特集 杉道具 「暮らしをささえる杉の道具たち」

 

杉道具考・前編

文/写真 石田紀佳
 
 
 

日本全国どこにいっても杉がはえています。だから当然、どこにいってもなんかしら杉の道具があります。今は使われていなくても、古いものが残っています。実際、杉を知ってからは杉の道具に会うこと多々。杉と知らずに自宅にあったものもありました。古い道具には杉製がたくさんあったのです。新しくつくられた杉道具は少ないですが、3年前に杉と出会って以来、私は自分の買える範囲で新作杉道具を暮らしにとりいれるようにしてきました。杉で家を建てることはなかなかできませんが、道具を使うことで、杉の使い心地とそれが時にあらわれていく様子を気軽に感じられますから。

   
  だから、スギダラの会員なら何か杉の道具(会員証以外にね)をもっているはず、古い道具への興味ももっているはず、と高をくくり、日本全国杉道具マップなんかもつくれるなあ、なんて甘い夢を見て、この特集への情報提供を早々によびかけました。 ところが、杉の道具を実際につくっている杉の木クラフトの溝口さんと南部桶正の奥畑さん以外からは、まったく音沙汰がありませんでした。ひとつには私のよびかけ方が不足していたからですが、今の暮らしでは建築以外に杉の道具がそれほど使われていないのです。杉の道具はまったく身近ではないのです。
 
新宿にミヤダラの方々が集まったときに、本部プロモーション部の若い女性たちに「何か情報出してよー」と泣きついたときにそのことがよくわかりました。スギダラへの情熱はもえさかっているのに、「なにかあるかな。。。」とみんな首をひねったまま。南雲事務所の若者出水くんだけは「そうめん箱を出そうと思っていたんですよ。ほかにも実家にいけばあるかも」と。彼は瀬戸内海の直島出身。ほかの女性は都会系なのかもしれませんし、地方でも昭和50年以降に新興住宅地などで育てば、杉の道具など身近にはないわけです。もしくはあったとしても、杉のひかえめな特性上、杉と意識されていなかったのでしょう。
   
  しかし、(スギダラが杉だけを特別扱いしていないにしても)何か杉の道具を使ってよ、あんまりだよ、、、と原稿が集まらない日々を悶々としました。ミヤダラの人々と新宿で飲んだあとでは、たしかにみんなと会って話すのはうれしいけど、「飲み代にたくさんのお金を使うくらいなら、杉山の整備に寄付するか、杉椀のひとつでも買って使ったほうがましでないか」と本気でいじけました。焼酎屋や飲み屋はうるおうけど、杉の木も杉関係者はあぶれたままだ。。。と。
   
  けれども「何か使ってよ」といっても現代の人たちが使いたいものがないのも現実。かくいう私も、現代の暮らしにはどんな杉の道具の需要があるかと、仕事でディレクションしようとしてもなかなかしっくりおさまりません。いいものがあっても、現代の雑貨や家具の価格の感覚では高すぎる。安くしようとすると雑な感じがして、誰も買わない。。。の悪循環。
  車には何百万円も払うのに、たとえば味噌桶6万円は高いとか。一晩に一万円は軽く飲んでも、杉製拭き漆椀8000円にはしぶるとか。製品開発の努力が少ないのかもしれませんが、今のライフスタイルのままではスギと日々の暮らしは平行線、交わることがありません。けれどもライフスタイルは、変わっていきます。杉の道具だって変わってきたのです。ただし杉の道具は一世を風靡してそのまま止まってしまいました。暮らしの変化の方向や速度とあわなかったのです。
  この先どうなるかわかりませんが、消えつつある杉道具に触れたり、コンテンポラリーな杉道具を考えることが、ゆきづまった側面のある現代の暮らしへ何かヒントを与えてくれるのではないか。そんな思いで特集前半を組みました。次回に続きます。
   
   
   
 
 

 

●<いしだ・のりか>フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社

   

   
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