特集宮崎

 
日向市駅ベンチ奮闘記。
文/ 狩野 新
 
 

 
 

 僕のデザインしたベンチが宮崎県の日向市駅に設置されるまでには、とてもたくさんの
「はじめて」と「心の変化」を体験しました。
 あれは2年前の夏のある日、日向市の木の芽会から「新しく建設予定の日向市駅に設置する、ステーションファニチャーのコンペ〜杉コレクション〜に参加してみませんか?」というメールが送られてきました。コンペの主催者から直接お誘い頂いた事、これが最初 の「はじめて」でした。
 杉を使うという条件のもと、性質上柔らかく、細工しにくいので、<細かいデザインをしない><木目等の長所をいかす><地域のイメージに合うデザインにする>などの点を考慮し、ベンチ案で応募することに決めました。試行錯誤をくり返し、書類を提出すると、後日、一次審査をパスしたという電話をいただきました。この直後はただ嬉しく、なんの不安もなく、喜びにひたり、実作を日向市に提出し、プレゼンテーションするまで、1ヶ月無いんだ!という現実が目の前に突きつけられたのは、杉の製材をお願いするために、あわてて、吉野中央木材の上北さんの所へ車を走らせている時でした。僕のデザインでは、 杉の角材を縦に並べて使うので、一脚を製作するのに49本、これを5連結してベンチにする訳ですから、単純に245本の角材が必要になります。この時、通常なら1週間かかる製材を3日ほどで仕上げていただき、協力して下さった事が、本当にありがたかったです。
 ここからは「はじめて」の杉のベンチ(ナミキの椅子)の製作にとりかかりました。製材された角材を自分の工房に並べ、デザインのポイントになっている波型のカーブの具合を調節したり、その波型の型をとる為、合板に自分の尻をあてて、しっくりくるか試してみたり、朝から晩まで杉と格闘し、ようやく完成にこぎつけました。
 杉コレクション前日、出来上がったばかりのナミキの椅子を車に積んで宝塚を出発し、日向市に夜遅く到着。翌日の実物審査とプレゼンテーションの事を考えると、言いようの無い不安感が襲ってきました。審査当日、地元の方々に、展示した自分の作品に座っていただいても、最初はとてもぎこちない会話しかできませんでした。だんだん打ち解けて、小さな子供さんからお年寄りまで、たくさんの方の感想を伺っていると、日向岬の馬ケ背という場所をイメージしている方が多く、また、手触りや座り心地を確かめている人々の様子を見て、はじめて、ベンチに「生気」が宿ったような感覚を持ちました。実際に新しい駅舎においてもらえるのなら、再びこのベンチに「生気」を吹き込むことが出来る!その為には、どうしてもグランプリを取りたい!と強く感じ、審査員の方々の前でも、その 気持ちを表せたように思います。
 結果、グランプリを頂くことができ、大きな一歩を踏み出せたのですが嬉しい気持ちの反面、今まで味わったことの無い、なんともいえない責任の重さを感じました。
 今まで個人的に依頼を受けた方の為だけに、家具を作ったり、建物を設計したりしていた自分のデザインが、不特定多数の方が使用するものとして通用するのだろうか?内藤先生が設計される駅舎(空間)にどのように設置される事になるのだろうか?

   
  コンペ゚のプレゼンテーション。   コンペ゚の前に市民に座ってもらった。
   2006年10月、12月17日の新駅舎完成を目前にし、はじめて日向市でベンチの打ち合わせを行いました。設置するまでの日数を考えてみると、最初は僕が普段からよくお願いする京都の木工所での製作も視野にいれていましたが、やはり宮崎県の杉を使い、日向市の工房で、という地元の方々の熱意を感じ、その方向で進めることにしました。
 その後何度か日向へ行き、やっと製作をお願いする工房が決まり、職人の方にお会いして、このナミキの椅子に対する思いをお伝えする事ができました。僕が日向へ行けない時は、なんとか僕の意図するものが伝わるように図面に気持ちを託してFAXしました。正直なところ、製作過程を一度も見ることなく完成の日を迎えたのは「はじめて」でした。
 
杉並木を製作した日向の木工所
   ベンチが無事に設置された時、木の芽会の海野さんから「写真を送りましょうか?それとも、感動は最後にとっておく、という手もありますが・・」というメールを頂き、それまでの不安はどこかへ飛び去り、日向市の方々の手によって、どんなに素晴らしいものが完成したのか、遠く宝塚にいても、充分に実感することができました。そして、「感動は当日にとっておきます」という返信をしました。
 新駅舎オープンの前日、日向市に入り、美しい骨組みの新駅舎のホームに設置されたナミキの椅子を目の前にした時、翌日駅を往来する人々を、静かにゆったりと待っているようなその姿に、いとおしさを感じました。いよいよ駅が動きだした12月17日。ホームにはたくさんの乗客が行きかい、丹念に美しく仕上げて頂いたベンチには、列車を待つ人が腰をおろし、その様子から、再び「ナミキの椅子」に「生気」がふきこまれたことがわかりました。

   もの作りは一人じゃ出来ない。
 僕は杉コレクションに参加し、そして日本全国スギダラケ倶楽部のメンバーになって、今までは一人よがりで、あまり人とのつながりを大切に考えず、ムキになってやってきた自分に「はじめて」の「心の変化」が訪れたことに気づきました。
 人と人とのコミュニケーションからいろいろな発想がわき、たくさんの人に支えられて、デザインしたものが形になり、世の中に送りだされる。
 「感動を最後にとっておいてよかった…」木の芽会の海野さんとこれまでの事をふり返ってお話していると「はじめて」自然に涙がこみあげてきました。人を信じて、ゆだねることの素晴らしさをかみ締めました。
 「ナミキの椅子」は新しく「スギナミキ」と命名し、僕の大切な大切な作品となりました。

僕がデザインした〜スギナミキ〜に賛同し、設置にむけて、協力して下さったすべての 皆様に心より感謝をいたします。ありがとうございました。
 

 
 

 
 
 




 

 

 

●<かのう・しん> デザイナー:一級建築士事務所 狩野新アトリエ 代表
趣味・・・魚釣り、ピアノ、旅行、ドライブ、バーベキュー大会、写真
特技・・・オムレツを美しく焼き上げる事、ホットケーキを美しく焼き上げること

 
 
   
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