四月杉話

 

スギダラオフィスができた!----杉の実践の場、交流の場を目指して

文・写真/内田みえ
 
 

スギダラオフィスが完成して2週間。スギ仲間のおかげで、想像もしていなかった素敵なオフィスで今こうして原稿を書いている。本当に思いも寄らなかった。こんな仕事場が持てるなんて……。でも、ずっと前からここにいるようにすっかり空間に溶け込んでいる自分もいる。予期しなかった必然、と言わせてもらっていいだろうか。

フリーとなってそろそろ3年。杉に片足をつっこんで早2年。自宅も手狭となり仕事場の必要を強く感じていたが、ビルの一室を借りるのもなんかおもしろくないよな〜、と漠然と思っていた。そんなうっすらとした思いに背中を押してくれたのは、スギダラ家プロジェクトだったのかもしれない。いまだ揺れ動くスギダラ家計画だけど、スギダラ本部が思い描く空間、目指す場の在り方に私は共鳴した。そして、もし自分が事務所を持つとしたら、私自身の杉実践の場として杉を使った空間をつくり、さらに杉を知る人知らない人問わず交流の場にしたい、そんなことを考えるようになっていた。ほんの少し踏み出しただけの杉活動なのに、なにかしら杉普及を実践したいと思うようになっていたのだ。

そんな漠然とした思いで、もしいい場所があればなー、とこれまたぼんやりと自宅近辺の空き物件を散歩がてら見歩いていた中、昨年末この物件と出会った。日本橋人形町の商店街「甘酒横丁」にある木造2階建の古い商家で(60年代ぐらいの建物かな?)、以前は住まいとして使われていた2階が空いていた。ひさしく使われておらず、床は傾き、ぎしぎし音がするが、昔の木製建具や縁側のように部屋の周囲を回る廊下などの古さ加減と不思議な間取り、好きなように改装してもいいというゆるい賃貸条件が気に入り、年末年始考えた上でとうとう借りることを決心したのだった。

さて、決心したものの、どういうスギオフィスをつくろうか? 自分で確信をもって決められたのは杉の床を張る、ということまでだった。昨年リフォームした実家では杉の床を張り、その心地よさはすでに実感済みだったからだ。しかし、それ以外、杉をどう使うか現実的な方法は浮かんでこない。予算も無いし、杉のJパネルをカットしてデスクに仕立て、チェアだけ新調しようかなー、なんてことぐらいしか考えつかなかった。ここはやはり、プロに相談するのが一番。そうそう、すぐ近くに頼れるスギ仲間がいるのだからと、我らがスギダラ本部、ウチダラ洋行・若杉部隊に相談を持ちかけたのだった。

 
  拭き漆の床材(能登ヒバ)を張った漆の小間から、スギオフィスに向かって。
手前の角材でできたベンチが杉太。テーブルを超して、どっしりと杉棚が構える。その向こうがデスク・スペース。
漆の小間は、輪島・キリモトの制作。天井、柱も拭き漆で仕上げられている。見学希望などは、サイレントオフィスまでご連絡を。
silent@silent-office.co.jp

 
  部屋の片側は、以前押入だった収納スペース。杉の角材を組んでアコーディオンドアを取り付けた。来客時は閉じて、すっきりと。

今、思えば、なんて酷なお願いをしたのだろうか。だから素人はコワイ。予算とも言えない予算で、ただ漠然とスギオフィスにしたい、というあまりにも無謀な相談に、どんなにか若杉さんは悩んだことだろう。担当となった小林さんの苦労も想像に難くない。しかし、そんなとんでもない要望に、若杉さん、小林さんたちはびっくりする提案を投げ返してくれた。ウチダラ洋行のかっこいいオフィス家具に、若杉デザインの分厚い杉棚、さらには杉パオという案に、私は困惑しつつも小躍りした。明らかに予算以上の内容を実現しようとしてくれているその気持ちに甘えていいんだろうかと思いつつも、その出来上がりを想像するとどうしてもワクワクしてしまう。そのワクワク感が抑えきれず、とうとうみなさんのご厚意にどっぷり甘えてしまったのだった。
*デザインについての詳しいことは 「スギダラ家奮闘記」で。

完成したスギダラオフィスは、本当に想像以上のものだった。正直なところ、杉パオの仕上がりは想像できなかったのだが、これがなんとも素敵! 一般的な住宅の天井高に10センチ角の角材が組まれたらどうなるのだろう、圧迫感はないだろうか? なんてことは杞憂だった。
 
分厚い杉棚の存在感にはしびれた。これまで使っていた同じ厚さの無垢テーブルが軽く見えるほどだ。

  杉はオフィス家具との相性も抜群。杉の床はやわらかいので、チェアはキャスター付きでないミーティング用のものを選んだ。
     

甘酒横丁に面して大きな開口がある奥のスペース。デスクのある空間を囲むように組まれた杉パオ。杉棚が、デスクスペースと打ち合わせスペースをほどよく仕切る。

収納と反対側には部屋を囲むように廊下が回る、懐かしい間取り。昔の古い建具はガラスがずれまくっていて、隙間ダラケ。

杉は、宮崎の杉。スギダラ会員でもある川上木材・川上さんに協力を仰ぎ、床材、棚板、角材を送っていただいた。
改めて杉を使ってみて感じたのは杉の柔らかさだ。気をつけないと施工途中からキズがついてゆく。床はちょっと堅いものを落とすともうキズが……。杉を扱う方々の苦労や、現代の価値観の中で普及させていく困難さをちょっと肌で感じた気がした。でも、さらに思ったのは、杉の柔らかさを短所ではなく、もっと積極的に長所として伝えていけないものだろうか、ということだ。例えば、モノを落とした時、モノの代わりに杉が傷ついてくれる。それだけ柔らかいから、人の足腰の負担も杉が受け止めてくれる。そんな風に思うと、杉がとてもいとおしい素材に感じられないだろうか。

 

杉の実践の場として試みた今回のオフィスづくり。一番の収穫は、自分が生かされている、ということを実感したことだったように思う。杉という自然に出会い、その杉を通して人と人がつながり、その中で自分という人間がこうやって生かされている。2月に宮崎・上崎で杉の玉切りを経験した。その時、杉を切りながら山の中で感じた何かと、今回この場をつくる過程で杉や仲間から伝わってきたものがつながったような気がした。

出来上がった空間にさっそく杉太を置いた。すると、もう、ぴったり。まるで杉太のために用意された空間のようだ。そうか、そうだったのか。杉太と出会って杉に目覚めた私。杉太に導かれて、ここまで来たのか……。
いや、これが新たなスタートなのだ。ね、杉太くん。


●<うちだ・みえ>編集者
インテリア雑誌の編集に携わり、03年フリーランスの編集者に。建築からインテリア、プロダクトまでさまざまな分野のデザイン、ものづくりに興味を持ち、編集・ライティングを手がけている。

   


   
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