハイドンが発明し、天才漫画家手塚治虫も晩年取り入れた「ソナタ型式」の技法。これは作文にも効果的に使えますね。文章は「起承転結」の四部構成が基本ですが、最後の「結」の部分に「起」の「再現部」を設けることにより、文章全体の統一感を出し、全体を壮大な構成で締めくくることができます。では、冒頭の画像のズーム。漆掻き(漆液採取)跡の画像です。

 
 

 
 
 
   
 
 
 

 
 

 数十年という短いスパンで見ればもっと強度のある合成塗料もありますが、数百年〜千年以上の耐久性という点では、漆はダントツです。我々も、ヨーロッパからニスやオイルを買ってきたり、あるいは石油合成の塗料など使う前に、まずすぐそこにある「漆」を使うことを検討してみたいものです。最近よく話題になる地産地消の観点から見ても、この杉と漆のコンビネーションが悪かろうはずがないのです。


 
 
 
 


 

 

 

<たなか・まこと> 丹波漆器 木工とうるし 四畳半工房 タナカ
http://www.tanbashikki.com/
作品の画像は→http://ww3.tiki.ne.jp/%7Emakotochan/sakuhin.html

 

 

  

 

   
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