九月杉話

 
杉の概念を変える家具をつくりたい
文・写真/田邊耕治
 
 
●コンセプト

 この椅子のコンセプトは、これまでの杉を用いた家具のイメージや固定概念を新しいものに変えることにありました。杉は木の特性上、家具にした場合に大雑把で重いイメージを与えやすい材です。力強さやおおらかさが杉らしさですが、椅子などとりわけ精度を求められる家具に仕立てたとき、その杉の特徴が家具自体の印象を大袈裟なものにしがちなのです。

 しかし、杉は日本を代表する木のひとつです。だからこそ、日本の住環境を考慮した狭小空間でも違和感なく使用できる、日本人のための杉の椅子が求められていいのではないでしょうか。そこで、杉の新たな可能性を探ることを目的として、杉の特性を活かしながらもこれまでのイメージと対極に位置する軽快でシャープな杉の小椅子を目指しました。この椅子を実際に使用してもらうことが杉の新しい魅力を伝える第一歩になればと考えています。

 

  写真1 田邊耕治デザイン、杉の椅子「スギナリ」。この試作に用いた杉材は残念ながら天竜杉ではないが、デザイン自体は静岡を代表する天竜杉を使用することを前提に考えている。見たときの印象を軽快なものとするため、人の視線から座面を見ると紙の様に薄く見えるよう工夫した。厚い木の座面を見える部分だけカットして、見た目に錯覚をおこさせているだけで、足との接合部分には十分な接着面積を確保している。
●製作背景

 学校での課題がきっかけとなり、杉の椅子をつくることになりました。課題は自由に設定するものであったため、以前から興味のあった杉を使って「日本の木を使った日本人のための椅子」をテーマとして取り掛かかりました。しかし、杉を知れば知るほど家具材料として使うことがどれだけ難しいことかを思い知らされることとなり、そしてこんなにも杉は魅力的でおもしろい木なのだということを知るきっかけともなりました。

 取り組みはじめた当初は杉のマイナス部分ばかりが目に付き、なかなか前に進みません。短所をいかにカバーしながら椅子をつくればいいのか、また杉をそのままダイナミックに使うような杉らしい家具のかたちを模索し続けました。しかし、そんな風に杉らしさを求めるうちに、杉の椅子の魅力は椅子としてのかたち以前に、杉という木そのものの魅力が前提としてあるから素晴らしいのだということに気付きました。触れた時の独特のあたたかさ。人に触れる家具だからこそのやわらかさや節がもつ生命力溢れる木の表情。こんな杉そのものの素晴らしさを伝えるには、杉らしいかたちを求める以上に、いかに杉に興味を持ってもらえるか、実際に使ってもらうことができるかが一番重要なのでは、という結論に達しました。そのためには、本当に気にいった椅子がたまたま杉の椅子だった、というような自然なかたちが最も理想的なのではないかと考えました。

 家具材料としての杉の弱点は強度、硬度共に弱く、接合部に強度や精度が求められる家具をつくることが難しい点にあると思います。結果、椅子などは部材の大きなものになりがちで、いわゆる「杉の椅子」のイメージを形成しています。しかし、この杉の素朴でおおらかなイメージが必ずしも良いイメージであるとは限らず、重くて無骨な杉の家具にマイナスのイメージを持っている人も少なくありません。そこで、こうした杉に対するイメージを変えてしまう、固定概念と別のところにある杉の椅子も必要なのではと考えました。そうした思いから生まれたのがこの杉の小椅子です。接合部や構造面ではこれまで通りおおらかに。一方で、ホゾに建築で用いられるホゾを応用して強度を高めつつ、無駄な部分をそぎ落とすことで、重さを感じさせない軽快な杉の椅子となっています。反省点や改善点もまだ山積みではありますが、この椅子が杉に対する固定概念を変え、杉の可能性をさらに広げるものになればと考えています。

 

写真2,3 脚の接合部分は、尾根付けホゾを貫通させ、楔を打っている。建築材として使われ続けてきた杉の最も優れた使い方は、やはり建築の中にあるのではと思い、研究していたものを応用した。

写真3

写真4

 
写真5,6 全体のフォルムは、上から下にいくほど広がっていく末広がりなかたちになっている。杉の天高く一直線に伸びてゆく姿が印象的だったので、これをモチーフとした。そして、末広がりのかたちを「杉なり」 と言うことからこの椅子をそのまま「スギナリ」と命名。サイズは、 W400 × D400 × H630 。これは製作も自身で行った。このカタチになるまで、いつくか試作をつくり、座の見せ方や強度を上げる方法を模索した。

 
写真7,8 テーブルも椅子同様に末広がりな形やシャープなかたち、目の錯覚を応用した危なっかしさなどをキーワードに考案した。脚になる部分が上から下にいくにしたがって全体的に薄くなっている様に見えるが、実際には側面だけ薄くなっていくようにカットしている。サイズは、 W1100 × D400 × H350 。

●<たなべ・こうじ> 島根県出身。静岡文化芸術大学在学。
現在、家具を主とするデザインを勉強中。
 
   
 Copyright(C) 2005 GEKKAN SUGI all rights reserved