五月杉話

 
「杉でつくること」
文・写真/ 池田陽子
 
 


杉を使ってものづくりをしています、そう言うとほとんどの場合、どうして杉なんですか?と不思議そうに聞かれます。
もともと林業会社の木工部門として立ち上がった工房という経緯もありますが、杉を使う理由のひとつは「そこにあるから」です。見渡す限り杉の山に囲まれたところに暮らしていると、これだけ豊富にあって容易に手に入れることができる杉を使わない手はないと思うのです。身近にあるものを利用してつくるのは自然なことに思えます。また、杉の消費が必要とされている山の事情を聞いたり、手入れされず荒れていく山を目の当たりにする環境にいることにも、杉を有効に使いたいという思いが強く後押しされている気がします。

見渡す限りの杉山

杉にこだわるもうひとつの理由は「いい素材だと思うから」。(木工をされている方には杉でよくやるねえ、と言われることが多いのですが。)確かにロクロで挽くとササクレがひどいのでペーパーをあてて表面を滑らかにするのにひと手間かかりますし、作業中にちょっとのことでキズが入ることもしばしば。強度の面でも扱いやすい素材とはいえず、それがあまり好まれない理由なのだろうと思います。

では敬遠されがちな杉だけを使ったものづくりが大変かというとそんなことはないと思っています。特定の素材に限ってしまうとつくれるものもある程度制限されますが、杉は箸から家までつくることの出来る素材です。自由な発想でものをつくりだすのに都合がよく、素材を限るという“縛り”があることで工夫や知恵を働かせ、結果広がりがでてくる。いろんなものをつくることにやりがいを感じている私たちにとっては、その要望を満たしてくれるうってつけの材料なのです。

箸から、縁台(家)まで


そうやって杉とじっくりつきあっていると、様々な魅力に気づかされます。鉋で削った肌はとても艶やかではっとする美しさがあり、ブラシをかけて木目を出す「うづくり」をすると年輪の描く曲線に自然の造形のおもしろさをみる。焼く、染める、などの加工を施すことでも印象が変わる。実際の作業工程でも肌に触れる杉のあたたかさ、やわらかさを感じます。杉で出来た古いものからも教わることが多く、年輪がくっきり浮き出るほどしっかり使い込まれた生活道具にはどっしりとした存在感があり(これは衝撃を一身に受け止めてきたおおらかさというか、風格のようなものが備わるからではないかと思っていますが)、欠点とされているキズつきやすさも欠点ではなくなる。年月を経ることで増す美しさというものに素直に感動します。
このような性質を持った杉は「いい素材」だと思うのです。

漆仕上げ
焼き杉

それから杉への取り組みの根底には「自然に対してなにかできることはないか」という思いがあります。木材の使用量としては家などと比べると小物は本当に微々たるものです。山の保全の何の足しにもなっていない杉のものづくりをしていて意味があるのだろうかと考えたこともありました。でも、山への直接的な貢献はできなくとも、人に対して働きかけることはできるのではないかと思っています。実際、冒頭のようなやりとりはよくあることで、山の問題のことについてもお話すると、そうだったんですね、と関心を示してくださることが多々あります。日常で使う道具をつくり、使ってもらうことで杉をもっと身近に感じてもらったり、杉にこだわることで、杉への関心を持ってもらうきっかけくらいにはなれるのではないかと思うのです。

鉄染め

つくり手として、純粋にいいもの、杉はいいね、といってもらえるようなもの、をつくっていきたいと思うと共に、山に対してもできることをしていきたい。そんな思いで、日々杉と向き合っています。

古い杉の道具たち
 

<いけだ・ようこ> 木工作家
1973年福岡市生まれ
日本語教師を目指すが手仕事に魅かれ木工を始める。現在
「杉の木クラフト」にて杉の製作活動を行う。
スギダラ北部九州支部長

 


   
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